生成AI導入検討における課題と対応
執筆者プロフィール
産業ITコンサルティング二部 中澤 崇:
2006年NRIに入社。製造業を中心とする多様な業界の企業に対する戦略立案、新規事業立ち上げなどの支援を経て、ソリューション部門と連携した業務改革、システム導入に関わる構想策定、デジタルも活用したマネジメント/オペレーションの高度化に関するコンサルティングに従事。
日本企業における生成AI活用の現状
生成AI(Generative AI)が注目され始めてから、2年近くが経過しようとしています。生成AIは、従来のAIと異なり、対話的に新しいデータやコンテンツを生成する能力を持つ人工知能(AI)の一種です。この特性により、ビジネスプロセスの効率化や高度化、新たな価値の創造に大きな期待が寄せられています。
Webニュースなどで生成AIの先進的な活用事例が紹介されることが増えていますが、実際には、多くの日本企業での生成AI活用は、まだChatGPTなどを個人的に利用するにとどまっているケースが少なくありません。ビジネス現場に導入し、組織的に活用している企業は限られており、費用に見合った効果を得ている企業はさらに少数ではないでしょうか。
この背景には、主に2つの要因があると考えられます。1つは、技術自体がまだ発展途上であり、実務への適用を検討したものの、本格導入には課題があると判断されたケースです。これについては、今後の技術進歩によって解決されることが期待されます。
もう1つの要因は、「ChatGPTなどの個人利用」と「先進的な組織的活用」の難易度に大きなギャップがあることです。どこからどのように適用するのがよいのか、明確なイメージを持てない企業も多いのが現状です。そのため、新しいサービスや技術に関心が高い社員が個人的に業務で利用することはあっても、組織全体で幅広く業務に活用し、事業課題を解決するところまで至っていないのが実情です。
今回は、生成AIの業務への適用や組織的活用に向けた検討のポイントについて述べます。企画フェーズと導入フェーズにおける実践的なアプローチを提案し、効果的な生成AI活用の道筋を示します。
業務への生成AI適用プロセス
企業内でデジタル活用を担当するデジタル部門やIT部門(以降、デジタル担当部門と呼ぶ)が生成AIを業務に適用するまでのプロセスは、大きく分けて、「企画フェーズ」と「導入フェーズ」の2つで構成されます(図1)。
企画フェーズは、生成AIの導入を検討する上で重要な最初のステージです。この段階は、図1の①~④のプロセスで構成されており、各ステップを順に進めることで、事業部門側の意向も含めたユースケースを検討することができます。
導入フェーズは、企画フェーズで抽出されたユースケースの中から、導入を検討するものを選定し、実証実験を経て本格導入へと進める段階です。この段階は、図1の⑤~⑦のプロセスで構成されており、現場への適用に向けた実現性や効果の検証や適用判断が行われます。
図1 生成AIの業務適用のプロセス
いずれのフェーズでも、デジタル担当部門が事業部門を巻き込みながら進めていくことが重要です。なぜなら、上で述べたギャップの要因の1つに、生成AIは適用範囲が広く、色々とできそうな印象を持たれる一方、具体的にどのビジネス課題に適用すると大きな効果が得られるのか、その判断が難しいという点があるからです。このため、事業部門は、特定のビジネス課題に焦点をあてた生成AI適用検討を、デジタル担当部門に投げかけにくいと感じられます。したがって、デジタル担当部門が旗振り役となって、事業部門を巻き込んでいくのが一つの解決策と考えられます。
次章以降では、各フェーズにおける具体的な課題と対応策について解説していきます。まずは、企画フェーズにおけるポイントから見ていきます。
企画フェーズ
企画フェーズは、以下の4つのプロセスで構成されています。
①ユースケース探索と効果期待領域の整理
デジタル活用の担当者が、世の中のユースケースを幅広く収集し、どの事業のどの業務に適用すると効果が期待できそうかについて仮説を整理します。
②事業部門との連携体制の構築
