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建築とフィジカルインターネットの異分野融合

Construction meets the Physical Internet

2024/09/12

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米国で深刻化する住宅問題

2024年8月16日、米民主党の大統領候補であるカマラ・ハリス副大統領が、住宅や食品の価格抑制に重点を置いた経済政策を発表した。現在、米国の新築住宅の平均価格は50万ドルを上回るほど高騰し、住宅問題が深刻化している。インフレ抑制のための高金利政策が長らく続いた結果、住宅ローン金利が約7%と高止まりし、住宅新規着工件数が減少。その影響を受け賃貸住宅への需要が増え、家賃が高騰。米住宅都市開発省が2023年12月に発表にしたホームレス実態調査によると、2023年1月時点でのホームレスの数が2007年に調査が始まって以来、最多の65.3万人に到達したという。手頃な負担で住まいを確保することが難しくなっていることがうかがえる。

さまざまな要因が関係する住宅問題を解決することは容易ではなさそうだ。しかし、その問題解決に向け、動き出しているテクノロジー企業が登場している。名前はMiTek(マイテックと発音)。筆者はこの企業を2024年5月末に米国サバンナで開催された国際フィジカルインターネット会議の場で知った。大変興味深い企業であり、ここで紹介することとする。MiTekは現在、ウォーレン・バフェット氏が会長兼CEOを務める投資会社、バークシャー・ハサウェイの完全子会社であることも、筆者が興味を抱いた理由の一つである。

建築サプライチェーンのプロセス変革のプラットフォーム

MiTekは、デジタル技術を活用し、建築プロセス変革を実現するプラットフォームを提供するテクノロジー企業である。MiTekが対象とする建築物は、戸建て住宅・集合住宅、商業施設、オフィスビル、ホテルなどである。建築物を作る場合、極めて大雑把に言うとそのサプライチェーンのプロセスは次の通りとなる。第一に設計、第二に半製品の加工・組立、第三に最終組立である。第三の最終組立工程は当然であるが、第二の半製品の加工・組立工程も建築現場で行われることがほとんどである。冒頭に述べた住宅問題の原因の一つは、実は建築現場で起きている。それは作業員の稼働率が約15%と低いことだ。MiTekで”Distributed Construction”を担当する副社長、トッド・ウロム氏がここに目を付けた。

1)なぜ、米国の建築現場の作業員の稼働率が低いのか

まず、日本と米国の建設業界の違いに触れておく。日本の建設業界ではゼネコンが建築物の設計と施工を請け負うことが多い。一方、米国の建設業界では「設計を専門に行う企業」「施工を専門に行う企業」がそれぞれ請け負うことが多い。さらに、施工を担う企業は工程ごと、たとえば、大工工事、電気工事、配管工事など細分化されている。

次に、日本と米国で建築業界の労働組合の組成に違いがある。日本では企業単位で労働組合があるが、米国では職能別の全国組織の労働組合がある。米国の建築現場を管理する場合、職能別の労働組合とそれぞれ調整・交渉が必要となる。コミュニケーションコストが高くつくわけだ。

このように米国の建築現場の作業員は組織化されていないこともあり、ステークホルダー同士で円滑に作業を進めるためのコミュニケーションに時間を要している。加えて、建築現場での作業に必要な原材料等の到着が遅れたり、前工程完了が遅れたりすることが起きる。現場作業員の待ち時間が発生する結果、その稼働率が約15%と低くなっているのだ。

2)建築物の半製品をオフサイトで加工・組立

MiTekはこの状況を打開するプラットフォームを開発した。一体、何を変えたのか。建築物を構成する半製品の加工・組立を現場ではなく現場の外、つまりオフサイトで行うように変えたのである(図1参照)。半製品を建築現場に持ち込んで、それを組み上げて建築物を完成させるには、オフサイトで半製品を高い精度で作る必要がある。そのためにBIM(Building Information Modeling)1が駆使されている。オフサイトで作られた半製品は、その周辺にある複数の建築現場に供給される。半製品にはラベルが貼付され、それを組み立てる順序で陳列された状態で建築現場に届けられる。従来、個々の建築現場で作業員によって行われていた切断・測定・接合等の作業が、オフサイトにある施設内で複数分の建築物がまとめて組み立てられるようになる(図2参照)。

