1.背景
5月23日、Logistics DX SUMMIT(株式会社Shippio主催)で、日本企業における物流担当役員のパイオニアとして有名な3人、株式会社丸井グループ元副社長佐藤元彦氏、日清食品株式会社常務深井雅裕氏、YKK AP株式会社CLO岩﨑稔氏らを招いたパネルディスカッションがあり、筆者はコーディネーターを務めた。
このパネルディスカッションでは「物流担当役員の実像」をできるだけ具体的に理解し、イメージするための議論が展開された。本コラムではこの議論の一端とそこから得た筆者の“気づき”を紹介したい。
結論を先取りすると、物流担当役員(Chief Logistics Officer)は海外企業だけではなく、日本の先進企業でも明確に大きな役割を果たしており、CLOの設置は物流やDXの閉塞を突破するための重要な戦略的な組織改革となり得ることが明らかになった。
2.CLOの実像
パネルディスカッションのパネリストの皆様は、日本企業でCLOを担ってきたパイオニアである。このため、まず「CLOでなくてはできない機能・役割」とは何か、「役員でなければ難しい業務とは何か」について、社内向け・対外向けと業務を2つに分けて、紹介いただいた。特筆すべきは、業種の差異はあまり感じられないほどに物流担当役員の重要性への認識は一致していたことである。整理すると、ポイントは下記の3つである。
なお、下記は、パネリスト発言をもとに当方の解釈から補足説明と整理をしたものである。無論、文責は筆者にある。ご批判の向きは筆者へご連絡いただければ幸いである。
1)物流管理やSCMを担うCLOはビジネスモデル変革や経営戦略実現のリーダーである
- CLOの大きな役割の1つに“全社の業務改革、及びビジネスモデル変革のリーダー”として他の役員の意識や認識を変え、役員会議でコンセンサスを得ていくことがある。
- 物流原価の抑制を管理していれば十分という認識では、CLOの役割を果たしているとはいえない。
この点は3名のパネリストが、最も強調した点であった。具体的なケースとして言及されたアパレル流通のケースを紹介したい。
- アパレルの流通では、いつ(将来時点を含む)、どこに(店頭、他店舗、EC、コールセンター等の区別なくチャネル横断で)、どのSKU(スタイル、サイズ、色・柄までの詳細商品区分)が何点あるのか、もしこれがリアルタイムで常に把握できる状態となった場合に、どのようにビジネスモデルを変えていくことができるのか、ということを考え続け、技術的なFSを基礎に、新しいビジネスモデルを具体的に起案し、役員間のコンセンサスを形成していくことが、典型的なCLOの役割
- 店頭欠品の際に他店舗の在庫を引当・取り置きしたり、直接宅配したりすることで、消費者の利便性を高めると、同時にアパレルの廃棄ロスも削減でき、収益拡大に直結する。ただし、ほとんどの日本の小売業ではCLO不在のため、こうしたデジタルを活用したビジネスモデル変革の起案すらできていない
- 物流部門が事業部門の下請けという位置づけではなく、戦略立案スタッフと同格という考え方を社内で確立していくことが極めて重要である。例えば、グローバル企業内での呼称に合わせて、物流部門から「SCM部門」のように変更し、他部門が物流部門に抱いている認識や企業文化を変えていくこともCLOの役割と言ってよい
2)CLOは全業務プロセスの改善と革新に「責任と権限」を有する存在
ビジネスモデルの変革に責任を負うために、CLOは社内の業務プロセス全体を把握し、改善を重ねていくという重責を担うことにならざるを得ない。以下に、パネリスト各位の発言を総括し、列挙していく。
- CLOは、物流関連業務についての「費用」対「効果」ではなく、他部門を含む全社としての「投資」対「効果(ROIC)」の議論をリードする役割を担う
- CLOは役員会議へ出席し、経営全体の視点からから業務改革を推進する役割を担う。このため、単なる報告だけにとどまらず、中長期視点からの起案を行う責任がある。起案内容も短期的な費用削減効果だけでなく、中長期的な投資採算性(ROIC)についての起案が可能となる。このことは大きな飛躍であった
- 変革には必ず痛みが伴う。全社を俯瞰できる立場から経営全体への効果を議論し、経営としての意思決定に参画していくことで、本来の物流革新がはじめて可能となる。これは、物流担当部長(以下、物流部長)との大きな差であった
- 物流部長では全社の業務プロセスに責任と権限を与えられることは稀であった。短期利益に直結する費用削減こそがミッションとされるため、中長期的な視点で全社のオペレーションを改善していくことによりROICを向上させていくための物流設備やITへの投資、物流ネットワークの再編などの起案は容易ではなかった
- 物流部長でも、上長たる管理本部長やコーポレートの部門長に代理で起案を依頼し、役員会議で大型予算を確保することも仕組み上は可能といえる。しかしマクロ的にはデフレ経済が続く中で、全社の予算統制を管理する側の組織から起案することが容易では無かった
3)CLOは取引先や同業他社間での「各種標準化」の検討や「混載や共同配送」などの協働活動を、会社を代表して能動的に遂行できる
ビジネスモデルの変革は社内で完結するものばかりではない。CLOは、流通機構全体での各種標準化などに取り組む際、会社を代表して業界全体での協働を推進する責任がある。このため、当然、必要な権限も大きくなる。以下に、パネリスト各位の発言を用いてまとめていく。
- 取引先との商取引と物流とに関連する契約行為、例えば海外では常識となっている「計画情報を共有、予め定めた許容計画誤差を反映させるメニュープライシング契約の導入」は、社内の営業、調達、商品部門との調整が必要となる。物流部長の権限ではこの調整は容易ではなかった
- 製・配・販などの流通機構全体での各種標準化に関する協働活動の場でも、社内調整力が必要な「役員」でなければ責任のある発言はできない。参加したコンソーシアムで標準が定まったとしても、社内が説得できないのでは実行には結びつかない
