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中国のゼロコロナ政策と「デジタル・社会ガバナンス」の課題

2023/01/30

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2022年12月7日、中国政府は「新型コロナ感染予防コントロール措置をさらに改善することに関する通知」という政策を発表し、約3年間堅持してきたゼロコロナ政策を大きく緩和した。この政策には、10項目の措置が含まれ、中国では「新十条」 と呼ばれている。老人ホーム等を除き、公共施設への出入りに当たって従来求められていた「健康コード」等によるPCR検査陰性証明の提示を不要とするほか、無症状感染者や軽症者の自宅隔離を許可する等の施策を打ち出し、それまでの一連の厳しい行動制限措置をほぼ廃止した。これら制限緩和により、ゼロコロナ政策を維持するために運用してきたデジタル証明書の「健康コード」や他の管理ツールも徐々に形骸化や廃止が進み、行動制限がない社会に戻って、約3年間続いたゼロコロナ政策が実質的に幕を閉じた。その後、中国国内でコロナ感染が急速に広がり、中国疾病予防コントロールセンターの専門家呉尊友氏は1月21日のSNSへの投稿で、「すでに人口のおよそ80%が感染した」との見解を示した。

中国では、「健康コード」に代表されるデジタル技術を使った社会の管理の仕組みは「デジタル・社会ガバナンス」と称され、コロナ対策の中核的な取り組みと位置づけられてきた。「健康コード」等の運用の取りやめが、感染拡大の一因との見方もある。「ゼロコロナ政策(とその転換)」の是非は、コロナ収束後の専門家の評価に委ねることとするが、本コラムでは筆者が昨年(2022年)末、広州で実体験した状況を踏まえつつ、「ゼロコロナ政策」が大転換する(「新十条」の発表時点)までの中国におけるデジタル・社会ガバナンスの概要とそれがもたらす課題について解説する。

中国独自の対策:徹底的な行動管理による感染拡大の抑制

中国では、欧米や日本と違って、これまで「国民の徹底的な行動管理による感染拡大の抑制」という独自の対策を取ってきた。感染者が出たら、ビッグデータ分析及びデジタル管理ツールを活用して、速やかにその濃厚接触者等の関係者を見つけ出し、PCR検査と行動制限を課すことで、早期発見と早期隔離による感染経路の素早い遮断を行う、いわゆる「デジタル・社会ガバナンス」を実施してきた。
感染力の強いオミクロン株が主流となるまで、中国はこの方法で、世界各国に比べ感染者数をかなり低い水準に抑えたと言える。オミクロン株は2021年11月24日に南アフリカからWHOに初めて報告されたが、そのウイルスはたちまち世界各国で猛威を振るい始めた。冬季オリンピックが開催された2022年2月の時点で、中国政府が発表した統計を見る限り、中国では多い日でも1日あたりの感染者が100人程度で、同時期の日本は10万人近く、アメリカは、30万人を超えていた。
しかし、無症状の感染者がいて且つ感染力が格段に強いオミクロン株の蔓延を防ぐのは、かなり難しい。2022年の春、上海でのオミクロン株感染の広がりをきっかけに、至上命題とされた「ゼロコロナ」のプレッシャーを負う地方政府が様々な行き過ぎた措置に走ったこともあり、このデジタル・社会ガバナンスは結果的に国民に大きな負担を強いることとなり、政策転換を求める声に繋がった。
ゼロコロナ政策が急転換される前、中国のデジタル・社会ガバナンスはどのように行われていたのか、以下で振り返る。

感染リスクの有無を示すデジタル証明書:健康コード

「健康コード」は、2020年2月初旬に杭州と深センで開発され、2月29日より標準を策定され、へ普及し始めた。国民一人ひとりについて、自分が感染者であるリスクの有無がスマートフォン画面で表示されるバーコードで一目でわかる、一種のデジタル証明書である 。バーコードが緑色、黄色、赤色の三種類ある。コードが緑色なら、感染リスク、もしくは、感染者との接触リスクがなく、本人は自由に活動できる。黄色なら、感染リスクがあり、PCR検査、且つ一定の健康観察期間が必要で、その間行動が制限される。赤なら、病院等の管理される施設での隔離が必要とされている。
実は、この「健康コード」は国際版 と国内版がある。国際版は主に海外からの入国者用で、各国にある中国大使館が発行し、PCR検査の陰性証明等をもって判定する。入国者は、到着後一定期間の隔離が義務付けられ、その間、各地方政府が提供するアプリ経由で国内版の「健康コード」を申請する。隔離期間中はそれが赤色で表示され、その後数回のPCR検査を経て、陰性と確認されたら初めて「健康コード」が緑色となり、社会に出て自由に行動できる。
国内版の「健康コード」は、それを発行した地方政府の管理地域内での移動許可を示すものであり、駅や商業施設など公共の場へ出入りするための許可証として、さまざまな場面で活用されている。個人の身分証明書情報と、携帯電話番号等による本人認証を行った上で、ワクチン接種履歴(中国国内での接種情報に限る)、PCR検査結果(7日以内)等の情報が統合されてコードが表示される。感染者のいる地域では、ある時点の検査結果が陰性でも、一定期間の間に何回かPCR検査を受けないと、「健康コード」が自動的に黄色判定に変わり、自由に外を出歩けなくなる。「健康コード」による健康状態や感染リスクの可視化を通じて、社会で活動できる人は海外からの入国者を含めてPCR検査が陰性の人であることを明確にする仕組みであり、感染拡大を防止しつつ、社会経済活動をある程度保つこととの両立を図っていた。

