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調剤薬局におけるフィジカルインターネット

~コンビニエンスストアにおける調剤薬局サービス展開の可能性~

2024/11/25

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1.調剤薬局のオペレーションの状況

調剤薬局は、患者にとっては長い時間待たされるストレスの高い場所である。一方で、そこで働く薬剤師が「患者を待たせないための努力を怠っている」わけでは断じてない。医薬品のピッキングと受け渡しは、医薬品の高度な専門知識が必要であり、作業のミスは患者の健康に直結する間違いが絶対に許されない作業である。
在庫管理や発注行為は極めて煩雑で自動化は難しい。特に処方箋は、5日、7日、10日など指示が細かいため箱単位で渡すことが難しい。このため、箱を開梱して錠剤の個数を数え、処方箋に指示が書かれた日数分の単位で受け渡さなければならない。
さらに、錠剤に残りが出たら、誤りなく元の箱に入れて、定められた棚に正確に戻さなければいけない。
ここまでの作業を、複数人のチェックの下で行う。繰り返しであるが、万が一にもヒューマンエラーは許されない。患者の命に関わるからだ。
調剤薬局の運営の課題は薬剤師の慢性的な不足であり、今後も毎年約1万人の新規の薬剤師が必要とされている。日本では薬剤師の数と医師の数はほぼ同数である。

2.問題分析

日本の調剤薬局のオペレーションは、薬剤師の献身的な努力と注意深さ、忍耐力に支えられて、高度に発達しており、これ以上の改善の余地は無いように考えられる。しかしながら、フィジカルインターネットが提唱する「荷姿の標準化と企業間コミュニケーションプロトコルの標準化」の視点から、関連する複数のステイクホルダーの立場に立って業務プロセスを分析すると、驚くことにまだまだ高度に洗練できる余地がある。
そもそも、医薬品のピッキングと受け渡し時に「箱を開梱し、錠剤の個数を数え、受け渡す」という行為自体が、製薬メーカーからすると、少し誇張すると「許せない裏切り行為」にも映る。クリーンルームで製造、梱包された医薬品の箱を、カウンターの向こうには患者がいるというリスクの高い空間で開梱されるからだ。
さらに残りの錠剤等を、元の箱に再度入れて棚に格納するという作業は、確実にヒューマンエラーの確率を上げている。そもそもこのような業務プロセスを採用していること自体が問題である。箱を開けると、錠剤単位での在庫棚卸管理が必要となる。こうした業務慣行が極めて煩雑な在庫管理や発注業務を生んでいることは明らかである。

3.問題の本質と解決の方向

以上のように考えると、問題の本質は「医薬品の箱を開けるという行為」ということもできる。では、なぜ処方箋に箱単位で受け渡せる量の処方を指示することは難しいのだろうか。もちろん、厚労省の取り決めにより、一度に処方できる量が決まっている薬もある。「そもそも薬は『必要な日数分だけ処方する』べきものであり、調剤薬局の手間を減らすためキリのよい量を処方するものでない」という強い反対意見もあるだろう。しかしながら、必要であれば薬の性格から箱の大きさを設計すればよいし、必要に応じ複数の量の箱で提供されてもよいだろう。実は既に薬剤の箱の大きさは、概ねこうした考え方で設計されているのである。
筆者の仮説は「処方箋を出力する電子カルテのシステムには、物流面から見た薬剤の属性データ、つまり一箱何錠などの情報が存在していないことが一因ではないかというものである。このため医者と患者との対話の中で、例えば「次はいつ来院できますか」という事情を考慮し、処方箋には5日、7日、10日などの“日数”単位での処方が“比較的自由に”なされているというと少し乱暴であろうか。
日本の全ての電子カルテシステムについて詳細な調査を行っているわけではないが、欧米など主要海外諸国では、約20年前から消費財流通産業全体で「物流属性を含む商品マスタの同期化基盤サービス(GDSN)」が提供されている。一方、日本では未だ同種のサービスは存在していない。ここでいう同期化基盤サービスとは、マシンTOマシンで全く人手を介さずに、関連する異なる主体のマスタ情報を常に最新の状態に維持し続けるサービスのことである。同期化基盤サービスが利用できない場合、電子カルテシステムのソリューションベンダーも、物流属性を含むきめ細かな医薬品の商品マスタを常に最新で正確な状態を維持し続けることは容易ではないと推測される。医師も調剤薬局の業務オペレーションには必ずしも関心がないため、これまで問題とも思われず、電子カルテのマスタには物流属性がデータとして存在しないまま放置されているのではないだろうか。電子カルテシステムの直接の利用者は医師であり、調剤薬局は直接のユーザーではないことも遠因かもしれない。
もし、服薬指導や禁忌薬の確認、副作用の説明などの極めて高度な知識と専門性を有する薬剤師の貴重な時間の一部を、ピッキングと格納といういわゆる物流業務に宛てているとすれば「あまりに贅沢な」人財の使い方ではないだろうか。特に地方において、薬剤師は慢性的に不足しているのである。

4.海外諸国にみる解決策の事例

海外ではどのような状況かご存じであろうか。海外で不幸にも医者にかかり、調剤薬局に行かれた方、もしくは海外生活の際に同様の経験をされた方もこのコラムの読者には多いと思う。欧米では医薬品のパッケージを店頭で開梱することは行われない。
筆者は2019年夏のパリ祭の頃、じっくり論文を書くためにパリに滞在したことがある。この際、軽い帯状発疹でアメリカンホスピタルに行き薬を処方してもらった。パリ郊外のドラッグストアのカウンターに、全く待ち行列はなかった。担当の若い男性に処方箋を提出すると、番号をスキャンしたまま、いろいろ話しかけてくる。
早く調剤に取り掛かってほしいと思い、「ちょっと急いでいるのだが……」と急かしたところ、彼は「大丈夫、大丈夫」と請け合うではないか。その瞬間、驚いたことに後ろのシューターから頼んだ医薬品の箱が出てきた。処方箋の提出から数えても、30秒かかっていないと思う。
「一体、どのような魔法を使ったのだね?」と尋ねると「二階が倉庫になっていてロボットが作業している」と説明してくれた。「そんな仕組みになっているのか?」と驚いて薬を確認していると、彼はこちらが信用してないと思ったようで「大丈夫、大丈夫。ロボットはフランス製ではなくドイツ製だから間違いはないよ」と冗談を言って笑っていた。
さらにこのドラッグストアでは、24時間365日、宅配デリバリーサービスを行っている。「一体、いつからこんなサービスになっているの?」と尋ねると「何のこと?」と逆に質問され「ロボットピッキングのことだよ」と言うと「そんな昔の話はわからないが、少なくとも20年前からはあるよ」という。
この方法なら「制度的には可能だが実現は実務上困難」と考えられているコンビニエンスストアでの調剤医薬品の取り扱いにも現実味が出てくる。地域の基幹コンビニエンスストアの2階を利用して24時間365日の調剤薬局事業に進出することも比較的容易なのではないだろうか。薬剤師による服薬指導はオンラインネットワークにて実施し、予め組織された薬剤師をアドホックに割り当てることもできるだろう。何より24時間365日の調剤薬局サービスが実現する社会的意義は大きい。

5.「フィジカルインターネットの発想」と「物流統括役員」の重要性

もちろん、最近では日本の調剤薬局においても、自動倉庫や小型ロボットの導入が始まっている。しかしながらロボットを導入する調剤薬局においても、医薬品の箱を開梱し、残りの錠剤を同じ箱に入れ、格納させるという業務プロセスは基本変わっていない。調剤薬局の業務オペレーション全体を俯瞰し、円滑なオペレーション設計を、企業や業界の壁を越えたコラボレーションを通じて再設計する動きにまでは結びついていないからである。では、なぜ企業や業種の壁を越えた業務プロセス設計や改善を行うことが難しいのだろうか。それには大きく2つ理由があると筆者は考えている。

第一にフィジカルインターネットが提唱する「物流を俯瞰し、荷姿の標準化と企業間コミュニケーションプロトコルの標準化(医薬品の物流属性を含むマスタ情報の同期化の仕組み)を利用して、(薬剤師を含む)物流関連の資産稼働率を最大化する」という本格的な改革の着想に加え、業界を挙げた業務改革を調整するというリーダーシップや成功体験が乏しかったことが挙げられよう。
第2の理由は「日本の現場は優秀で、現場に任せておけば間違いはない」という「現場に過度に依存する経営の姿勢」である。今回の例でもわかるように、現場はいくら優れていても部分であり、全体を俯瞰することは難しい。さらに俯瞰できたとしても、現場だけでは動けない。企業内を調整、投資予算を具体化、取引先や業界間での協働活動を推進し、改革を実現するためのリーダーシップには役員の信用が必要とされるのである。このため物流を、商取引形態や、企業間の情報システム、さらには取引先の業務を含む供給連鎖全体から俯瞰し、改革を行っていく責任主体である「物流統括役員」が、関連する全ての企業において必要不可欠なのである。医薬品マスタの同期化の基盤サービスと、当該サービスを活用して医療従事者と共に貴重な医療DXの中心となる“患者と医薬品との接点の履歴データ”を管理する多数の電子カルテベンダー、最終的に患者への接点となる数多の薬局までが対象となる。
物流2024年問題を契機に、日本政府は「フィジカルインターネット実現のためのロードマップ」を作成し、「物流統括役員」が上位3000社に制度上義務づけられた。フィジカルインターネット実現会議では「調剤薬局」を含む医薬品流通全体を対象とした業務オペレーション改革が調査・構想され提言がなされるようである。大いに期待したい。

執筆者情報

  • 藤野 直明

    産業ITイノベーション事業本部

    シニアチーフストラテジスト

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