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デジタルツインを物流変革の武器にするための3つのポイント

2024/06/10

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執筆者プロフィール

システムコンサルティング事業本部
産業ITコンサルティング一部
山下 裕之:

日系コンサルティングファームを経て、2022年に野村総合研究所に入社。物流・卸売・小売業を中心に、デジタル技術を活用した業務改革やシステム化構想などのコンサルティング業務に従事。

システムコンサルティング事業本部
産業ITコンサルティング一部
阿久根 智之:

2007年に野村総合研究所に入社。金融業のシステムエンジニアを経て、現在は金融やインフラ、物流業界等に対して、事業創出・業務改革、IT戦略、ITガバナンスなどのコンサルティング業務に従事。専門は、デジタルを活用した事業変革や新事業創出、デジタル/IT戦略、業務改革実行。

変革を迫られる物流業界

物流業界では、電子商取引(EC)の増加等に伴う多品種・小ロット化や作業時間帯の変化に対するため、個別業務の改善(人員増強、一部工程の自動化等)や、これまでに培ってきた勘や経験に基づく臨機応変な対応を行ってきました。しかし、日本の人口減少や高齢化の進行、物流業界への労働時間上限規制の適用と監視・罰則の強化(2024年問題)などにより、これまでのような対応が困難になりつつあります。
このような環境変化に対応し、事業を継続するためには、従来の業務の中で改善を重ねていくだけでなく、業務や機能、企業の枠を超えた物流変革が必要です。例えば、複数工程を横断した省人化や全社単位での在庫・配送最適化、業界を超えた共同物流化などが考えられます。

一方で、物流変革を進める際には以下のような課題が存在します。

  1. 従来の業務と大きく異なるため、勘と経験をベースに変革案をどのように検討・評価すべきかわからない
  2. 複数拠点の連携や多数の機器導入等を伴うため、多くの費用と時間を要する
  3. 複雑・高度な業務・システム構造のため遅延やアクシデントが発生しやすく、影響範囲もサプライチェーン全体に及ぶ

このように、物流変革は案の検討・評価が困難かつリスクが高いため、実行の判断は容易ではありません。

これらの課題を解決するための武器として注目されているのがデジタルツインです。デジタルツインとは、現実世界をデジタル上の仮想空間に再現する技術のことで、災害対策や渋滞予測、予防保守などに活用されています。本ブログでは、「現実世界を仮想空間に再現したモデル」と捉え、物流変革におけるデジタルツインの有効性と、活用に当たっての3つのポイントについて解説します。

物流変革の武器となる物流デジタルツイン

デジタルツインを活用することで、前章で述べた物流変革の課題を解決し、実行判断を容易にすることが可能です。

  • データに基づく(勘と経験に頼らない)変革案の検討・評価が可能になる(課題1.2.)
    人手中心の倉庫業務を例にとると、従来では、滞留の発生場所や各工程・機器・作業員の稼働率などは、現場担当者の勘や経験に頼って感覚的に把握していました。デジタルツイン上で変革案を試行すれば、このような拠点内の事象を定量的に把握でき、データに基づいて重要課題の発見や有効な対策の検討、費用・効果の定量的な評価が可能となります。
  • 施策の結果や周辺への影響を事前に評価できる(課題2.3.)
    現状から大きく業務を変革する場合、従来では導入すべき機器の適切な台数や規模を見極められずにコストが高額になる事態や、机上評価の限界によって承認を得られず頓挫する事態、十分な検討を行わずに実行することで新業務開始後に問題が発覚する事態などが発生することも少なくありませんでした。デジタルツイン上で変革案を事前に検証することで、最低限必要な機器台数やコストなどを見極めたり、長大な机上評価や「出たとこ勝負」による業務影響の発生を回避することができます。

また、上記の例のような構想・設計段階だけでなく、物流業務変革の各段階においても課題解決や変革の高度化などの効果が期待できます。(図表1)

図表1:物流業務変革の段階別デジタルツイン活用余地と期待効果(例)