しかし、PCR検査が毎日実施できない場合、感染者やその濃厚接触者を早期に発見できないとの課題が出てきた。その対策として、2020年頃、「健康コード」に加えて次に述べる個人の位置情報や移動状況を把握する「場所コード」と「行程カード(China Digital Space)」の仕組みが導入された。

感染者や濃厚接触者の追跡:「場所コード」と「行程カード」

「場所コード」は、2022年に導入され、主にレストランやオフィスビル、ホテル等の公共施設での滞在履歴を記録することを目的としている。人々が施設に入る際に、紙で張り出された「場所コード」をスキャンするだけで、その情報を自動的にシステムで記録され、それと同時に、スキャンする人の健康コードの状態もリアルタイムで表示することとなる。これは、この場所で万が一感染者が生じた際に、素早く同じ空間にいた人を見つけ出し、注意喚起及び濃厚接触者へのPCR検査を呼びかけるためである。実は、この「場所コード」はもう一つ重要な役割がある。感染リスクの判定とリンクして健康コードの「色」が動的に変化するため、最新の状態をリアルタイムに施設の受付に伝えることにより、施設への入場の可否を素早く判断できる。そのほか、「健康コード」の写真による不正等も防ぐことができる。
「行程カード」(「行程コード」ともいう。「健康コード」と合わせて「両コード」と称される)は、中国信息通信研究院と中国の通信事業者が共同で提供するサービスで、都市間や省を跨る個人の移動を管理するものである。これは、各人が持つスマートフォンの位置情報から過去14日間 の訪問先を表示する機能であり、健康状態とのリンク付けはしないが、感染者の多い地域に滞在歴がある場合、健康コードが陰性であっても、行動が制限されることがある。管理が一番厳しい北京の場合、他の感染地域に立ち寄っただけで行程カードに「★」印がつけられ、北京に戻るためのチケットを購入できないという制限も実施されていた。
また、海外からの入国者向けの水際対策としては、出発地で飛行機に搭乗する時に義務付けられている「税関コード」(中国税関出入国健康申告)の申請がある。入国者は搭乗する便名、座席番号と連絡先等を記入して申請する。入国時のPCR検査で、本人が座った座席の近辺で感染者が出た場合、素早く濃厚接触者として特定され、該当者には行動制限をかける運用となっている。
このように、個人の位置・移動情報やPCR検査等の情報を統合して、感染リスクのある人を始め、「濃厚接触者の濃厚接触者」のような少しでも疑いのある人まで、市中を出歩けないように厳しく管理されていたのが、中国の「デジタル・社会ガバナンス」の実像であった。

