衆院選公示:自民党の選挙公約と問われる石破カラー
自民党選挙公約で石破カラーが弱いとの指摘
10月15日に衆院選が公示される。これに先立ち、各党はそれぞれ選挙公約を掲げ、政策を巡る論戦を本格化させている。
自民党は、「日本を守る。成長を力に。」と題した政策パンフレットを公表している。全体としては、岸田前政権の政策方針を引き継いだ印象が強く、時間的な余裕が十分になかった面もあるだろうが、石破カラーが十分に反映されているとは必ずしも言えないように感じられた。
政策パンフレットは、第1にルールを守る(政治改革)、第2に暮らしを守る(経済政策)、第3に国を守り、国民を守る(国防)、第4に未来を守る(こども、教育)、第5に地方を守る(地方創生)、第6に新たな時代を切り拓く(憲法改正)の6つの柱で成り立っている。
2022年の参院選挙の際に岸田政権の下で示された公約も、防衛政策で始まり憲法改正で終わる6本柱の構成だった。2022年には柱の一つとなっていたコロナ対策は今回の政策パンフレットではなくなった一方、政治資金問題を受けて第1の柱に政治改革が加えられた。しかし、その2点を除けば、両者は似通っている印象だ。
今回の自民党の政策パンフレットには、今まで自民党内で非主流派であった石破首相が主張してきた重要テーマが十分に反映されていない、との指摘がある。例えば安全保障政策においては、総裁選で強く主張していた日米地位協定の改定やアジア版NATO創設については、言及はなかった。また、それを示唆するような表現さえもなかった。
また、経済政策については、石破首相が総裁選で言及した金融所得課税の見直しについての言及はなく、むしろそれを打ち消すかのように、「資産運用立国の実現に向けた取り組みを着実に推進」と謳っている。また、総裁選で言及した一部の法人増税、所得増税についても全く言及されなかった。
アベノミクスの功罪の検証はどうなった
さらに、石破首相が主張してきたアベノミクスの功罪の検証についても、今回の政策パンフレットでは何ら言及はなかった。この点について、7日の衆院本会議で行われた代表質問で立憲民主党の野田代表は、石破首相に対して、アベノミクスの是非について質問した。野田氏は、「首相は批判的な立場を取ってきた。金融政策は最近、言動に相当ずれが出てきている」と苦言を呈した。そのうえで、アベノミクスの評価を改めて質した。
それに対して石破首相は、「(アベノミクスは)デフレではない状況を作り出し、GDPを高め、雇用を拡大し、企業収益の増加傾向にもつながった」とアベノミクスのプラスの面について言及した。さらに、「こうした成果の上で、岸田内閣の新しい資本主義の取り組みが最低賃金の過去最大の引き上げ、名目100兆円超の設備投資などにつながった」、「デフレからの脱却を確実なものとするべく、岸田内閣の経済政策を引き継ぎ、さらに加速させ、賃上げと投資がけん引する成長型経済の実現を図っていく」と述べている(コラム「石破政権はアベノミクスをどう評価したか(衆院代表質問)」、2024年10月8日)。
また10月12日に開かれた党首討論会で野田立憲民主党代表は、国会答弁で石破首相がアベノミクスの功罪の「功」の部分にのみ言及したとして、改めてアベノミクスの「罪」についての石破首相の見解を質した。
これについて石破首相は、「コストカット型の経済は良くなかった。実質の国内総生産(GDP)はほとんど上がらなかった。個人消費が上がっていかない限り、デフレの脱却はあり得ない。安倍政権で幹事長と地方創生相を務めた。私も共に責任を負わないといけない」と述べたのである。
企業のコストカットには、経済合理性に基づいた側面もあり、それを一律に否定するのは正しくはないだろう。コストカットによる生産性向上、収益向上が将来の企業の投資拡大と成長につながるという面もある。
もちろん、大手企業のコストカットが失業や下請け企業の経営悪化を生む面があるが、それは、大手企業の経営姿勢が生み出している問題というよりも低成長という経済環境が生み出している問題ではないか。経済の潜在力、成長力を高めることをせずに、企業のコストカット行動を批判するのは正しくない。さらにそれは、アベノミクスが生み出した問題とは整理できないだろう。
問われる党内コンセンサスとリーダーシップのバランス
石破首相は、アベノミクスのうち、第1の矢、第2の矢である積極金融緩和策、積極財政政策が長期間続いたことの弊害を主張してきた。この点で、立憲民主党の野田代表も同じ意見である。しかし、そうしたアベノミクスの弊害についての言及を、石破首相は、首相就任後には封じている。
こうした石破首相のいわゆる変節については、国会の場や党首討論でも指摘されている(コラム「石破首相の言動の変化が問われた党首討論:議論は政治資金問題に集中」、2024年10月9日)。
これに対して石破首相は、「日本は専制国家でないから、首相が自ら考える政策をすべて実現できるわけではない」との主旨の説明をしている。それは正しい指摘ではあるが、一方で党内のコンセンサスの範囲内でしか政策が実現できないのであれば、誰が総裁、総理になっても同じということになってしまう。実際には党内のコンセンサスと首相のリーダーシップとのバランスが重要なのだろう。
