フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 リテールメディア・ネットワークスがもたらす破壊的イノベーション

リテールメディア・ネットワークスがもたらす破壊的イノベーション

~NRF2024 : RETAIL'S BIG SHOWから~

2024/02/22

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

0.はじめに

2024年1月14~16日の3日間、例年極寒のニューヨークのジェイコブ・ジャヴィッツ・コンベンション・センターで開催されるNational Retail Federation (全米小売業協会)カンファレンスが、今年も開催された。日本からも約450人(展示企業の関係者を含む)が参加したが、総参加人数は約40,000人で、30%の12,000人は米国外からの参加である。約1,000社の展示と約200~300の講演やパネルディスカッションから構成される世界最大の消費財小売・流通業の展示会である。
NRFの展示については、既に多数のメディアから取材記事が発表されているので、読者の皆様も情報を入手されていると思う。展示会場の雰囲気を一言で表現すれば、これまでにもあった「店舗や物流センターでの各種センサーなどのIoTやロボティックスなどの多数のテクノロジーカンパニーの展示」に加え、今年は「実に多様な分野でのAIソリューションのカンブリア爆発」がそれに加わり、さらに「AR、VRを含む店頭でのデジタルサイネージ関連の展示」が至る所に観られるようになった。共通のクラウド基盤上でスタートアップを含めた多数の企業が知恵を競い、これらが相互に接続可能なエコシステムとして創造されつつある姿は壮観であった。

実は、今年目立ったAIやデジタルサイネージ関連の展示の背景には「リテールメディア・ネットワークス」という、広告産業を含む広い意味での“流通機構”の創造的破壊と新結合(=イノベーション)という大きな構造変化がある。この構造変化は、長期的かつ“目には見えにくい”変化であるが、筆者は小売業の経営戦略上、極めて重要と考えている。このため、本コラムではこの「リテールメディア・ネットワークス」に焦点をあて、さらに日本の小売流通業の立場から論点を整理したい。

1.リテールメディア・ネットワークス(RMN)とは何か

(日本でも話題のRMN)
RMNはNRFでも数年前から明確に1テーマとして議論されていたため、日本においても数年前から「リテールメディア」というキーワードは紹介されていた。トライアルやU.S.M.Hなどでの取組は有名である。さらにセブンイレブンi、三菱食品、ファミリーマートとドコモ、FEZとドラッグストアなどの事例が最近でも話題となっている。ii

(RMNの定義)
NRFでも、RMNの定義は必ずしも明確にはなされているわけではないようである。本稿では望月(2023)を参考にしつつ、NRFでの議論と併せて便宜上次の条件を満たしているサービスをRMNと呼ぶこととしたい。なお、本稿ではRMNと「リテールメディア」とは区別しないことにする。いずれにせよ「単に店頭にディスプレイを設置してCMを流すことで広告収入を得ることではない」ということをご確認いただきたい。

①小売主体で顧客と接点を持つメディア・プラットフォームであること
RMNはオンサイト広告(オウンドメディア:自社アプリ、小売Webサイト、店内デジタルサイネージ等)だけでなく、オフサイト広告(Amazon.com、Instacart、YouTubeなどの既存のデジタル広告プラットフォームと連携した広告サービス(購買データと広告IDを連携した配信が条件))を併せたメディア・プラットフォームサービスのことである。

②広告コンテンツの配信管理(下記の5つ)が可能であること

  • 購買データを基にした広告配信対象の抽出
  • 適切なタイミングでの広告配信。特に売り場と連動した販促
  • 配信回数や利用者の広告接触回数が把握できること
  • 小売の本部から一括で配信や停止が可能で管理可能であること
  • 配信コンテンツ単位での検証が可能なレポートを出せること

③購買情報との連携による効果検証が可能であること

  • 会員情報やID-POSとの連携で購買データを基に広告効果が検証できること

2.なぜ、今、RMNが注目されているのか

(広告業界の構造変化)
2019年、いわゆるリニア広告(通常のTV-CMや新聞雑誌などの広告で一方通行の情報流であるためこのように呼ばれる)の規模を、後述するデジタル広告(双方向の情報流:インターアクティブ広告とも呼ばれる)の規模が上回るという広告業界の構造変化が、日米で時を同じくして発生した。その後もデジタル広告は高い成長を続けている。一方で、デジタル広告の内訳に目を移すと、ストリーミングTV、GoogleとMetaがシェアを下げる中、RMNだけが年率約8%で安定して拡大している唯一のメディアとなっている。もっとも現時点ではAmazon.comのシェアが高いことは言うまでもない。