「デジタル・社会ガバナンス」の限界

オミクロン株の流行が始まるまで、中国国内は比較的感染者の数が少なく、行動の自由と引き換えに、「健康コード」等のデジタルサービスによって実現している「デジタル・社会ガバナンス」は、目に見えない “デジタル防衛線”として、致死率の高いデルタ株等の感染の波から国民を守ったと多くの中国人は思っていた。しかし、感染力が格段に高いオミクロン株を抑え込むには、ますます厳しい管理が求められ、行動制限による感染抑止効果が限界にきた一方、それがもたらす「負」の側面が大きく露呈し始めた。
まず、頻繫なPCR検査によって無症状の感染者も多く見つかり、広範囲の人を対象とする行動制限による経済へのダメージや病院への受診の滞りなど、その代償が大きいことが顕在化した。さらに、感染者と同じ空間にいただけで移動が制限され、出張先や観光先で突然足止めされたり、一部の地方政府や地域の末端の管理者の行き過ぎた制限措置による付随的な人的災害が生じたりするなど、不透明な運用ルールによる生活や安全への影響が国民の不満を引き起こした。さらに、厳しい管理にもかかわらず感染者数がなかなか減らなかったことも、人々の反発に拍車をかけた。
2022年11月頃、一時期1日あたり9000人を超える感染者数を記録している広州では、約1ヶ月間ほぼ全市における店内飲食の禁止と厳しい外出制限を実施しても感染者数が高止まっていた。しかも、居住者全数を対象とするPCR検査で見つけた感染者のうち、9割が治療不要な無症状感染者(PCR検査では陽性と出るが、発熱や咳などの症状がない人)である(図)。
こうした中、11月30日、広州は全国に先駆けて、施設等への出入りにおけるPCR陰性証明書の提示義務を撤廃し、「健康コード」が緑色であれば、基本的に自由に移動できるとの政策を発表した。「新十条」が発表された後は、「健康コード」や「場所コード」もチェックしなくなり、12月13日には移動情報を把握する「行程カード」も全国範囲で廃止し、感染者の追跡や行動制限措置は事実上放棄した形となった。
厳格なデジタル・社会ガバナンスの上で成り立っていた「ゼロコロナ政策」も、これにより機能しなくなった。「ゼロコロナ政策」から急速に転換する前の中国は、感染者が一人でも出たら、その周辺の関係者はすべて行動制限を行い、感染者との接触機会がかなり低くなる状態を作り出していた。そのような行動制限をしなくなることで、感染者との接触機会が大幅に増え、指数関数的に感染者数が急拡大したことは十分に理解できる。

(図)広州における新型コロナ新規感染者数と無症状感染者比率の推移

「デジタル・社会ガバナンス」の二面性と今後の運用

今回の中国の一連の動きから、筆者は、中国で取り組んできたデジタル・社会ガバナンスは、諸刃の剣の一面があると感じた。

(1)「健康コード」等の本質とそのリスク

「健康コード」は、利用者の健康状況(PCR検査結果など)やワクチン接種履歴を、また「場所コード」や「行程カード」は、利用者の行動履歴や感染リスクのある地域への滞在歴の有無等の情報を収集している。システムにてビッグデータの分析を行い、リスクの高い人を識別して、対象者に対してPCR検査を促したり、厳しい行動制限をかけたりすることを実現していた。その本質は、ビッグデータを通じ、国民全体の行動のコントロールを実現することである。この仕組みによって、感染拡大が抑え込まれていた時期もあり、一定の効果があることは一概に否定できない。2020年の後半から2021年にかけて、個人のプライバシーや行動の自由をある程度犠牲にしても、社会の安定や安全を守れるなら良いということで、多くの中国人はそれを許容していた。
しかし、この「健康コード」等は、データ分析ツールとしてみると、国民の権利や自由にとって大きなリスクをもたらす一面もある。中国政府の発表 によると、2022年6月14日までに、「行程カード」サービスは、アプリを通じ累計して約600億回も位置関連情報の表示を行った。このサービスは、個人の行動履歴を大量に蓄積したことが分かる。これらの情報の漏洩リスクや、その情報に基づいた過度な行動制限による市民の権利への制約は、課題として浮彫となった。
12月13日、「行程カード」の廃止とともに、これを通じて収集していた個人情報もすべて削除する、と運用主体の中国信息通信研究院から発表があった。あくまで非常時の一時的な措置として導入したものであり、必要がなくなったら収集した情報も削除するといった運用は評価できる。しかし、他の「コード」を通じて収集した情報はどのような扱いとなるか、この記事を執筆した時点(1月23日)では、まだ明確な報道がない。

(2)「健康コード」等の取り組みから得られる示唆

・デジタル基盤の整備が重要

中国の「デジタル・社会ガバナンス」の実現にあたっては、その裏側で、クラウド・コンピューティング技術、ビッグデータ分析技術等が活用され、分野間のデータ連携が実現している「デジタル基盤の整備」が大きく寄与している。「健康コード」と「行程カード」は、いずれも武漢での感染拡大を受け、短期間で開発され、その後、継続的に機能改善が行われた。筆者の実体験から言えるのは、これらのコード(カード)を利用したサービスは、すべてスマホアプリで簡易に申し込むことができ、高齢者を含めてほぼすべての国民に浸透している。また、ワクチン接種情報、PCR検査情報など異なる分野の情報が、システム上でデータ連携でき、国民が自ら情報を探したり入力したりしなくて済む。その上、毎日多くの国民から頻繁にアクセスされる にもかかわらず、ほぼ遅延することなく利活用できた点は、中国のデジタル基盤がしっかり構築できていたことの証左といえる(表)。