この仮説を踏まえたうえで、業務プロセス改革が喫緊の課題となっている事業部門に声がけし、その中でも関心を持った部門の改革を主導するキーマンや意思決定者を巻き込むことで、取組が事業組織大となりうるような連携体制を構築します。
③事業部門に対する勉強会の実施
勉強会を通じて、適用対象となる事業に近いユースケースや事例、生成AIの可能性や課題などの基本情報を学んでもらいます。
④業務適用ユースケースの共同検討
ワークショップにて事業部門と議論し、生成AIの適用による効果が期待できるビジネス課題を、技術と事業の両面から探索します。そして、自社の事業や業務を踏まえ、具体的なユースケースに落とし込みます。
企画フェーズを効果的に進めるためには、以下の3つのポイントが重要です。これらのポイントを押さえることで、次の導入フェーズをより円滑に進め、成功へと導くことができるでしょう。
ポイント1:事業部門が持つ期待と不安のコントロール
デジタル担当部門は、生成AIの導入に対する事業部門の期待と不安を適切にコントロールする必要があります。過度な期待がある場合は、実現可能性を考慮し、現実的な期待値を設定します。一方、漠然とした不安や懸念がある場合は、対話を通じてそれらを解消し、具体的なリスク対応策を説明します。具体的なユースケースの検討を通じて、生成AIの可能性だけでなく、その限界や課題についても事業部門の理解を促進します。このバランスの取れたアプローチにより、生成AIの効果的な導入と活用が可能となります。
ポイント2:事業モデルと整合する形でのビジネスユースケースの具体化
生成AIの導入は、企業の事業モデルや競争優位性と整合する形で行う必要があります。コア技術やノウハウの保護、顧客データの適切な取り扱い、ビジネスプロセスの再設計、収益モデルへの影響、ブランド価値との整合性など、慎重な検討が求められます。例えば、顧客からの問い合わせ対応に生成AIチャットボットを活用する際、回答精度を上げるために企業の強みとなる情報や技術まで学習データに含めてしまうと、ノウハウ流出につながるリスクも考えられます。生成AIの活用が企業の事業戦略や長期的な成長を支えるものになるよう、検討が必要です。
ポイント3:ビジネス課題に対する生成AI以外の手段も含めた適切な解決策の見極め
生成AIを万能の解決策と捉えるのではなく、ビジネス課題の本質を理解し、最適なソリューションを選択することが重要です。従来型のITソリューションや業務プロセスの改善、人材育成など、他の解決策の可能性(コストと効果、技術的実現性、組織の受容性、長期的な影響など)も踏まえたうえで、生成AIが本当に最適な解決策であるかを見極めます。課題解決という目的をしっかりと念頭に置き、適切な対応策を選択し、効果的かつ持続可能な形でビジネス課題を解決することが重要です。
導入フェーズ
企画フェーズで多くのユースケースを洗い出した後、導入フェーズに移ります。導入フェーズは以下⑤~⑦のプロセスで構成されます。
⑤ユースケースの優先度検討
効果と実現性の観点から、取り組むべきユースケースの優先順位を決定します。ROIや横展可能性、データの利用可能性、精度についての要件などを考慮して評価します。
⑥実証実験(PoC)の計画策定
選定されたユースケースについて、検証事項や評価方法を含むPoC実施計画を作成します。生成AI特有のリスクを理解し、適切な対応策を織り込みます。
⑦実証実験(PoC)の実施・評価
計画に基づいてPoCを実施し、生成AIの効果や実現性を検証します。結果を評価し、本格導入の可否や必要な改善点を明確にします。
導入フェーズを成功させるためには、特にユースケースの優先度付けが重要です。優先順位を決める際には、各ユースケースを効果と実現性の2軸で評価することがポイントとなります。(図2)
図2 ユースケースの評価と優先度付け
1. 効果の評価
効果はROI(投資対効果)で評価することが理想的です。特に、ユースケースが多くの社員に関係する業務である場合、ROIが期待されるものとして優先度は高くなります。具体的には、全ての部門が利用できる社内規程類の対話的検索機能などが該当します。