首相には、自ら考える政策について、党内のコンセンサスが得られて直ぐに実現できる政策と、コンセンサスを早期に得ることが難しく直ぐには実現できない政策とを分けて、国民に対して丁寧に説明していくことが求められるのではないか。
衆院選での最大の争点となるのは、政治改革、政治不信問題への対応であるが、この点においても国民が首相に強く期待しているのは、党内コンセンサスに基づく施策なのではなく、首相の強いリーダーシップによって自民党を内側から大きく変えていくことではないか。石破首相が強いリーダーシップを発揮することができるかどうかは、衆院選の結果を大きく左右するだろう。
デフレ脱却と金融政策への口先介入
最後に、12日の党首討論会、13日のNHK日曜討論から、石破首相の経済政策姿勢について検証してみたい。
第1が、金融政策への対応についてだ。政権発足直後から、石破首相や関係閣僚らは、政府がデフレからの完全脱却を最優先課題に位置付けるなかで、日本銀行がその妨げになるような利上げを実施することをけん制するかのような発言をした。これは、金融市場にも大きな影響を与えたのである。
党首討論では、金融政策への言及は禁じ手である政治介入ではないか、との質問が出された。これに対して石破首相は「口先介入は厳に慎まなければならない。日本銀行に対して意見はいうが、口先介入と捉えられないよう努力していく」との主旨の発言をした。
今後、石破政権は公式の場では日本銀行の政策姿勢に直接注文を付けるような発言は控えるだろう。だだし、非公式の場での政府の発言も含めて、追加利上げに慎重な政府の姿勢に対する配慮は、日本銀行の利上げを今後も一定程度制約することになるだろう。
日本銀行は政府が掲げるデフレ克服をその使命としているのではなく、2%の物価目標の達成を使命としていることを、政府は十分に認識し、また尊重する必要があるだろう。
第2が、政府がデフレからの完全脱却が実現できたと判断される定義、条件についてだ。安倍政権は、デフレからの脱却を最優先課題に掲げ、それを実現する手段としてアベノミクスの3本の矢を示した。しかし物価上昇率が低位にあった当時と比べて、現在は、消費者物価上昇率は2%を超える状況が続いている。そうした中でも、安倍政権時代と同様に政府がデフレからの脱却を最優先課題に掲げていることに違和感を持つ国民は多いのではないか。それは時代錯誤的でもある。
こうした点を踏まえて、党首討論では、デフレからの完全脱却の条件について質問が出された。これに対して石破首相は、「個人消費が着実に上がっていくこと」をデフレ脱却の条件に挙げた。
多くの国民が、生活が改善したと実感しない限り、政府がデフレからの完全脱却を宣言することは難しいだろう。しかし、石破首相が挙げた個人消費の改善についても、その定義は曖昧なままだ。
生活実感が高まり、個人消費が明確に改善するためには、実質賃金の上昇率が高まることが必要だ。そして、実質賃金の上昇率が持続的に高まるためには、労働生産性上昇率が高まる必要がある。物価高対策の補助金、給付金、あるいは減税などの効果は一時的であり、それらでは、労働生産性上昇率の高まりを伴う持続的な実質賃金上昇率の向上は実現できない。石破政権は、労働市場改革、地方創生などの成長戦略、構造改革を通じて労働生産性と経済の潜在力向上を経済政策の最優先課題に据える必要があるだろう。
石破首相は将来の消費税率引き上げに含みを残す
第3が消費税についてだ。石破首相は13日のNHK日曜討論で、野党が減税や廃止を主張する消費税に関し、「(税率を)引き下げることは考えていない。当面、上げることも考えていない」と語った。また、「消費税を減税するやり方を取ったとしても社会保障の安定的な財源が確保されない」と指摘した。さらに、2027年9月までの党総裁の任期中に消費税を増税しないかと聞かれ、「経済、社会保障の状況がどうなるかだ。最初から決め打ちはしていない」と述べた。
既に見たように、消費税の減税や廃止は、実質賃金の上昇を伴う持続的な生活改善、個人消費の回復につながるものではない。他方で、それらは財政環境を一段と悪化させ、将来の負担増加から企業の成長期待を損ね、設備投資をより慎重にさせるなど大きな弊害を生じさせかねない。
こうした点から、消費税減税に否定的な石破首相及び自民党の政策姿勢は評価できるものだ。また石破首相が、社会保障費の安定財源に位置付けられる消費税の将来の増税の可能性についてその可能性を否定しなかったことは、責任のある財政運営の観点から評価できるものだ。
財政の健全化を長らく掲げてきた石破首相は、現状ではアベノミクスの第2の矢に相当する積極財政とそれによる財政環境悪化への直接的な評価を避けている。しかし、消費税についての発言にもその一端を伺わせている財政健全化の姿勢が、この先、石破政権からより明確に示されていくことを期待したい。
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