図1 建築プロセスの違い(従来/変革プラットフォーム利用時)

図2 サプライヤーから建築現場への物流の違い(従来/変革プラットフォーム利用時)

これにより現場作業そのものが減り、作業員のアイドル時間の割合が激減し、その稼働率が約70%に上昇したという。なお、建築現場1か所で着目すると、建築プロセスが集中型から分散型(distributed)に変わることから、このプラットフォームは”Distributed Construction”と名付けられた。

興味深いのは、オフサイトで行われる半製品の加工・組立のうち、加工は固定型の工場で行われるが、組立はポップアップ型工場で行われることだ(図3参照)。数日~数週間程度の比較的短い期間限定で開設される店舗が「ポップアップストア」と呼ばれるが、それの建築工事版と思えばよい。建築工事の場所は転々と移っていく。ポップアップ型工場とは、建築工事の場所・進捗状況に応じてその場所を適切な所に移すというものだ。もっとも、このプラットフォームを使う建築物の需要が増えて、規模の経済性を発揮できるようになった場合には、ポップアップ型工場の配置を固定しても問題にならない。

図3 半製品の加工工場と組立工場と建築現場の関係

出所)第10回国際フィジカルインターネット会議(2024年5月30日)でのトッド・ウロム氏の基調講演より筆者作成

3)建築サプライチェーンのプロセス変革プラットフォーム活用で期待される効果

このプラットフォームにより、建築現場作業員の稼働率が高まり、建築物の工期が短くなる。たとえば、5階建ての商業施設の工期は現在26ヶ月だが、10年前はそれが14か月であった(図4参照)。背景には、現在、米国では電気自動車やバッテリーの工場、eコマース用の物流施設の建築需要が旺盛であり、相対的に住宅や商業施設を作る労働力が不足していることがあげられる。このプラットフォームを使うと、先に例示した5階建ての商業施設の工期が10ヶ月間に縮まる。これで浮いた労働力を住宅新規着工にあてがうことができそうだ。

図4 5階建ての商業施設の工期

出所)第10回国際フィジカルインターネット会議(2024年5月30日)でのトッド・ウロム氏の基調講演より筆者作成

また、建築費用に占める労務費の割合は3~4割といわれるが、労務費の削減効果も期待できそうである。加えて、現在の米国でのローン金利が約7%であることをふまえると、この工期短縮のメリットは無視できないといえるだろう。

建築とフィジカルインターネットの異分野融合

さて、この建築プロセスを変革するプラットフォームはどうやって生まれたのか。今から4年前の2020年、住宅問題の解決策を考えていたウロム氏がジョージア工科大学研究所(Georgia Tech Research Institute)にいる友人に相談したところ、その友人から同大学フィジカルインターネットセンター長のブノワ・モントルイユ教授を紹介された。ウロム氏は、同教授からフィジカルインターネットのコンセプトを学び、フランスの大手小売企業2社でのフィジカルインターネット導入効果調査(図5参照)の結果を知り、「フィジカルインターネットのコンセプトを建築に適用できる」と思い付いたという。

図5 フランスの大手小売企業2社でのフィジカルインターネット導入効果調査結果

出所)第5回国際フィジカルインターネット会議資料(2018年)

注)フランスの大手小売企業2社への加工食品・日用品のサプライヤー上位100社を対象として、フィジカルインターネット導入効果を推計。その効果は最大で、在庫は1/3に圧縮、CO2排出量は60%削減、輸送キロは15%削減すると推計された。

モントルイユ教授との面談の1.5か月後に、MiTekとジョージア工科大学は、建築とフィジカルインターネットの融合分野での共同研究で契約を締結。それ以降、延べ7人の教授、延べ10人の博士課程学生が共同研究に関わっているという。「建築とフィジカルインターネットで異分野融合が生まれた」と呼んで差し支えないだろう。

