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TOB・大量保有報告制度等WG報告について

2024/01/11

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はじめに

2023年12月25日、金融庁の金融審議会公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループの報告書(以下、WG報告)が公表された(注1)。WG報告は、2023年3月に開かれた金融審議会総会での鈴木俊一金融担当大臣からの諮問を受けて行われてきた審議の結果を取りまとめたものであり、2024年の通常国会には、WG報告の提言内容を実現するための金融商品取引法(以下、金商法)改正案が提出されるものと予想される。

検討の背景

株式公開買付(TOB)制度は、上場会社等の株式を多くの株主から大量に買付ける者に対して、一定の情報開示やルールの遵守を義務づけている。その主な目的は、株主(投資家)が買付けに応じるべきか否かを合理的に判断できるようにすることである。

一方、大量保有報告制度は、経営支配権の異動をめぐる透明性を確保するために、上場会社等の株式を総議決権の5%を超えて保有する者に対して一定の情報を開示させる制度である。大量保有報告書を提出した者は、原則としてその後1%以上の変動が生じた際にも報告義務を負う。ただし、機関投資家等による経営支配権に影響を及ぼさない「純投資」目的の株式保有については、報告頻度や開示情報の内容を簡素化した特例報告制度が適用される。

TOB・大量保有報告制度の見直しは、2006年の金商法制定時に行われた改正以来17年ぶりである。このような検討が行われることとなった背景には、近年の企業買収をめぐる環境変化がある。

かつては、日本では対象会社の同意を得ない敵対的企業買収は現実化しにくいといわれていたが、ライブドアによるニッポン放送株式の大量取得(2005年2月)などが起きた2000年代後半以降、そうした見方は過去のものとなった。加えて2013年以降、機関投資家と投資先企業の建設的対話を通じて企業価値の向上を図るスチュワードシップ・コードと証券取引所が上場会社に対して取締役会の経営監督機能強化などを求めるコーポレートガバナンス・コードという二つのコードを車の両輪とするコーポレートガバナンス改革が進められている。改革の進捗とともに、上場会社の大株主となって経営戦略の転換や経営陣の交代を働きかけるアクティビスト株主(物言う株主)の活動も盛んになっている。

相次いだ司法判断と制度の問題点

TOB・大量保有報告制度の見直しの狙いは、こうした市場環境の変化に対応しようとすることだが、より直接的には、2021年から22年にかけて敵対的買収者に対する買収防衛策の発動をめぐる興味深い司法判断が相次いだことが検討の引き金となった。

すなわち、2021年の東京機械製作所事件(最決令和3年11月18日金判1641号10頁)では、取引所市場内で急速な株式買い集めを行った買収者への防衛策発動が容認されたが、従来のTOB・大量保有報告制度が内包する一見技術的ではあるものの重要な問題点が浮き彫りにされることともなった。

例えば、金商法は取引所市場外で上場会社等の株式の3分の1超を保有することとなるような買付けを行う場合、TOBの実施を義務付けている(金商法27条の2第1項)。いわゆる「3分の1ルール」である。しかし、取引所市場内では、買収者はTOBを行うことなく3分の1を超える水準まで買い進むことができる。しかも取引所市場内で急速な株式買い集めが行われる場合、大量保有報告書や変更報告書の提出期限が5営業日以内とされていることもあり、買収者による買い集めの実態と開示される情報とに乖離が生じ、一般投資家は不安定な地位に置かれることとなる。

一方、2022年の三ツ星事件(大阪高決令和4年7月21日金判1667号30頁)では、複数の株主が大量保有報告制度上の共同保有者に該当するかどうかが重要な争点となり、対象会社が「共同協調行動者」と認定した株主を買収者と一体視して対象とした買収防衛策の発動が裁判所によって否定された。これに対しては、当該「共同協調行動者」は実際には大量保有報告制度上の共同保有者に該当し、大量保有報告書の情報開示が適切に行われていないのではないかといった指摘もなされた(注2)。

TOB強制の市場内取引への適用と閾値の引き下げ

WG報告では、現在TOBの実施が原則として強制されない、取引所市場内での株式の買付けについても、企業支配権に重大な影響を与える場合にはTOBの実施を義務付けることが提言された。現行の「3分の1ルール」の適用範囲の拡大である。

こうした提言がなされた背景には、従来、誰もが参加でき、取引の数量や価格が公表され、競争売買の手法によって価格形成が行われるといった点で、一定の透明性・公正性が担保されていると考えられることから「3分の1ルール」の適用を免れてきた市場内取引について、前述の東京機械製作所事件でも示されたように、企業支配権に重大な影響を及ぼすような取引に関する透明性・公正性が十分に担保されないような状況が生じ得るとの認識がある。

同時にWG報告は、「3分の1ルール」の「3分の1」という数値が、株主総会の特別決議を阻止できる基本的な割合であること等から定められている点について、諸外国のTOB制度ではTOB強制の閾値を30%としている例が多いことや実際の議決権行使割合を勘案すると30%の議決権を有していれば多くの上場会社において株主総会の特別決議を阻止したり、普通決議に重大な影響を及ぼし得るものと推察されることに鑑み、閾値を30%に引き下げることを提言している。

