米国SECがイーサ(ETH)現物ETFを承認
2024年5月23日、米国の証券取引委員会(SEC)は、NYSEアーカ取引所など3つの証券取引所から提出されていた暗号資産イーサ(ETH)の現物を裏付け資産とする上場投資信託(ETF)8銘柄の上場に係る規則改正を一括承認した(注1)(図表)。なお、本稿執筆時点では、各ETFの法定開示書類のSEC登録手続きが完了しておらず、取引開始日は未定である。
図表 上場承認されたETH ETF
暗号資産現物ETFをめぐるこれまでの経緯
暗号資産現物ETFの上場承認申請は、2015年9月のWinklevoss Bitcoin Trust を嚆矢として、2023年までに10数件行われたが、SECは、ビットコイン市場では容易に相場操縦等の不正行為が行われ得る上、現物ETFの組成者がビットコイン現物の十分に取引量の大きい規制市場との間で取引監視に関する協定を結んでいないため投資者保護が図れないなどとして、ことごとく不承認としていた。ところがグレイスケール・インベストメンツが組成したビットコイン現物ETFである Grayscale Bitcoin Trust(GBTC)をめぐる訴訟で、ワシントンDC巡回区控訴裁判所が2023年8月、GBTCの上場を不承認としたSECの決定を無効とする判決(以下、GBTC事件判決)を下したのである(注2)。
GBTC事件判決で控訴裁判所は、SECがビットコイン現物ETFの上場を認めない理由として、十分に取引量の大きい規制された市場との取引監視協定を結んでいないことを挙げる一方で、ビットコイン先物ETFの上場申請の審査にあたっては、ビットコイン先物を上場しているシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)との間で取引監視協定が結ばれていることを承認の理由としたことなどが、恣意的で予測不能な(arbitrary and capricious)行政行為にあたり違法だと判示し、SECによる不承認決定を無効とした。
この判決を受けてSECは、ビットコイン現物ETFの上場承認申請審査のあり方を改めた。現物ビットコイン市場と価格の変動が十分な相関関係にあり、十分に取引量の大きい規制されたビットコイン先物市場と市場監視協定を結んだ証券取引所は、現物ETFを上場できるという判断基準を採用し、それまで不承認としてきたビットコイン現物ETFに関する再審査を行い、2024年1月10日、11本のETFの上場に係る規則改正を一括承認したのである(注3)。
SECによる今回の検討
今回のETH現物ETFの承認は、このビットコイン現物ETFに続く2種類目の暗号資産現物ETFの取引を可能とするものである。
SECは、今回のETH現物ETFの上場承認にあたって、ビットコイン現物ETFの承認に際して行ったのとほぼ同様の検討を行っている。つまり、今回上場承認を申請した取引所が、いずれもCMEとの間で取引監視協定を締結していることを踏まえ、CMEに上場されているETH先物取引と暗号資産交換業者の取引プラットフォーム上で行われているETH現物取引との価格の相関が継続的に非常に高くなっているという事実を確認した上で、過去にSECによる承認を受けたETF等に関するものと同等の価格の透明性やファンドの保有資産の情報開示、市場監視の手続き等が確保されていることを確認し、ETH現物ETFの上場を認めることは投資者保護の観点から問題ないと結論づけたのである。
このSECの検討過程だけを見れば、ETH現物ETFの承認は、ビットコイン現物ETF承認の延長線上に位置する当然の帰結であり、あえて取り上げるほどの話題でもないということになりそうだ。しかし、実は、ETH現物ETFの審査には、ビットコイン現物ETFにはなかった、しかもSECの上場承認リリースでは明示的には全く触れられていない重要な論点があった。それは、ETHがビットコインのようなコモディティ(商品)ではなく「有価証券」ではないのかという論点である。
暗号資産を「有価証券」と見るSEC
SECは、イーサリアムを基盤とした新たな暗号資産(トークン)を組成してETHやビットコイン、更にはドルなどの法定通貨で資金調達を行うICO(Initial Coin Offering)が活発化した2017年から、1946年のハウイ事件判決で連邦最高裁が示した「有価証券」の判断基準である「ハウイ基準」を援用しながらトークンの販売が有価証券の無登録募集にあたるとして摘発を進める方針をとってきた(注4)。
こうしたSECの姿勢に対しては、本来あるべき「ルールによる規制」ではなく予測可能性が乏しく恣意的な「エンフォースメント(法執行)による規制」だとする批判も強い。そうした見方は暗号資産業界関係者のみならず、「クリプトの母(CryptoMom)」の異名をとるへスター・ピアース委員やマーク・ウエダ委員などSECの一部委員によっても共有されている。
しかし、ギャリー・ゲンスラー委員長に代表されるSEC内部の主流派は、暗号資産業界に対する規制に積極的である。とりわけ2022年11月の暗号資産交換業大手FTXの経営破綻とその後の同社経営者の刑事訴追以降、クラーケンやコインベース、バイナンスといった業界最大手クラスの暗号資産交換業者に対する証券法違反を理由とする訴訟提起が相次ぐなど、暗号資産業界への締め付けを強めようとしている(注5)。
GBTC事件判決を受けて長年にわたるSECの方針が大きく転換したビットコイン現物ETFの承認をめぐる動きは、暗号資産業界関係者に大いに歓迎されたが、他方でビットコインと他の暗号資産とは異なるという警戒的・悲観的な見方も根強かった。というのも、SECはビットコインについては、過去一貫してコモディティ(商品)であり有価証券ではないという姿勢をとってきたのに対し、ETHを含むビットコイン以外の暗号資産に対する見方は必ずしも明らかではなかったからである。
実は、ETHについては、SECの幹部が「少なくとも現在のETHは有価証券ではない」と講演で述べ、暗号資産業界の喝采を博したことがある(注6)。もっとも、それはあくまで当時の幹部職員の私的な見解の表明に過ぎない。最近のSECの厳しい姿勢からすれば、正反対の結論が導かれる可能性も排除できず、2024年3月には、実際にETHが「有価証券」であることを前提としたかのような調査がSECによって着手されたといった報道もみられた(注7)。
しかし、今回SECは、ETH現物ETFを金(ゴールド)現物ETFなどのコモディティETFを規律する上場規則の改正手続きで上場させるという各取引所からの申請を承認した。これはETFの裏付け資産であるETH現物が有価証券ではなくコモディティであることをSECが認めたものとも解釈することができそうである。
もっとも、これによってSECの暗号資産に対する「エンフォースメントによる規制」が大きく変容するかというと、大いに疑問である。SECのゲンスラー委員長は、先のビットコイン現物ETFの承認にあたって発表した声明文において、SECは暗号資産の上場基準を設けようとしているわけではないし、暗号資産の連邦証券法上の位置づけに関する見方を変えたわけではなく、暗号資産の大部分は有価証券の一つである「投資契約」であり、連邦証券法の規制に服すると明言している(注8)。
日本市場での可能性と課題
日本では、現在のところビットコインやETHなど資金決済に関する法律(以下、資金決済法)上の暗号資産を裏付け資産とするETFは組成されたり取引されたりしていない。近年、個人投資家によるインターネットを通じた米国株取引が盛んになっており、既に米国の証券取引所に上場されているビットコイン現物ETFを買付けるといった行為が行われている可能性も否定できないが、暗号資産の実務に詳しい弁護士は、暗号資産は投資信託及び投資法人に関する法律(以下、投信法)上の「特定資産」(投信法2条1項)に該当しないことから、外国投資信託には該当しないものと思われ、一般的な米国株とは異なり、分離課税の対象にならず総合課税の対象となるという留意点があることを指摘している(注9)。
他方、日本国内で暗号資産を裏付け資産とするETFを組成することは、少なくとも違法ではないはずである。確かにビットコインやETHといった暗号資産は、投信法上の特定資産の範囲には含まれない。しかし、貴金属等を信託財産とする受益証券発行信託を用いてETFを組成する内国商品現物型ETFは既に実例があり、同じ仕組みを用いて暗号資産現物をETF化することも可能だと思われる。
ただ日本では、資金決済法に基づいて金融庁の登録を受けた暗号資産交換業者を通じて暗号資産の現物取引が活発に行われている。現行税制上は、暗号資産取引から生じる所得は、分離課税の対象となるいわゆる金融所得にあたらない。仮に暗号資産現物ETFが組成・上場されれば、分離課税の対象となるので、実質的に同じ金融商品に対して異なる課税上の取扱いが行われることとなり、暗号資産交換業者を通じた取引が不利な取扱いを受けることになってしまう。ETF化することによって、暗号資産に投資する投資家の裾野が広がるという効果は期待できないわけではないが、こうした税制上の差異を残したまま暗号資産現物ETFが組成されることに対しては、暗号資産業界からの強い抵抗が予想されるだろう(注10)。
(注1)SEC, "Order Granting Accelerated Approval of Proposed Rule Changes, as Modified by Amendments Thereto, to List and Trade Shares of Ether-Based Exchange-Traded Products"
(注2)Grayscale Investments, LLC v. SEC, No.22-1142 (D.C. Cir. 2023).
(注3)当コラム「ビットコインETF 機関投資家にも間口が拡大 米SECは上場承認も不信感」(2024年2月26日)
(注4)当コラム「仮想通貨は「有価証券」か? ~米国SECによるICOの規制~」(2017年10月6日)
(注5)実業之日本フォーラム「「後出し」で暗号資産業界と全面対決の米SEC、業界萎縮につながるか」(2023年7月25日)
(注6)当コラム「現在のイーサリアムは「有価証券」ではない~米国SECの仮想通貨規制~」(2018年6月28日)
(注7)Cointelegraph, "SEC is attempting to classify Ether as a security: Report", Mar. 20, 2024
(注8)SEC, "Statement on the Approval of Spot Bitcoin Exchange-Traded Products", Jan. 10, 2024
(注9)So & Sato, 「米国の暗号資産ETFの日本での取り扱いについて(第1.2稿)」(2024年2月8日)
(注10)金(ゴールド)と金ETFとの関係についても同じようなことが言えなくなないが、金現物の保有動機は多様であり、譲渡益への課税という税制面だけを見れば、金現物よりも金ETFの方が有利な取扱いを受けているにもかかわらず、金現物の取引が減少するといった事象は生じていない。
執筆者情報
新着コンテンツ
-
2024/09/09
高市氏が自民党総裁選に立候補を表明:戦略的な財政出動を掲げ、日銀利上げに慎重な姿勢
木内登英のGlobal Economy & Policy Insight
-
2024/09/09
9月の利下げ幅で見方が分かれる(米国8月雇用統計):米国景気減速・円高で日銀利上げは後ずれも
木内登英のGlobal Economy & Policy Insight
-
2024/09/09
木内登英のGlobal Economy & Policy Insight