既にこうしたユースケースに取り組んでいる企業で、さらに踏み込んだ検討をしたい場合は、特定の事業や部門の個別業務課題を解決するユースケースに着手することも考えられます。ただし、こうしたケースでは単体でコストに見合った効果を得るのが難しい場合が多いため、他部門にも横展開が可能なユースケースかどうか、汎用性の視点で優先度をつけていくことが重要です。
ここでのポイントは、他部門への横展開にかかるコストも考慮した総合的な評価です。例えば、似たような業務を持つ2つの事業部門(例:製品アフターサポート業務)があり、一方の部門で生成AIを導入する場合を考えてみましょう。導入の検討プロセスや技術的ノウハウは他部門にも応用できますが、入力データが異なる場合、データの取得、前処理、チューニングなどは各部門で都度行う必要があります。
このような都度実施が必要なプロセスに多大な工数がかかる場合、類似業務だとしても横展時コストの抑制に限界があり、期待したROIが得られない恐れがあります。したがって、業務間の横展開にかかるプロセスやコストを念頭に置いて、汎用性を見極める必要があります。
2. 実現性の評価
実現性を評価する際には、主に次の2つの重要な観点を考慮する必要があります。
-
①
適切な入力データの存在と取得可能性
生成AIの実現性を評価するうえで、適切な入力データの存在と取得可能性は重要です。期待される効果が高いユースケースであっても、以下の場合は実現が難しいと判断されます。- 必要な入力データが存在しない場合
- データは存在するが、利用可能な形式に変換するのに多大なコストがかかる場合
例えば、顧客対応の自動化を目指す場合、過去の対応記録が十分に蓄積されていない、または非構造化データとして散在しており整理に膨大な時間がかかるといったケースが該当します。
-
②
現時点で生成AIが業務上求められる精度に耐えられるか
生成AIのアウトプットが人間によるチェックなしでも活用できる業務はもちろん、多少の手直しで実務で利用可能な業務も対象になります。一方で、人間による最終チェックや修正に多大な工数が必要な領域(ミッションクリティカルな業務や生命にかかわる業務など、相当の精度が求められる領域など)では、実現性の観点で優先順位を下げざるを得ないでしょう。これらのプロセスを経て選定されたユースケースについて、PoCの実施に進みます。ここで重要となるポイントとして、生成AIならではのリスクへの理解と許容があります。生成AI環境に入力するデータの取得や投入において、内部データであれば知見が漏洩するリスクをいかに防ぐか、外部データであれば利用規約や著作権侵害のリスクに、どう対応するかが重要になります。このようなリスクの存在を理解し許容したうえで、適切な対応策をとりながら進めるべきです。リスクがあるから取り組まないという選択は避けるべきでしょう。
まとめ
生成AIは、多くの可能性を秘めていますが、何でも叶う「魔法の杖」ではありません。しかし、自社の課題に生成AIを丁寧に結びつけることで、その活用によりビジネスに多くのメリットをもたらす可能性があります。
デジタル担当部門の役割は、事業部門との連携を深め、業務におけるユースケースの選定や業務への組み込みをサポートすることです。事業部門をうまく巻き込みながら、事業課題を踏まえた自社ならではの生成AI活用の可能性や、効果が期待できるユースケースを見極め、事業や業務に適用していくことが求められます。
生成AIの導入検討においては、企画フェーズでの丁寧なユースケース探索と、導入フェーズでの効果と実現性を考慮した優先順位づけが鍵となります。また、リスクへの適切な対応も忘れてはなりません。
こうした取り組みを通じて、日本企業が生成AIを効果的に活用し、産業競争力や生産性向上につなげていくことが期待されます。生成AIの活用には確かに課題も多いですが、慎重かつ積極的なアプローチで、この新しい技術を最大限に活かしていくことが、これからの企業に求められています。
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