- 今後拡大していく「混載」や「共同配送」などにより積載効率を向上させていくためには、同じ小売業の専用物流センターへの納品を行っている同業他社との間での調整が必要となる。こうした他社との複雑な契約を伴う業務革新は、物流担当役員となって、はじめて対外的にも信用が生まれ中長期的な検討が可能となる
- 物流部長ではやはり短期志向にならざるを得ず、また取引先との間で検討をはじめることすら難しかった。物流部長とCLOとの差は当初考えていた以上に大きかった
3.今後の企業経営に必須の存在であるCLOは、CDO(Chief Digital Officer)との兼務も有効か。
上述してきた議論から考えるに、下記の4点に苦手意識や閉塞感を抱いている企業も多いのではないだろうか。
①SCMのような全社大での業務プロセス革新や改善 ②各種の標準化を巡る議論 ③取引先や同業種他社との共同配送などの各種の協働活動 ④中長期での物流ネットワークへの投資(物流センターやマテリアルハンドリングへの設備投資、ソフトウェア投資)などの意思決定
何より、今回の政策パッケージ(注)で示されるまで、「商慣行」といった言葉に象徴される現象、つまり物流に関する明確な契約が荷主間で交わされていない状態が長期にわたり放置されてきたという事実は、荷主を含む業界関係者の痛恨のエラーと言ってもよい。
物流における「商慣行」問題は、第1回の総合物流施策大綱(1997年)以降、常に指摘されていたにも関わらず、抜本策は採られなかった。物流に関わるマネジメントの不在と指摘されても仕方が無いように思える。
これらの閉塞の大きな理由の1つは「物流」が単なるコストカットを担うとされることが多い、いわば部長レベルで取り扱われていることにあったのではないか。これがコーディネーターを務めた筆者の正直な感想であった。
近年、経営を「生命体のような一連のシステム」と捉え、全社大での業務革新やSCM革新、DXやビジネスモデル変革が重要と指摘する向きが主流となってきた。
しかしながら、いまだに閉塞状況にある企業も多い。もちろんデフレ経済は大きな理由であるが、加えて遠因の1つには、物流部長やIT部長がコストセンターとして、コーポレート部門、管理本部に配されていることがあったのではないだろうか。
管理本部は、全社の財務管理、予算統制を行う組織である。つまり「予算統制により規律とコントロールを利かせる」のための組織であり、各部署の予算(BSとPLと)を合算することで全体が構成されるという考え方で運営されていることが多い。いわゆる「分割統治(デバイド&ルール)」である。
「物流への投資案件」は、投資の便益は全社に及ぶため、投資の負担部署は明確ではない。かつ短期的には回収が難しい、中長期的な「経営システムの変革」実現のための投資案件という性格を有する。まさに「経営を生命体のような一連のシステム」と捉えて行うべき中長期的な投資といえるが、この考え方は管理本部の「分割統治(デバイド&ルール)」の文化との摩擦が大きかったのではないかと予想する。このため、コーポレート部門、管理本部から起案することは想像以上に難しかったのかもしれない。
そうであれば今回の「物流担当役員」を義務付け、コーポレート部門の管理本部の呪縛から解放するという制度改革は、こうした閉塞を突破するための大きな起爆剤になることは間違いないだろう。
もっとも上記の閉塞感は「物流分野」に留まらない。「経営を生命体のような一連のシステム」と捉え中長期的な投資とならざるを得ないITやDXへの投資についても、一定の活動はあるものの閉塞状態から抜け出せない企業も多いように思う。
その理由の1つはCLOと同様、CIO(Chief Information Officer)が管理本部に所属する、情報システム部長であることが理由であることではないだろうか。ERPの導入も、結局、財務会計システムの機能だけになってしまう傾向が日本企業には多いが、その理由も管理本部の情報システム部長が担当であるために、摩擦が大きい他部門との調整が必要ない「財務会計システム」の導入に留めているからではないだろうか。
外部からCDOと称してAIに詳しいデジタル人材を登用したとしても、全社の業務プロセス改革や経営戦略の意思決定、中長期にわたる投資の起案などの責任や権限が明確ではない場合、「宝の持ち腐れ」となってしまうのも同様の理由ではないのか。
「DXは各部署で検討し費用対効果があるなら起案してほしい。評価は管理本部で行う」と営業やマーケティング、製造、調達、配送などの機能別組織に起案を指示しているとしたら「経営システム全体の変革策の起案こそが、管理本部の役員の仕事」と上奏すべきなのかもしれない。DXの効果は全社で発生するのが通常であるからである。
こう考えてくると、物流担当役員とDXやITを管掌する役員を兼務させることも組織論的には有効と考えられる。一見、奇異に映るかもしれないが、多くの企業で両者はコーポレート部門や管理本部に所属していて実は距離的には近い。物流革新にはデジタルの知識は不可欠であるし、DXには何より全社大での業務プロセスの把握が必須である。いわゆる「高度物流人材育成」の目標は、こうしたCLO・CSCMO(Chief Supply Chain Management Officer)・CDOの育成とすべきではないだろうか。
今後は、CLOがCIO、CFO(Chief Financial Officer)を経てCEOへ登用されることも多くなるだろう。筆者には非常に健全なキャリアパスのように感じられた。何より、既に日本企業でもそのような実例が生まれ、大きな役割を果たしてきていることが確認できた。非常に有益なパネルディスカッションであった。関係者にあらためて感謝する次第である。
- (注)
「流通業務の総合化及び効率化の促進に関する法律及び貨物自動車運送事業法の改正」
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