これらの提言内容に沿った法改正が行われれば、取引所市場の内外を問わず、上場会社の議決権所有割合が30%を超えることとなるような買付けを行う場合については、原則としてTOBの実施が強制されることとなる。

なお、現行法では、市場内外の取引を組み合わせた急速な買付けを行って3分の1超の株式を保有しようとする場合のTOB実施の義務付け(金商法27条の2第1項4号)や既に3分の1超の株式を保有する者が他の者によるTOB実施期間中に5%超の買付けを市場内外で行う場合のTOB実施の義務付け(金商法27条の2第1項5号)といった規制が設けられているが、WG報告は、これらの規制については、「会社支配権への影響も考慮しつつ、制度の目的に照らして過剰な規制とならないようにすべき」といった原則的な考え方を提示したものの、具体的な見直しには言及しなかった。

将来課題とされた欧州型規制への移行

取引所市場の内外を問わず、上場会社の議決権所有割合が30%を超えることとなるような買付けを行う場合にTOBの実施が強制されるというWG報告の提唱する制度は、上場会社の株式の30%以上を保有した者に対してTOBの実施を義務付けるとともに、応募株式すべてを取得する全部買付義務を課すという英国やEU諸国で採用されている欧州型のTOB規制に近いものだといえる(注3)。

欧州型のTOB規制は、TOB制度を支配権異動の場面において少数株主が公平な価格で売却する機会を確保するための制度と位置付けたものだとされ、幅広いTOB強制や全部買付義務すなわち部分買付けの禁止とともに、時価より低い価格や過去一定期間内に買収者が買付けた価格よりも低い価格でのTOBの実施を禁止するといった内容の規制も含んでいる。

今回のWG報告の作成に至る検討の過程では、日本のTOB制度を全面的に欧州型に移行することも議論されたが、健全なM&A(企業の買収・合併)を阻害しないよう例外を柔軟に認めるための体制が必要であるとか少数株主の保護のあり方をめぐる幅広い検討が必要であるといった意見が出され、直ちに欧州型の規制に移行すべきとの結論には至らなかった。将来的な欧州型の規制への移行の可能性も念頭に置きつつ、前述のTOB強制の適用範囲や部分買付けの許否といった各検討課題について個別の検討が行われることになったのである。

このうち部分買付けの許否についてWG報告は、支配権取得後に対象会社の企業価値の減少が予想される場合に、一般株主において、企業価値の減少による不利益を回避するため、TOB価格等に不満がある場合であってもTOBに応募するインセンティブが生じるという問題(いわゆる「強圧性」の問題)が指摘されていることや按分比例の決済となるためすべての応募株式の売却が担保されず、一般株主に十分な売却機会が与えられないといった問題があると指摘する。しかしながら、望ましいM&Aを阻害する効果も伴い得るといった意見があったとして、部分買付けを原則として禁止するといった制度改正までは提言しなかった。

ただし、部分買付けを実施する際には公開買付者及び当該部分買付けに賛同する対象会社が一般株主の理解を得るよう努めることが望ましいとし、そのような取組みを促すための方策を検討すべきとの提言がなされた。また、全部買付けを行おうとした公開買付者が、TOBの成立後に追加応募期間を設けることを希望する場合には、任意にこれを設けることができるよう制度を整備することが適切だとの提言がなされた。

TOB制度の柔軟化・運用体制

WG報告が、TOB制度の全面的な欧州型への移行にまでは踏み込まなかった理由の一つは、欧州型TOB制度を採用している法域においては、英国では、規則制定権限を有するテイクオーバー・パネルがTOB規制の免除等を個別に審査し、ドイツでは、金融監督当局がTOBの実施義務の免除やTOB禁止の権限を有するなど、TOB制度を柔軟に適用する体制が整えられているのに対し、日本にはそれが欠けていることである。

30%以上を保有した者に全部買付義務を伴うTOB実施義務が課され、TOBの条件決定にあたって価格規制が課されるという欧州型のTOB制度は、一見するとM&Aを過度に抑制しかねないような印象を与えるが、専門機関や金融監督当局が個別事案に対する実質的な判断に基づく選択的介入を行うことで、健全なM&Aの実現が阻害されないような工夫がなされているのである。

WG報告は、こうした認識に基づき、個別の事案ごとに当局の承認を得て一定の規制の適用が免除される制度を設けるべきだとする。具体的には、別途買付けの禁止、形式的特別関係者に関する規制、TOB期間の規制、買付条件の変更の規制、TOBの撤回の規制、全部買付義務等に関する規制について規制を緩和する方向での個別対応を可能にすべきだとしている。

TOB制度をめぐるその他の提言

このほかWG報告は、TOB制度の見直しについて、概ね次のような提言を行っている。

  1. 多数の者(60日間で10名超)から買付け等を行い、買付け後の議決権所有割合が5%超となる場合にはTOBの実施が義務付けられる、いわゆる「5%ルール」について、顧客の流動性を確保する目的で金融商品取引業者等(証券会社等)が顧客から自己勘定で行う買付け等のうち、単元未満株式の買付け等または機関投資家等の顧客からの買付け等であって、その後直ちに売却することを予定しているものへの適用を除外する。
  2. 当局のガイドライン等によってTOBの予告を行う際の開示のあり方を整備する。
  3. 特定の大株主等から、一般株主より低い価格での応募同意を得た場合について、TOB価格の均一性に関する規制を緩和し、一つのTOBの中で異なる価格での買付け等を実施できるようにする。
  4. 異なる種類の株券等をTOBの対象とする場合へのTOB価格の均一性に関する規制の適用を明確化する。
  5. 公開買付届出書の事前相談における当局の対応方針を明確化する。
  6. TOB期間中に対象会社が配当を実施した場合のTOB価格の引下げを可能にする。
  7. TOBの撤回事由を拡充する。
  8. TOB制度における「買付け等」の範囲を明確化する。
  9. 公開買付説明書の記載内容について、公開買付届出書を参照すべき旨を記載することで、内容を簡素化する。
  10. 公開買付届出書の記載事項を必要に応じて見直す。

TOB制度をめぐっては、対象会社やその株主に法令違反または著しく不公正な方法によるTOBを差し止める権利を付与するといった事前の救済制度やTOB規制に違反して取得した株式について議決権の停止や売却命令等の事後の救済制度を導入すべきではないかといった指摘がなされてきた(注4)。これらについてもWG報告の作成に向けた検討の過程で議論されたが、直ちに事前・事後の救済制度を設けるべきとの結論には至らず、必要に応じて引き続き検討を重ねていくこととされた。

大量保有報告制度のあり方に関する提言

既に触れたように、2021年から22にかけて注目された買収防衛策に関する司法判断では、現行の大量保有報告制度の問題点も浮き彫りにされた。WG報告は、同制度について、概ね次のような見直しを行うよう提言している。

  1. 金融商品取引業者等に適用される緩和措置である特例報告制度について、企業支配権等に直接関係しない提案行為(注5)を行おうとする場合は、当該提案行為の態様に着目し、その採否を発行会社の経営陣に委ねないような態様(注6)による提案行為を行うことを目的とする場合に限り、重要提案行為に該当し、特例報告を利用できないものとする。
  2. 大量保有報告制度上の共同保有者概念について、機関投資家による協働エンゲージメントに与える萎縮効果を低減させるために、例えば、共同して重要提案行為等を行うことを合意の目的とせず、かつ継続的でない議決権行使に関する合意をしているような場合については、共同保有者概念から除外する。
  3. 大量保有報告制度の適用対象とならない現金決済型のエクイティ・デリバティブ取引のロングポジションの保有について、現物決済型の取引に変更することを前提としている場合等は大量保有報告制度の適用対象とする。
  4. 大量保有報告書の提出遅延等について、故意性が疑われる不提出や著しい提出遅延など市場の公正性を脅かしかねない事例については積極的に違反を摘発するといった対応を講じる。
  5. 株式保有割合の算出に際して、取得請求権付株式や取得条項付株式の転換後の株式数を勘案し、いずれか多い方を算出に用いることとする。
  6. 大量保有報告書等の「保有目的」等の記載内容・記載方法の明確化と見直しを行う。
  7. 一定の資本関係がある場合には、別個独立に議決権等を行使する方針であっても共同保有者とみなされるが、一定の場合には当局の承認を得ること等によって共同保有者から除外される制度とする。

実質株主の透明性に関する提言

WG報告は、株主名簿や有価証券報告書等の大株主の状況に関する開示だけでは議決権指図権限や投資権限を有する実質株主が把握できないという問題について、企業と株主・投資家の対話を促進する観点から検討を行っている。

その上で、発行会社が実質株主や名義株主に対してその保有状況や実質株主に関する情報について質問した場合に、その質問に対する回答を義務付けるという欧州諸国の制度を参考に適切な制度整備等に向けて取組みを進めるよう提言している。まずは早急に、機関投資家の行動原則としてその保有状況を発行会社から質問された場合にはこれに回答すべきであることを明示するとともに、その後、そのような回答を法制度上義務付けることを検討すべきだとしている。


(注1)金融審議会「公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループ報告」(2023年 12 月 25 日)
(注2)太田洋「三ツ星事件の各決定に関する分析と検討」商事法務2307号23頁(2022)参照。
(注3)TOB規制を含む企業買収ルールの国際比較については、宍戸善一、大崎貞和『上場会社法』弘文堂(2023)145~150頁参照。
(注4)TOB差止制度の可能性については、脇田将典「公開買付けの差止め」神田秀樹責任編集『企業法制の将来展望―資本 市場制度の改革への提言―2019 年度版』財経詳報社(2018)119 頁参照。一方、TOB規制に違反して取得された株式の議決権を停止する制度は、2014年の会社法改正へ向けた議論の過程で検討され、法制審議会の「会社法制の見直しに関する要綱」(2012年9月)に記載されたが(第3部1)、改正法案には盛り込まれなかった。
(注5)配当方針・資本政策に関する変更などが例示されている。
(注6)株主提案権の行使、株式の追加取得等を示唆して提案を行う場合が例示されている。

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