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世界でEVへの逆風が強まる

2024/05/17

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各国でEV支援策を縮小する動き

脱炭素政策の柱の一つとして各国が推し進めてきた電気自動車(EV)の普及に、逆風が吹き始めている。バイデン政権は5月14日に、中国製EVに、現在の4倍に当たる100%の制裁関税を課すと発表した(コラム「米国が中国製EVへの関税率を4倍に引き上げ100%へ」、2024年5月14日)。

この関税引き上げは、不公正貿易とみなす相手国への一方的な制裁を認めた米通商法301条に基づく措置となる。ただし、中国製EVの米国での販売実績は現時点ではほとんどなく、そうした下で米通商法301条を発動するのは、根拠を欠いていると言えるのではないか。これは、国内での対中強硬論の高まりに配慮した、大統領選挙対策の色彩が強いだろう。

いずれにせよ、この追加関税導入は、中国製EV、あるいはEV全体の米国内での将来の普及に大きな障害となる。欧州連合(EU)も中国製EVに対する関税引き上げを検討しており、導入すれば欧州でもEV普及全体に逆風となる。

他方、各国で、EVへの補助金など支援策を縮小する動きが出ている。EV支援策が、財政負担を高めているためだ。ドイツは、昨年12月にEV補助金を打ち切った。

グリーンエネルギーへの投資の大半は、民間資金では賄いきれていない。コンサルティング大手のマッキンゼーの分析によると、世界で二酸化炭素排出量の削減目標を達成するために2030年までに必要な投資額は55兆ドル(約8,570兆円)となるが、そのうち政府による補助金がなくても利益が出る投資は4分の1に過ぎないという。

こうした点から、EVに対する政府の補助金などの支援策は、「環境コスト」を下げることには貢献する一方で、「財政コスト」を高めてしまう。さらに、割高で収益性が低いものに財政資金を投入していることから、生産性の低下、成長率の低下にもつながりかねない。つまり「経済コスト」を高めてしまっているのである。

イノベーションを通じてEVの価格が大きく低下し、政府の補助が必要なくなるまで、この「経済コスト」の問題は続くことになる。

税収減でEVに対する課税強化の動きが広がる

さらに政府にとって問題なのは、ガソリン車からEVやハイブリッド車(HV)など環境対応車に需要が移っていることで、ガソリンや軽油から徴収する燃料税が減少し、それが財政収支を悪化させていることだ。国際エネルギー機関(IEA)のデータによると、EVへの移行に伴ってEV関連の新たな税収はわずかに増えているものの、ガソリンや軽油に関連した税収が減り、世界全体で2023年に差し引き100億ドルの税収減になったという。さらに、世界各国がEV化の目標を達成した場合、税収の穴が2035年までに1,100億ドルに膨れ上がると予想される。

そのため、英国、ニュージーランド、イスラエルのほか、米国の過半数の州などでは、EV、HVに対する課税を強化する動きが広がっている。新車登録手数料、走行距離に応じた道路通行料、公共充電スタンド使用料などが引き上げられている。

米国ではEVよりもHVが選好される

米国では少なくとも38州が、EVやHVの年間登録料を導入している。ニュージャージー州は4月に、EV所有者に年間250ドルの支払いを法律上で義務付けた。さらに、新たにEVを購入する場合は、4年分の計1,000ドルを前納しなければならないと定めた。

米政府はEVの販売に最大7,500ドルの税額控除を行っている。州政府も上乗せの税控除を実施しており、ニュージャージー州では、最大4,000ドルの税額控除を実施している。

これほど巨額な税控除が行われているにもかかわらず、EVに対する需要が伸び悩んでいる理由の一つは、EV購入者に対する新たな課税や負担の動きがあることだ。他方米国では、EVではなくHVの需要が増えている。今年1~2月の米国のHV販売台数は前年同期比50%増となった。EVの販売台数は前年同期比13%増にとどまっており、伸び率でも台数でもHVがEVを上回っている。

消費者にとっては、HVの方がEVより金銭面の利点が分かりやすいという面がある。EVの購入者は、家庭用充電器の費用や売却価格の不透明性、メンテナンスや修理にかかる費用など考慮すべきことがより多くなる。他方、航続距離や充電設備の利用のしやすさを考えれば、EVよりもHVを選好する消費者が増えている。

全世界でのEVの販売台数は2024年に過去最高を更新する見込みではあるが、利益率の低下と販売の伸び縮小を受けて、主要な自動車メーカーはEVモデルの投入計画にブレーキをかけつつある。脱炭素推進の柱の一つであったEVの普及には、強い逆風が世界で吹き始めている。

(参考資料)
”Does Your EV Hurt, or Help, the Economy? (EVは経済に重荷? それともプラス?)", Wall Street Journal, May 13, 2024
「EVへの課税強化、世界的な潮流に 燃料税の減少に対応」、2024年5月9日、NIKKEI FT the World

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