(表)健康コードと「行程カード」の概要と発展経緯

デジタル基盤の整備は、ポストコロナ時代でも大きな役割を果たせると考えられる。例えば、個人が海外に渡航する際に、ワクチン接種証明書やPCR検査結果を提示する必要がある場合、中国は国際版の「健康コード」においてそれらの情報を自動的に連携することができ、個々の利用者が各種証明書を取得したり別途アップロードしたりする必要はない。今後、コロナだけではなく、他の感染症の発生に備え、このような情報連携の仕組みの整備は日本でも参考になる。

・国民健康サービスへの応用について

筆者は2022年11月に、中国の国家衛生委員会、国家漢方医薬局、国家疾病コントロール局の三部局が共同で発表した「“十四五”全国民健康情報化規画」に注目した。「2025年までに、すべての国民の人口情報、電子健康ファイル、電子カルテ、および基礎データベースをさらに完備させる。国民一人ひとりが更新可能な電子健康ファイルと多機能の電子健康コードを有するなど、国民健康サービスシステムの構築を図る」としている。コロナ対応として生まれた「健康コード」は、廃止されずに上記の政策にある「電子健康コード」として生まれ変わる可能性がある。 この仕組みによって、例えば、母子手帳のデジタル化、基礎疾患等の情報の共有による受診の効率化及び健康分野のデータの蓄積ができる。利用者の利便性を高めるとともに、集まったデータによる公衆衛生領域の傾向把握と分析が可能といったメリットがあると考える。一方で、昨今の「健康コード」による行き過ぎた行動制限の苦い経験から、上海の法律業界紙は、12月23日と28日に立て続けで学識者など専門家のコラムを掲載し、「健康コード」の廃止を強く訴え、ヘルスケア等の他の目的へ転用すべきではないと警鐘を鳴らした 。 データが価値を生み出せるとともに、非常時に個人の権利や自由を制限できるという思わぬ力も持っていることを、昨年の経験から多くの中国人は痛感したと言えよう。「健康コード」を始めとした中国の「デジタル・社会ガバナンス」という壮大な社会実装は、適切に運用すれば、社会の安定や安全を守れる一面もある。しかし、それは個人の権利を侵害しないという前提に立って、その利用目的と運用ルールを厳密に取り決め、厳格に遵守する上で初めて価値が出てくる。今回の教訓を踏まえ、今後このような「デジタル・社会ガバナンス」は、中国であれ日本であれ、より適切な制度設計及び運用のもとで実施していくことが求められる。

  • 1  

    「新十条」の概要は以下である。この政策が発表されることにより、実質的にそれまでのゼロコロナ政策が撤廃となった。

    1. ハイリスク地域の判定を精緻にする。制限範囲を極力狭くする。
    2. PCR検査の対象を縮小し、且つ頻度を減らしていく。病院、老人ホーム、託児所、小中学校など特殊な場所以外では、出入りの際にPCR検査陰性証明提示を要求しない。
    3. 隔離方法を調整する。無症状感染者、軽症者は自宅で自主隔離することを許す。
    4. ハイリスク地域の封鎖は5日間以内とし、新規感染者が出なければ迅速に解除する。
    5. 薬局での薬の購入に制限を設けない。
    6. 高齢者のワクチン接種を加速させる。
    7. 末端の医療機関は、基礎疾患のある高齢者や接種の状況を把握し、分類に応じて適切に対応する。
    8. 非ハイリスク地域の人的流動、生産・営業を停止してはならない。社会の正常運転、基本的生活物資、ライフライン供給などを保障する。
    9. 安全管理を強化する。消防車両の通り道やコミュニティのゲートなどを封鎖しない。
    10. 学校の感染対策を高度化する。感染の起きていない学校は対面授業を行う。
  • 2  

    2020年当初の「健康コード」の仕組みと概要は、以下の記事をご参照ください。
    緊急提言「新型コロナウイルス対応で進む中国のデジタル社会実装」

    https://www.nri.com/jp/keyword/proposal/20200326

  • 3  

    2022年12月27日、在日中国大使館の発表によると、2023年1月8日渡航分より、大使館が発行する健康コードの国際版が廃止となる。

  • 4  

    2022年7月8日に、過去7日間の滞在歴に変更された。

  • 5  

    中国共産党宣伝部が開催した「中国共産党第十八次全国代表大会」における「工業と情報化発展成果発表会」の発表による。

  • 6  

    2022年4月19日の工信部の発表によると、「行程カード」のアクセス数は一日平均1.6億回に上る。

  • 7  

    『上海法治報』記事:「健康コードを徹底的に廃止すべき」(2022年12月23日)「 “両コード”廃止後個人情報の処置」(2022年12月28日)を参照。

執筆者情報

  • 李 智慧

    未来創発センター
    グローバル産業・経営研究室
    エキスパートコンサルタント

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