システム運用領域における生成AI活用の可能性
執筆者プロフィール
ITアーキテクチャーコンサルティング部
家子 弘彰:
1985年 野村コンピュータシステム(現NRI)入社。ITSMや運用に関するコンサルティング業務に従事。
はじめに
昨今、ビジネスでは生成AIの活用が注目されており、各社が競って新たなサービスの開発や業務改善に取り組んでいます。生成AIの適用領域は幅広く、IT分野の運用領域においてもサービス監視ツールなどで生成AIを取り込んだ機能のリリースが発表されています。一方、運用領域ではツールの機能の高度化以外の生成AI活用事例は少なく、この領域での生成AI活用はこれからと言えます。
本ブログでは、生成AIが自社運用にどう活用できるかという観点から、いくつかの具体的なユースケースを例示します。また、システム運用を効率化し、障害対応を行う運用エンジニアに焦点をあて、彼らの活動が将来的に大きく変わる可能性についても考察します。
運用領域における生成AI活用の現状
運用領域における生成AI活用には大きく2つの方法があります。1つは生成AIを組み込んで高機能化した運用ツールを導入する方法、もう1つは独自に生成AIを組み込んだプロセスを構築する方法です。生成AIが組み込まれた運用ツールを利用することで、運用エンジニアが行っている障害原因の分析や対応方法の検討を支援することができます。具体的には、以下のようなことが可能です。
- 発生したイベントメッセージの意味を理解して発生事象や原因を提案する。
- 同時に発生した複数のイベントの関連やITサービスへの影響をダッシュボードに表示する。
- 特定した原因から解決方法を提案する。
これらの機能は、運用領域で生成AIを活用する際に比較的導入しやすい方法であり、運用エンジニアの業務を強力に支援します。
このような生成AIが組み込まれたツールが登場している一方で、運用ツールへの生成AI組み込み以外での、運用領域における生成AI活用事例はあまり発信されていません。社内外での様々な取り組みから、NRIは、生成AIの活用は運用ツール機能の高度化に留まらず、運用エンジニアの業務変革、人材育成など、幅広く活用できると考えています。次章では、このような運用領域で想定される生成AI活用のユースケースについて説明します。
運用領域での生成AI活用のユースケース
生成AIが組み込まれた運用ツールを活用することで、一般的な技術知識に基づいた分析や対応検討が可能です。具体的には、監視ツールが取得したOSのエラーメッセージやリソース状況を分析し、対応策を提示できます。しかし、個々のシステム固有の設計に沿った対応や手順の提示は困難です。
そこで、生成AIを組み込んだ独自プロセスを構築し、活用する方法を解説します。障害分析や障害対応の精度を向上させるには、監視ツールで取得した情報に加え、自社内にあるシステム構成情報やシステム固有の障害手順書、自社で発生した過去のインシデント情報などを活用することで適切な対応が可能になると考えられます。
この図はNRIが社内で概念実証したモデルの概要図です。AIが学習した一般的な技術知識に加え、自社内の情報を活用することで、障害分析と対応指示の精度を高めることができました。このモデルは、運用エンジニアが障害状況を分析し対応を検討する際の支援を想定しています。これに各機能を連携して動かすオーケストレーションツールを使用することで、障害情報の収集と分析、初期回復手順の提示、自動実行する処理の組み立て、ある程度の障害初期対応の自動化も可能になります。
障害の振り返りプロセスの効率化も、このモデルの重要な特徴です。根本原因の深掘りや対応上の課題を整理し、障害再発防止や対応改善を検討する際に効果的です。具体的には、根本原因の深掘りにおいてAIにキーワードからフィッシュボーン分析やマインドマップを作らせることで、原因の可能性を広げることができます。また、課題の整理においても、AIを使って洗い出した課題をグルーピングして統合整理することで効率良く検討ができます。
さらに、障害振り返りで得られた知見を蓄積し、生成AIへのインプットとすることで、さらなる障害対応精度の向上が期待できます。加えて、このモデルは、障害訓練・教育にも応用可能です。AIに構成情報や固有の障害手順書をインプットして、バーチャルな環境を構築し、そこで運用エンジニアの訓練を実施できます。具体的には、生成AIに事前設定として障害訓練の段取りやルールを与え、環境やシステム情報をインプットし、AIに障害状況を設定させます。その状況に対して運用エンジニアが対応することで、障害対応のシミュレーションを行うことができます。これは生成AIをゲームマスターにしたシミュレーションゲームの応用と言えますが、私たちの実証検証でも十分実用的な結果が得られています。
これまでの障害訓練は、検証環境や本番環境などの実環境を使い、人間がツールなどを用いてカオスエンジニアリングのような手法で実施してきました。しかし、環境の構築から訓練計画・準備に多大な労力がかかり、本番環境を使用するためリスクもありました。生成AIを使ったバーチャル環境で訓練が可能になれば、これらの問題を解決できます。訓練にかかるコストを大幅に削減でき、定期的な訓練も容易になります。
