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支援強化パッケージで「年収の壁」突破へ 実行に向けた3つの鍵

2023/06/23

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2023年6月13日、岸田首相は、こども未来戦略方針に関する記者会見において、「『106万円、130万円の壁』による就労制限は、長く指摘されてきた課題だった」と述べたうえで、共働き世帯の収入増を後押しするため、「『106万円の壁』を超しても手取り収入が逆転しないよう、必要な費用を補助するなどの支援強化パッケージを本年中に決定し、実行する」と表明した。
また、「こども未来戦略方針」の本文には、支援強化パッケージは「急務となっている人手不足への対応を目的としたものであること」、「106万円の壁を超えても手取り収入が逆転しないよう、労働時間の延長や賃上げに取り組む企業に対して必要な費用を補助するものであること」が明記されている。
野村総合研究所(NRI)は、「年収の壁」による働き控えの必要がなくなった場合の経済効果として、雇用者収入増やそれに伴う追加生産等による経済効果を8.7兆円におよぶと試算している。これはGDPの1.6%分に相当する規模である。さらに、およそ8千億円/年の税収増が見込める。

一方で、このまま「年収の壁」を意識した働き控えが続けば、賃上げでせっかく時給が上昇しても、その分だけ働く時間を減らすことになるため、働く人数と労働時間を掛け合わせた今年の労働投入量は、コロナ前に比べて約1割減少すると試算される。これに伴い、人手不足を理由に営業時間の短縮や店舗・営業エリアの縮小等を余儀なくされる事業者は一層増える。その影響は、飲食店で2兆2,529億円/年、宿泊業で4,160億円/年の売上損失につながると推計される。訪日外国人客受け入れ再開によるインバウンド需要の回復が期待されるなか、人手不足が原因で、インバウンド約500万人を含む、5千万人強の宿泊者を受け入れることが困難になることも予想される(いずれもNRIによる試算)。
早期対応で期待される経済効果の大きさと現状を放置した場合に想定される機会損失の大きさを踏まえれば、今回、政府が、当面の対応として、壁を意識せずに働く時間を選択できる環境づくりに踏み込んだことは高く評価されるべきだと考える。

「年収の壁」問題解消の効果は、パート主婦の年収増だけにとどまらない。主婦に特化した求人サイト「しゅふJOB」を運営する株式会社ビースタイルメディアが2023年4月に実施したアンケート調査1によると、手取りの減少につながる年収上限(年収の壁)がなくなった場合、「転職したい」と回答した人は56.4%にのぼった。またその多く(72.1%)は「今の仕事より時給が高い仕事」に転職したいと回答している。
この調査結果を踏まえれば、「年収の壁」問題の解消により、今より時給の高い職場への転職を考えるパート主婦が増えれば、人材確保の観点から、賃上げをはじめとする処遇改善の動きがパート労働者全体に広がっていくと考えられる。このパート労働者の賃上げは、深刻な人手不足を背景に、パート以外の非正規労働者の賃上げ、ひいては正規労働者の賃上げにも波及することが予想される。今回の施策で早々に「年収の壁」問題が解消すれば、パート主婦の賃上げを契機とした賃上げのトリクルアップ、つまり全労働者の構造的な賃上げが実現する可能性も高まってくるのではないか。

支援強化パッケージの具体的内容は「本年中に決定する」とのことだが、制度設計にあたっては、以下の3点に十分留意すべきである。実効性ある支援強化パッケージで、国民の収入増と人手不足解消を早期に実現し、「成長と分配の好循環」実現の突破口にすべきだ。

(1)働く時間が長くなるほど収入が増える制度設計に

社会保険料の自己負担が生じても手取り収入が減らないよう賃上げや労働時間の延長に取り組んだ企業へ助成するという方向性が示されているが、前述の通り、今回の施策の目的が人手不足への対応でもあることも踏まえれば、賃上げだけによらず、働き控えを行っていた人を中心に労働時間を延長する人が増える必要がある。
106万円の壁を超えても125万円の給与収入に届くまで手取り額が一定(減りはしない)という仕組みでは、今よりは長く働くことはできるが大幅な延長はできない人にとっては、「年収の壁」を乗り越えるモチベーションが湧きにくい。労働時間を今より少しでも長くすれば手取り額がその分確実に増えていく制度にする必要がある(図1)。
未曾有の人手不足の解消に向け、働く人が手取り収入の減少を心配することなく、かつ労働時間を延長するメリットを感じられるような制度となることが期待される。

図表1 支援強化パッケージの設計イメージ

(出所)NRI作成

(2)「働き控え」のもう一つの要因「家族手当」見直しへの対応も

NRIの調査(2022年9月実施)2によると、夫が勤め先から「家族手当(配偶者の年収による支給制限あり)」を受け取っているパート女性の8割以上(84.3%)が「家族手当」を受け取れる範囲内の年収になるように就業調整をしていると回答している。
また、人事院の「令和4年職種別民間給与実態調査の結果」によると、企業の75.3%が「家族手当制度がある」と回答し、そのうちを73.3%(全体の55.1%)が「配偶者に家族手当を支給している」と回答している。配偶者に家族手当を支給する企業で「配偶者の収入による支給制限がある」企業は、の84.1%と極めて多い。
厚生労働省「令和2年就労条件総合調査」によると、家族手当の一人当たり平均支給額は月1.76万円で、年間にすると約21万円にのぼる。社会保険料負担の増加とともに、配偶者の家族手当の支給停止が、パート主婦の働き控えの要因となっている。
このため、家族手当を受け取っているパート主婦のなかには、今回の施策によって、自身の手取りが減らなかったとしても、夫の会社の家族手当の支給対象から外れることで世帯年収が減ってしまうことから、就業調整を続ける人も出てくることが予想される。
今回の施策の効果を最大化するためには、家族手当制度を展開する企業への対応も不可欠である。例えば、夫が家族手当を受け取っている世帯の場合、妻の年収増によらず引き続き家族手当を支給した企業には、夫の賃上げに取り組む企業として、賃上げ促進税制やキャリアアップ助成金の対象にするなどを検討してはどうだろうか。

図表2 「家族手当」支給範囲内への就業調整の有無

(出所)NRI「有配偶パートタイム女性における就労の実態と意向に関する調査」(2022年9月)

(3)「働き控え」の早期解消に向けた制度設計と周知徹底を

支援強化パッケージの具体的内容は「本年中に決定する」とのことだが、手取りが逆転しないことが具体的に約束されないなかでは、働き手は行動を変えにくい。ところが、足元の人手不足は深刻であり、前述の機会損失が日本経済は与える打撃は、この瞬間においても非常に大きい。そこで、今回の施策が実際に始まる前に働き控えをやめ、働く時間を延ばした場合でも手取りの逆転は起こらない、つまり遡及して助成できるような制度設計にし、その事実を雇用者と労働者の双方に早期にアナウンスすることが必要だろう。そうすれば、今回の支援強化パッケージが施行される前から、企業も労働者も「年収の壁」を意識しない働き方に移行し、共働き世帯の収入増と人手不足の解消というメリットをより早期に享受できる。


執筆者情報

  • 武田 佳奈

    未来創発センター 生活DX・データ研究室

    エキスパート研究員

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