デジタルツインを物流変革の武器にするためには

ここまで、物流変革の課題と、それに対するデジタルツインの有用性について述べてきました。
一方で、デジタルツインは万能ではありません。活用方法を誤ると、物流業務の変革の効果を得られないばかりか、時間や費用を浪費してしまう可能性もあります。場合によっては、サプライチェーン断絶の原因となり、取引先や最終顧客に悪影響を及ぼすことにもなりかねません。

本章では、デジタルツインを活用して効果を獲得するために留意すべき3つのポイントについて、物流変革のステップ(構想・設計段階)に沿って説明します。(図表2)
物流変革の目的に沿ったデジタルツインの活用方針を設定し、適切な再現範囲とデータ精度のモデルを構築の上、デジタルツイン上で検証することで、効果最大化とリスク低減を実現できます。さらに、デジタル空間・現場での検証を通じて明らかになった課題を踏まえ、変革案やモデルを再検討することで、変革の効果を向上させることができます。

図表2:業務変革活動のステップにおける、デジタルツイン活用のポイント

以降、デジタルツイン活用のポイントにフォーカスして詳細に説明します。

<効果を得るためのポイント>

①変革目的に沿ったデジタルツインの活用方針設定

新技術への過度な期待や、早く効果を得たいという焦りから、「とりあえずデジタルツイン構築から」という意識で始めてしまうことがあります。しかし、「何のために業務変革を行うか」が曖昧なままデジタルツインの構築に着手してしまうと、企業が達成したい目標と乖離したデジタルツインとなることが多く、効果の獲得は望めません。
デジタルツインはあくまでも現状や変革案の評価や検証のための手段です。業務変革の目的を達成するためにはどのような対策案があり、それらをどのように評価・選定するかといった視点でデジタルツインの活用方針を設定することが、効果獲得に向けた第一段階となります。(図表3)

図表3:物流デジタルツイン活用方針の設定イメージ

具体的なケースとして、出荷遅延の増加による顧客クレームの増加が経営課題となっているA社の事例を紹介します。

(A社事例)
A社では、顧客との中長期的な関係性構築に向け、「顧客クレームの要因である出荷遅延の抑制」を目的とした業務変革の実行が経営層により決定されました。それに伴い、A社の物流企画部門は「倉庫での出荷遅延の原因特定→変革案検討→変革案評価・選定→業務変革」といった流れで実施することを想定し、原因特定と対策案評価・選定においてデジタルツインを活用する方針を設定しました。
具体的には、デジタルツインを用いて倉庫のスループット低下の要因となるボトルネック工程を特定し、担当チームによる協議を踏まえて検討した複数の業務変革案をデジタルツイン上でシミュレーションすることで、定量的に評価することとしました。

②適切な再現範囲・データ精度の見極め

目的達成に向けて最適な業務変革案を評価・選定する段階で、デジタルツインが活躍します。

ただし、構築するデジタルツインの精度については注意が必要です。
デジタルツイン構築の際、「再現範囲や精度は高ければ高い程良い(大は小を兼ねる)」との考えから、再現精度を過剰に追求してしまうケースがよくあります。ところが、高精度なデジタルツインの構築はデータの収集やモデルの精査などに多くの費用・時間を要するため、実用まで到達できず中断するケースも少なくありません。

特に物流業界では、現場ごとの慣例や追加作業等のイレギュラー業務が多く存在しているほか、紙帳票や電話・FAXを中心としたアナログ業務が多く残っています。また、前後工程や上下階層に社外関係者が多いため、現場のデジタルデータ化も他業界に比べて進んでいないのが現状です。そのため、高精度なデジタルツインの構築にはさらに多くの時間と費用を要することになり、他業界と比較しても特に難易度が高いといえます。

このような高精度追及による失敗を避けるためには、「業務変革案が目的に対してどのような効果を発揮するか」を評価するために、デジタルツインの再現範囲やデータ精度に過不足がないかを見極めることが重要となります。
具体的なケースとして、目的が異なる2社の事例を用いて解説します。(図表4)

(A社事例) ポイント①事例と同じ企業
A社では、「顧客クレームの要因である出荷遅延の抑制」を目的とした活動にあたり、倉庫のスループット低下の要因となるボトルネック工程の特定と、人によって検討した複数の業務変革案を定量評価・比較が可能なデジタルツインを必要としています。
このケースでは、ボトルネック工程が把握できていないため入荷~出荷まで、倉庫全体の工程を再現する必要があります。
一方で、ボトルネック工程やその影響の概要が把握できれば変革案の検討・評価は可能です。そのため、インプットデータは理論値など比較的低精度なものでも問題なく、リアルタイムシミュレーション等の高度な機能も不要です。

(B社事例)
B社では、「最新型自動倉庫の出庫能力向上」を目的として活動の中で、需給データに基づいて最適出庫指示をシミュレーションし、その結果を自動倉庫にリアルタイムで指示・制御できるデジタルツインを必要としています。
このケースでは、変革の対象が出庫工程前後に絞られるため、倉庫全体を再現する必要はありません。
一方で、最適化・シミュレーションのためにはリアルタイムデータが必要となるため、IoT機器を用いた収集・連携などが必要です。また、リアルタイムでのシミュレーションや最適化計算、機器との接続等の高度な機能も必要となります。

図表4:事例別の必要データ・精度

A社の場合、広い範囲を再現する必要があるものの、傾向や大まかな定量値が把握できれば十分です。シミュレーション実施頻度も低いため、データは比較的低精度なもので問題ありません。一方で、B社のような活用方針の場合は、再現範囲は狭いものの、非常に高精度でリアルタイムなデータや、高度な連携・制御機能が必要となります。
例えば、A社のような活用方針の企業がB社レベルのデジタルツイン構築を目指した場合、目的の達成には不要な高精度データの収集や高度機能の構築に時間・費用を浪費してしまうことになります。加えて、再現範囲に不足があることで真のボトルネックを発見できず、誤った業務案の設計・評価に繋がってしまう恐れがあります。

③現場検証とデジタルツイン検証の融合

デジタルツインを活用して変革案の検討・評価を行い、ブラッシュアップを重ねて実現性の確保や効果最大化を進めていく際に、デジタル空間上での机上検証のみで変革案を完成させようとするのではなく、ある程度の効果が見込め、実現可能との見通しが立てられた段階で、実際に現場での業務変革実行に移行することも物流業界においては有効です。
アナログ業務中心でイレギュラーな処理が多く、社内外に関係者の多いことで現場のデータ化が難しい物流業界では、机上検証の中でデジタルツイン上に現場を完全に再現することは難しく、最終的には変革に着手しなければ確認できない要素も多く存在します。

デジタルツインを用いた机上検証だけで案を完成させるのではなく、一定の効果や実現性を確認できた段階で現場での検証を開始し、その中で見えた要素をデジタルツインに反映しながらさらに変革案のブラッシュアップを進めることで、より効率的に変革案の効果最大化・実現性確認を進めることができます。
物流業界の特性を踏まえると、デジタルツインでの検証と、現場検証を融合させていくことが非常に重要といえます。

まとめ

物流業界はかつてない外部環境の変化に直面し、一刻も早い業務変革が求められています。
一方で、従来の業務から大きく変革することは容易ではありません。

デジタルツインを活用することでリスクを低減しつつ、実現性・効果を最大化していく余地は十分にありますが、活用方法を誤ると却って変革を阻害することになってしまいます。

自社が達成したい目的は何か、そのためにはどんな業務を実現すべきか、といった観点を基軸に、過不足のないデジタルツインを構築・活用できれば、事業継続に必要な業務変革の実現に役立ちます。

デジタルツインをはじめとした武器を有効活用し、これまで実行に踏み切れなかった物流変革に挑戦する余地がないか、改めてご検討されてみてはいかがでしょうか。

NRIは物流企業の変革を支援し、社会課題となりつつある物流問題の解決に貢献していきたいと考えています。
戦略や課題を元にした目的設定やあるべき業務像の設計、過不足ない再現範囲の見極めやデジタルツイン構築、変革実行時の伴走支援等、幅広い領域にてご支援が可能ですので、ぜひお気軽にご相談いただけますと幸いです。

本ブログの内容はいかがでしたでしょうか?
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執筆者情報

  • 山下 裕之

    システムコンサルティング事業本部 産業ITコンサルティング一部

  • 阿久根 智之

    システムコンサルティング事業本部 産業ITコンサルティング一部

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