期待できる効果とリスク
ここまで運用領域における生成AI活用のユースケースについて考察してきました。具体的には、障害対応や障害の振り返りにおいて運用エンジニアの業務を支援することで、運用業務の効率化と品質向上が期待できることがお判りいただけたと思います。また、定期的な障害訓練では生成AIを用いることにより、安全かつ効率的に訓練が実施でき、実際の障害発生時に迅速で精度の高い対応が可能になり、サービス品質の維持が期待できます。さらに、この技術を教育に応用することで、高スキルな運用エンジニアの育成も可能になります。
NRIの実証検証結果によると、現時点でも生成AIが過去対応実績や自社固有情報を活用し運用エンジニアの原因究明や対応検討の支援を行うことは十分実用的であると評価されています。また、AIの支援は、一般的なエンジニアリング知識と自社固有の手順や過去実績に基づいて行われるため、経験の浅い運用エンジニアだけでなく、ベテランエンジニアにも恩恵をもたらすでしょう。
しかし、生成AI活用には注意すべきリスクが存在します。精度の高い運用にはシステム固有の手順書や自社システム構成情報、過去の障害情報などの自社固有情報が必要ですが、これらを商用LLMに学習させると、他の利用者にも開示されてしまう可能性があり、情報流出につながる懸念があります。対策として、インプット情報の選別、サービスの利用条件の確認、非学習サービスやオプトアウト可能なサービスの利用、プライベート環境でのAI構築などが重要です。
加えて、生成AIの誤判断によるリスクもあります。具体的には、AIが提案した障害対応手順や修正コードの実行判断が間違っていた場合、不適切な対応が実行され、障害がより複雑になり影響範囲が拡大する恐れがあります。このため、自動化範囲を、影響が限定的な操作や品質が担保された手順の実行に留め、対応についての実行判断は人間(必要なスキルを持つ運用エンジニア)が行い、対応品質を担保しながら段階的に自動化を進めることを推奨します。
生成AI活用の将来性
ここまで、運用領域における生成AIの活用が、現状の運用業務において、どのように役に立つのかについて解説してきました。今後、システム開発や維持運用における生成AIの活用が進むことで、現状の運用業務の効率化だけでなく、AI活用を前提とした開発・運用プロセスの変革や新たな運用業務が生まれてくると考えています。
従来の運用設計プロセスは、要件定義工程で運用要件を決定し、それに基づいてシステム運用設計を行ない、運用業務や運用ツール、運用手順書などを作成します。このときに参照する運用モデル(運用項目、運用方式、運用体制)は、人間が運用することを前提としたものでした。しかし、生成AIを中心に据えることで、既存の運用モデルを刷新し、新たな運用モデルを生み出すことが可能です。つまり、既存の運用業務を前提とするのではなく、活用可能な運用情報と生成AIの存在を前提に、どうのような開発・運用を行えば、運用品質を担保しつつ効率的に運用できるかを考えてプロセスを再構築することで、次世代の運用モデルがデザインできると考えています。
例えば、DevOpsチームによる新たな開発プロセスでは、運用エンジニアが運用設計を進める際、運用方式や構成などの設計情報を生成AIに学習させた上で、運用設計書や運用テストケース生成や実行スクリプトを作成させます。そして、自動テストで検証を繰り返しながら開発を進めることで、生成AI活用を前提とした開発プロセスが実現できます。さらに、構成情報や運用設計情報に加え、過去のインシデント、問題、変更、リリースなどの運用情報やナレッジを開発工程で収集し、生成AIに学習させるプロセスを組み込みます。これにより、自動運用と合わせて、運用エンジニアがAIから効率的に情報を得て、高品質な運用を行うことが可能になります。
また、運用エンジニアの新たな業務として、システムに組み込まれた生成AIをセキュリティ面と運用品質面で監視、評価、チューニングするAI統制運用が必要となります。
これらの実現性は今後の検証が必要ですが、生成AIの誕生により、既存の開発・運用プロセスが抜本的に変わる可能性が高いと考えられます。
まとめ
本記事では、運用領域における生成AIの活用について解説をしました。
現時点でも、生成AIは運用エンジニアの業務支援として十分実用的であるといえます。今後の活用については、単なる業務効率化ではなく、新たな発想による活用も期待されます。
今後は運用領域においても生成AIの活用は急速に進むと考えられるため、運用エンジニアは常に最新情報をキャッチアップすると共に自社内での活用に取り組む必要があります。
NRIでは、お客様の運用領域における生成AIの取り組みを推進するサービスメニューをご用意しています。今回取り上げたユースケースやリスク対応、AI活用の将来展望の他、生成AIを活用した運用品質向上や運用・障害対応の体制構築・人材育成にご興味のある方は是非ともご覧いただけると幸いです。
執筆者情報
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