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グリーンに留まらない多彩な経済圏の登場へ

前回のコラム「国際目標はいかにして「エコノミー」を創るのか?~SDGsとグリーン・エコノミーの誕生~」で示したように、2015年の採択以来、SDGs(持続可能な開発目標)がグローバル社会に与えた最も顕著な影響の一つは、環境保護を経済活動の中に据える「グリーン・エコノミー」の確立であった。気候変動への危機感を背景に、脱炭素や資源循環をビジネスの成長エンジンとするこの経済モデルは、世界中の企業行動を不可逆的に大きく変容させた。
しかし、2030年のSDGs達成期限が迫り、2031年以降の「Post SDGs(Beyond 2030 Agenda)」の世界を見据えた時、ビジネスが向き合うべき課題はもはや「グリーン一色」では捉えきれなくなっている。人類が直面する課題は複雑化・多様化しており、それに伴って市場のあり方も劇的な進化を遂げようとしているのだ。

図 マルチカラー・エコノミー

出所)各種公開情報を基にNRI作成

上記の図が示すように、これからの時代は従来の「グリーン・エコノミー」に留まらず、社会課題の性質ごとに色分けされた、多彩な「マルチカラー・エコノミー」として捉えることができるのではないだろうか。それぞれの「色」がどのような課題と市場領域を象徴し、どのような事業機会を秘めているのか、そのグラデーションを紐解いていきたい。

Green Economy(グリーン・エコノミー)

マルチカラーの揺るぎない基盤となるのが、これまで議論を牽引してきたグリーンである。現代の工業社会がもたらした負の側面、すなわち地球温暖化の進行、生物多様性の深刻な損失、そして枯渇が危ぶまれる資源問題等の地球規模の課題に対処する経済圏である。環境保護や自然資本の回復、そして大量生産・大量消費を前提とした「線形経済(リニア・エコノミー)」から脱却する「循環経済(サーキュラー・エコノミー)」を主軸としており、今後もすべてのビジネスに関わる不可欠なモデルであり続ける。

Yellow Economy(イエロー・エコノミー)

光やエネルギーを連想させるイエローは、急速に進展するデジタル社会の光と影に向き合う経済圏である。社会経済の隅々までデジタル化とAI(人工知能)の導入が進む中、世界中で深刻な人材不足が露呈している。同時に、膨大なデータ処理を支えるデータセンターなどが引き起こす「エネルギー負荷の増大」という新たな環境課題も引き起こしている。イエロー・エコノミーは、これらの課題に対し、次世代に向けた教育、高度人材の育成、研究開発の推進、イノベーションの創出、そして増大する電力需要を支える太陽光などのクリーンエネルギーの活用を通じて、持続可能なデジタル社会の構築を目指す領域である。

Orange Economy(オレンジ・エコノミー)

人間の創造性や情熱、活力を象徴するオレンジは、「文化(Culture)」を資本として捉え直す経済圏である。グローバル化とデジタル空間の拡大は、国境を越えた文化交流を促進した一方で、固有の文化の強奪(文化の盗用)や、クリエイターなど文化創造従事者の不公正な労働環境といった深刻な課題を生み出している。オレンジ・エコノミーは、こうした搾取的な構造を是正し、文化財、創造産業、アニメや映画などのコンテンツ産業、そして地域に根ざしたコミュニティ形成などを対象に、正当な価値評価と経済循環をもたらすことを目的としている。文化を単なる娯楽ではなく、経済を支え牽引する重要な基盤として再構築する試みである。

Red Economy(レッド・エコノミー)

生命の鼓動や危機を表すレッドは、人類の生存そのものを脅かす生物学的・社会的危機への対応を中心とする経済圏である。先進国をはじめ世界中で進行する「急速な高齢化」という避けられない人口動態の変化や、新型コロナウイルスに代表されるような突発的な「パンデミック」の脅威に対処する。これらを単なる脅威やコストとして捉えるのではなく、高度な医療技術、健康増進サービス、バイオテクノロジー、持続可能なエネルギー、革新的な感染症対策、そして病気を未然に防ぐ予防医療といった分野を通じて、人々の生命を守りながら巨大な市場を形成していく領域である

Purple Economy(パープル・エコノミー)

個人の尊厳や連帯を象徴するパープルは、「ケア(Care)」を中心に据えた経済圏である。社会の高齢化や核家族化が進む中、介護や育児を担う「ケア労働力の深刻な不足」、さらに「社会保障費用の増大と国家財政の圧迫」は世界的な問題となっている。また、これまで主に家庭内で女性によって担われてきた無償労働の不公正さという極めて重い構造的課題にも対処する。パープル・エコノミーは、ケアや介護の仕事に正当な経済的対価と尊厳を与え、人々のウェルビーイングの追求、地域社会における相互扶助の仕組みづくり、そして現代病とも言える「孤独」への対策などを通じて、社会の持続可能性を根本から支える重要な基盤となる。

その他のエコノミー

マルチカラーの展開はこれらの5色だけに留まらない。組織の透明性や強固なガバナンス、倫理的な企業行動を重視し市場の信頼性を高める「ホワイト・エコノミー」、海洋環境の保護と持続可能な資源利用を追求する「ブルー・エコノミー」、そしてLGBTQ+コミュニティなど多様なアイデンティティを包摂し、誰もが取り残されない市場を構築する「ピンク・エコノミー」など、社会課題のグラデーションに応じてさらに多様な「色」が提唱されている。

グリーン・エコノミーの時代、企業は「環境にいかに配慮するか」を問われてきた。しかし、マルチカラー・エコノミーの時代に突入するPost SDGsにおいて、企業に突きつけられる問いは「自社の技術や事業が、どの色の課題を解決し、世界をいかに彩ることができるのか」という、より多元的で深いものへと進化している。これら多彩なエコノミーへの深い理解と戦略的な適応こそが、次世代ビジネスにおける最大の競争優位の源泉となるだろう。

  1. 医療・ヘルスケア・製薬・福祉の領域は、白衣や医療機関を象徴する「ホワイト・エコノミー(White Economy)」と呼ばれることも多い。また、急速な高齢化に伴う市場は「シルバー・エコノミー(Silver Economy)」とも呼ばれる。

プロフィール

  • 谷山 智彦のポートレート

    谷山 智彦

    政策・戦略研究室

    2002年慶應義塾大学総合政策学部卒業、2004年同大学大学院修士課程修了、2010年大阪大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。2004年に野村総合研究所に入社後、主に不動産・インフラ分野に関する調査研究及びコンサルティング業務に従事。2017年11月よりビットリアルティ株式会社(現:KDX STパートナーズ株式会社)の取締役に就任し、2020年3月より同社取締役副社長として不動産分野におけるデジタル戦略を推進。2023年4月より未来創発センターに所属し、2025年4月よりシニアチーフリサーチャー(現職)。

  • 磯谷 允亨のポートレート

    磯谷 允亨

    エネルギー産業コンサルティング部

    2023年、東京大学経済学部経営学科卒業。同年、野村総合研究所入社。
    入社以来、コンサルティング事業本部にてGX(グリーントランスフォーメーション)領域を中心に、戦略立案、ルール形成支援、新規事業立案等のコンサルティング業務に従事。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。