このプラットフォームでは、複数の建築プロジェクトで半製品加工工場と半製品組立工場という資産がシェアリングされて使われる。さらに建築現場で必要なモノができるだけまとめられ、かつ、組み立てる順序で運ばれる。これらがフィジカルインターネットとの共通点といえる。

この異分野融合はまだまだ進みそうである。冒頭で紹介した第10回国際フィジカルインターネット会議でもこの共同研究の発表が行われた。具体的には、オフサイトにある半製品組立工場から建築現場に半製品をどのように搬送するか、コンテナ容器にどう積み合わせるかというテーマであった。オフサイトでの半製品の組立度合いを高めれば、現場作業が減る一方、かさばる半製品の輸送費が増えてしまう。半製品の加工組立費用、現場での最終組立費用、半製品の輸送費の合計を最小化する問題を解くことになる。これは数理最適化という専門分野の話になるが、3次元のビン・パッキング問題2と呼ばれる、難解な問題である。

日本で建築サプライチェーンのプロセス変革プラットフォームが広まるか?

日本の建設業界では2024年問題と呼ばれる問題が起きている。2024年4月から残業時間の上限規制が課せられた。厚生労働省「毎月勤労統計調査」によれば、建設業界の年間労働時間は2023年で1,978時間であり、全産業平均の1,726時間より約15%長い。筆者は、日本での建築現場での作業員の稼働率の実態を把握していない。しかし、仮に米国のように低い値を示しているのであれば、日本の建設業界で抜本的な打開策を検討する意味があるのではないだろうか。

MiTekが狙うのは、建築物サプライチェーン全体の業務プロセス変革を通じて、スループットを向上すること、つまり、同じ資源投入量でより多くの建築物を作ることである。この仕組みを、米国と建設業界構造が大きく異なる日本にそのまま取り入れることは容易でないかもしれないが、業務プロセス変革のアイデアならば活用できるのではないか。また、建築物以外にも活用できるのではないか。

実は、ウロム氏がこのプラットフォームによる効果をもう一つ挙げていた。それはナレッジトランスファー(組織内外での知識の移転や共有)である。従来の方法では、建築プロジェクトが始まると現場作業員が集められて工事が始まる。その工事が終われば現場作業員は解散する。その後、別のプロジェクトで同じことが繰り返される。ウロム氏曰く「今までのやり方では、ナレッジは個々の現場作業員に蓄積され、ナレッジトランスファーが起きない」。つまり、このプラットフォームは個々のプロジェクトで蓄積されたナレッジを、経験の浅い従業員が利用したり、類似するプロジェクトで活用したりできる可能性を生み出すというわけだ。ウロム氏の発言を聞いた後、筆者はこのプラットフォームへの関心が格段に高まった。それ以来、筆者はその可能性をずっと探している。あいにくまだ見つかっていないが、どこかにその可能性が潜んでいる気がしてならないのである。

  • 1  

    BIM(Building Information Modeling):デジタルモデリングを使用して建設資産のライフサイクル全体にわたって設計情報を管理する仕組み。ライフサイクルとは設計から施工、運営・維持管理、廃棄までを含む。3次元モデルを含む仮想建設環境において、設計者や所有者、建築家、請負業者間とのコラボレーションを可能にし、効率的な情報共有ができる。

  • 2  

    ビン・パッキング問題:与えられたすべての荷物をできるだけ少ない数の箱(英語でビン(bin)と呼ばれる)に詰める問題。最もシンプルなのは、荷物の重量あるいは容積のみを考慮し、形状を考慮しない1次元のビン・パッキング問題であるが、荷物の形状(幅・高さ)を考慮した3次元のビン・パッキング問題というのもある。

参考資料

執筆者情報

  • 水谷 禎志

    産業ITイノベーション事業本部 産業ナレッジマネジメント室

    エキスパートコンサルタント

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