既存メディアでは、たとえ良い印象(インプレッション)を与えることができたとしても、それが最終的な購買に繋がったのかを定量的に捉えることが難しい。逆にRMNはECやID-POSなどの実購買データを活用することで、既存メディアでは難しかった精度の高い仮説検証を行う新しい仕組みを提供する。

有店舗の小売業を除くとAmazonやECだけが最終購買までの顧客行動を検証できるメディアである。GoogleやMetaといえどもこの点ではAmazonにはかなわない。GoogleやMetaは小売業が提供するRMNと連携しなければ購買までの取引ループを完成させることができないわけである。

逆に、小売業は自社が保有する顧客のID付きの購買データを独占的に活用できるRMNを運営することにより、GoogleやMetaだけでは難しい、貴重な取引ループを完成させるための最後のミッシングピースを提供できる主体として極めて有利なポジションに躍り出たというわけである。

(3rd-Partyクッキーの限界と小売店舗が保有する1st-PartyDataの重要性)
さらにデジタル広告分野では消費者の個人情報保護への要請から、各種検索サービスやSNSに関連するサービスにおける3rd-Partyクッキーを活用したマーケティング手法が限界を迎えつつある。このことはこれまでのデジタル広告におけるマーケティング手法に致命的なダメージを与えはじめた。

小売業は「顧客ID付きのPOS・購買データ」という1stパーティデータを保有している。このためメーカーは、仮説検証(トランザクションループ)サイクルを高度化するためには小売業が運営するRMNと協働することが有力な選択肢となってきたのである。

3.NRFにおけるRMNについての基本観

NRFでのRMNに対する基本観は「破壊的イノベーションが、まさに今はじまった。2024年は特別な年になる。」というものであった。iii
客観的な数字をみてみよう。RMNの米国での潜在市場はデジタル広告市場全体で$140B(約20兆円)規模と見積もれる。実際、既にAmazon.com(2022年)の広告収入は$37B(約6兆円)にのぼる。Amazon.comは物販事業では赤字であることは有名だが広告収入の金額規模をご存じの方は少ないかもしれない。ウォルマート(2022年)の広告収入は$2700M(約4000億円)であるが、デジタル広告の利益率は高いため、これは物販事業の売上に換算すると既に数兆円規模となる。また成長率も高い。「今後5年以内に小売業の利益を広告事業の利益が上回るだろう」と同社は予測している。
一方、広告主の73%は今後RMNへの支出を拡大することを既に表明している。これは広告主が最終消費者とのコミュニケーションの精度を向上させたいからである。むしろ広告主の需要に対してRMNの供給は少ないのが現状である。このため多数の米国小売業、具体的にはウォルマート、ターゲット、アルバートソンズ、ベストバイ、CVSヘルス、ホーム・デポ、クローガー、ロウズ、メーシーズ、ウォルグリーンズなどがRMNを立ち上げ、投資を活発化させている。NRFでも米国セブンイレブンがRMN組織「Gulp Media Network」でのメーカーとの協働販促の成功を紹介するセッションは注目を集めていた。

4.日本の流通機構におけるRMNの主導権争いと小売業のRMN参入に向けた課題

(日本におけるRMNの主導権争い)
日本においてRMNの主導権を握るのは果たして誰なのだろうか。一部の小売業を除き、日本の小売業全体を俯瞰すると、RMNの事業機会を認識している企業はまだ極めて少ないと考えられる。さらにRMN実現の前提ともいえる「オムニチャネルリテイリングのためのマーケティングの統合組織(CMO)」や「チャネル横断型のシステムアーキテクチャへの移行」は未だ実現できていない企業が多い。またメーカーとベクトルを併せた上で、小売業自身のブランドを維持しつつマイクロマーケティングを行う「カテゴリマネジメントやJBP(ジョイントビジネスプラン)の経験」も乏しい企業が多い。つまりRMNの準備が整っていない企業が多いと考えられる。

このため、もっとも自然な、なりゆきシナリオとしては、電通・博報堂などの広告代理店が、既存のリニアメディア(TVや新聞、雑誌など)からデジタルメディア(オフサイト)へと展開し、小売業の店頭デジタルサイネージや小売業のオウンドメディア(オンサイト)の運営までを一括して受託、自社のメディア・プラットフォームを活用し小売企業のRMNプラットフォームを事実上運営するようになる可能性であろう。日本の広告代理店のケイパビリティから考えるとこのシナリオの可能性は高いと考える。この場合、小売業は成熟経済下での最大の収益機会を未来永劫逸してしまうことになる。

2つ目の可能性は、資本力とデジタルに強い卸業・商社の参入である。日本の流通では卸売業や商社が、多数のメーカーとの関係を生かして、多数の小売業のID-POSを束ねオフサイトメディアを駆使しつつRMNを構築する可能性も高いと考えられる。実際、三菱食品は中期経営計画(21年6月)の段階で「小売業とメーカーとの両方をサポートする立場としてデジタル広告と店頭との連動によりROIを最大化させ売上増に貢献する新たな付加価値の創出」を掲げている。この他の食品卸も同様の動きを進めつつあると考えられる。

3つ目の可能性として、RMN専業メディア・プラットフォーマーの台頭も期待される。既に複数の大手ドラッグストアのID-POSを活用したRMNの運営を事実上行っていると言っても過言ではないフェズの事例もある。フェズがドラッグストアでの成功体験を活かして食品スーパーマーケットを巻き込み、加工食品や飲料などの業界に対するRMNへ展開、急成長する可能性も高いと考えられる。

4つ目の可能性は通信事業者である。日本の通信事業者は楽天やソフトバンクなどを中心にマイクロマーケティングやコアリッションプログラム(ポイント経済圏)等のデジタル広告市場には早期に参入していた。ドコモは既にファミリーマートと提携している。また直近ではKDDIがローソンに対してTOBを発表したことが話題である。日本に特有の現象かもしれないが、通信事業者のデジタルプラットフォームの運営力を活用したRMN事業への参入の可能性も高いと考えられる。

(有店舗小売業がRMN事業を立ち上げるための課題)
最後は、本命であるが欧米の有力小売業のように一部の有店舗小売業がRMN事業へ参入する可能性である。もっとも“目に見えにくく”売上規模は小さい。小売業経営層からすると取るに足らない事業に映る可能性も高い。冒頭で破壊的イノベーションと呼んだのはこれが理由である。気がついた時には“時すでに遅し”という危険性大である。

トライアルやU.S.M.HがRMN事業へ既に参入していることは先述した。また業態は異なるが丸井グループもEPOSカードを軸として既にRMNを運営し収益率の高さを誇っているとみなすこともできるだろう。これらの小売業は、メーカーとの協働活動やチャネル横断型のシステムアーキテクチャへの移行、本部CMOの設立などについて約10年前から取り組みを始めていた小売業である。これらの小売業は、RMNという考え方が提示される前から、オムニチャネルリテイリングやジョイントビジネスプラン(JBP)・カテゴリマネジメントに取り組んできた小売業なのである。

このように考えると小売業がRMN事業に参入するための条件として、少なくとも下記の5点が挙げられるのではないだろうか。
①RMNの可能性について経営層が正確に認知すること ②小売本部へのCMOの設置 ③チャネル横断型のシステムアーキテクチャへの移行 ④メーカーとベクトルを併せて小売店舗のブランドを形成・維持していく活動の経験(カテゴリマネジメント・JBPの経験)と能力の獲得 ⑤動画広告などのデジタルコンテンツを含む商品マスタの同期化基盤の活用

RMNについては大きなDXであり産業の構造変化でもあるため、引き続き本コラムでも取り上げていきたいと考えている。乞うご期待。

以上

  • i  

    「リテールメディア」(望月洋志著:日経BP社(2023),p70)

  • ii  

    「特集 加速するリテールメディア~小売業が媒体価値を高めるためにするべきことは」(2024年1月号;ダイヤモンドチェーンストア誌)

  • iii  

    例えばNRFに先駆けて行われた「Retail Media Networks」の終日セッションの基本観

執筆者情報

  • 藤野 直明

    産業ITイノベーション事業本部

    シニアチーフストラテジスト

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn