2024年2月に閣議決定され、5月に公布された「物資の流通の効率化に関する法律」。いわゆる「改正物流法」の一角であり、従前の「流通業務の総合化及び効率化の促進に関する法律」から名称と内容が変更されたものである。これにより、約3000社の大手荷主や物流事業者に対して、物流統括管理者(CLO:Chief Logistics Officer)の2026年からの設置が義務づけられた。
いわく、特定事業者として指定された荷主・物流事業者は、「物流効率化措置に関する中長期的な計画を作成し主務大臣に提出、翌年度以降、毎年、物流効率化措置の実施状況を主務大臣に報告する。物流効率化措置の実施状況が著しく不十分な特定事業者は、主務大臣による勧告・公表・措置命令の対象となる」という。
制度として義務付けられたため、大手荷主を中心に、約3000名のCLOが誕生する見込みだ。しかし、2025年1月現在でもその具体的な役割や期待されるリーダーシップについては「あいまい」と受け取る向きも少なくない。施行に先んじて任命されたものの、具体策について悩んでいるというCLOも多いのではないだろうか。本コラムでは、物流イノベーションの加速政策として極めて重要で、本来CLOのリーダーシップが期待される「業界を横断する各種の標準化の推進」について考察したい。
1. CLOの役割は何か
CLOは役員である。このため、まず、物流管理部長では必ずしも十分に対応できていなかった①役員会議でのSCM戦略、中長期計画の起案や、②企業間取引におけるオペレーション(OP)契約の交渉と締結を担うことになるだろう。
このためには、③企業の業務をエンド・ツー・エンドで俯瞰し、さらに④サプライヤーからクライアントまでの業務について、ムリ・ムダ・ムラが無いように、業務のカイゼンやOP契約の締結など各種調整業務を行うことが重要である。
具体的には、顧客やサプライヤーとの間で、受発注から、事前出荷明細通知、納品検品、受理、決済までの業務プロセスの標準化(SOP:標準業務手順の作成と運用)。販売、在庫、発注、生産、納品計画の共有とローリングを含む取引先との間でのオペレーション契約(CPFR:協働計画予測補充業務)の交渉や締結、SCMネットワークの動的な最適化を実現する柔軟な中長期計画策定と計画ローリング、設備投資などの起案と役員会議での調整、SCMに関連するIT投資の起案、これらは全て本来CLOの役割である。
このため、CLOには企業内、企業間での多岐にわたる調整業務が期待される。従来の物流統括管理部長の業務範囲から大きく逸脱する職務に、「政府は本気か?」と面食らう人も多いのではないか。
もちろん、CLOの役割についてその詳細は法律には記載されていない。民間事業の役員のミッションの詳細を政府が記述するのはさすがにやり過ぎであろう。また「箸の上げ下げまで・・・云々」と揶揄されかねない。もっとも、これまで日本企業にはCLOが設置されていない企業が多かったため民間企業で若干戸惑われることもあると思われる。従来、物流管理部長の管掌範囲は、暗黙の了解として「物流原価や物流関連費用の対前年比での削減目標をKPIとして、その管理責任を負うポジション」として位置づけられている企業が多かった。しかしながら、荷主がこのような認識では2024年問題は解決できないと政府は判断した。「政府は本気」である。
CLOが目指すべきは「サプライチェーン全体での生産性の向上」であり、自社の損益計算書の中の「作業人件費を含む倉庫費用や輸送コスト」から構成される物流費用の削減ではない。さらに言うなら、「供給連鎖全体での生産性の向上」を通じて、仕入価格の低下と同時に販売機会損失が削減され顧客満足度が向上することこそが真の目的であり、このことに必要な経営資源:在庫(流動資産)と物流資産(固定資産)、ITの最適化を目標とすべきなのである。
2. 物流イノベーションで生産性が向上する理由
「では、物流やSCM業務をどのように変革すれば生産性が向上するのか?」この問いへの回答は個々の企業の事情により異なるが、あえて一言でいうとしたら、物流の生産性向上は、「機会損失と在庫量とのバランスをとりつつ、物流資産(物流センター、マテハン設備、AGV、各種ロボットやトラックなど)の稼働率向上を通じてキャッシュフローと生産性(1人当たり付加価値)を向上させること」と筆者は考えている。
このため関連主体における計画の共有と同期化、計画のローリングによるムリ・ムダ・ムラの削減、すなわち「平準化」を図ることによりはじめて生産性の向上が実現できる。また、CLO傘下のロジスティックス部門、SCM部門によるカイゼン活動とデジタル技術の活用が不可欠である。
一方、「実作業はパートナー会社に任せているので、ウチは関与していない」という荷主企業もまだ多い。しかしながら、受託者の卸や物流パートナーだけの努力ではムリ・ムダ・ムラの解消は容易ではない。むしろ、物流パートナーに、自社の競争優位性を挙げてもらうと「お客様の事情や物流の波動に合わせ、臨機応変に対応する柔軟性」という回答が多い。誤解を恐れずにいえば「ムリ・ムダ・ムラ」を受け入れて顧客のために頑張ることが付加価値ともいえる。
また、流通関連の荷主企業からは、「トヨタ式のJIT(ジャストインタイム)を勉強して、極力在庫を削減し多品種少量生産・多頻度小口配送、一個流しの“セルワンバイワン毎日発注・翌日納品”を徹底し、販売機会損失を最小としつつ在庫も最小としている」というコメントも実は多い。日本の典型的な物流現場の姿だが、実はこの考え方はJITについて大きな誤解をしている。
3. もうそろそろ脱却すべき「JITに対する誤解」
通常、JITは、「必要なモノを必要な時に必要な量だけ提供すること」と考えられている。流通産業ではこれを「売れたモノを、店舗で売れた量だけ、翌日に物流センターへ納品させること」と解釈した。このため物流センターを運営している卸や物流サービス企業は、多品種少量発注で欠品を回避すると同時に物流センターの在庫を抑制することにしたのである。一方、この物流センターは在庫を持たず仕分けだけを行う、いわゆるTC(トランスファーセンター)なのかというと必ずしもそういうわけではない。平均10日から2週間分の在庫を保有するDC型の物流センターである。消費市場では多品種化が進み不確実性も拡大、製品ライフサイクルが短くなる中で、このアイデアを適用されたら、川上の製造業は大量の在庫を保有し、かつ小口ピッキングで対応するしか方法はない。
こうした日本の一部の流通企業で信じられているJITの流通版「セルワンバイワン・毎日発注翌日納品」という調達方式が、多品種少量発注の多頻度小口配送を生んでいる。少量のワンアイテムを載せたスカスカのパレットが積み重なる様子は、パレットを運んでいるのか製品を運んでいるのかわからない積載効率の低い輸送形態であることから「ミルフィーユ納品」と揶揄されている。
この方式により、入荷検品作業と出荷のピッキング作業の負荷は増加し、検品に時間がかかるためにトラックの待ち時間が長時間化、回転率が低下する。さらにミルフィーユ納品は積載効率を著しく低下させる。
果たして、これがJITだろうか。トヨタはサプライヤーに、ムラのある需要の波動をそのまま投げてムリを強いてきたのであろうか。このような流通や物流現場の実態を自動車産業の方に紹介すると一笑に付される。いわく、「『平準化』を忘れたJITは、JITとは呼ばない。この方式ではムリ・ムダ・ムラが拡大してしまう。需要予測や販売計画を出荷計画、発注計画を同期計画として立案し、発注は必要に応じ不定期定量(できればパレット、難しくてもケース単位)発注にするべきでしょう。」こう考えるとミルフィーユ納品が起こるような物流をJITと呼ぶには無理があるだろう。
多様化する車種で数10秒というタクトタイムを秒単位で維持しつつ、混流生産を実現するためには、「関連主体における計画の同期化とローリング業務」が、目に見えない業務として存在している。「カンバン方式」だけでJITが成立しているわけではないのである。このためSCM業務改革の基本は、取引先を含むサプライチェーンで、販売予測と販売計画、出荷計画、生産計画、調達計画の共有と同期化、ローリングである。予測誤差はタイミングが近くなると精度が上がるが、長い調達リードタイムの部品は計画がないと発注が間に合わない。このため、計画をローリングし現実に適応するいわゆる制御メカニズムを採用している。
この調整方式をトヨタから学んだ米国ウォルマートがCPFRを1997年に開発し、その後欧米の消費財流通産業全体を巻き込み、業務プロセスとOP契約のひな形(規約)、ITの標準までを作成し、ウォルマート以外の4つを含む「5つのCPFR実証実験」を業界コンソーシアム(VICS)で行った。この結果、CPFRは広く世界へ普及していった。これが、今や流通取引モデルの国際標準となっている。ZARA(Inditex社)も「われわれはトヨタから多くを学んだ。CKD(コンプリートノックダウン)とJIT、TPS(トヨタプロダクションシステム)だ。」と言ってはばからない。もうそろそろ日本でも「JITに対する誤解」を払拭し、誤解に基づく商慣行がもたらす閉塞状態から脱却すべきであろう。
日本の流通取引におけるこれらの「いわゆる商慣行」は、商材に「賞味期限が2から3日という生鮮品(肉類、魚介類、野菜果物)が多く、これらが市場(いちば)取引であるため、毎日発注翌日納品は「仕方がなく高度化の余地は乏しい」という指摘も多い。一方、海外先進国では野菜や果物などの取引においても、既に小売業とパッカー(収穫から小売物流センターへの納品までを受け持ついわば生鮮品プラットフォーマー)との間での計画的な取引に移行している。ちなみに農家はグローワー(生産者)と呼ばれ収穫や販売は行わない。日本でも一部の農協が小売業との直接取引を計画的に行っているがこれを高度に発展させたものといえる。これもTPSの応用といえるだろう。前述の指摘が「思考停止」とも感じられるのは筆者だけであろうか。そもそも全量を市場での価格(スポット価格)決定に委ねるという取引形態は日本独自の「市場法」にその起源がある。むしろ近年では場外流通規制の緩和を利用した本格的な流通イノベーションが期待されている。
このため、加工食品や日用雑貨までをも毎日発注翌日納品セルワンバイワンの自動補充発注方式でメーカーに発注する方式は「ムリ・ムダ・ムラ」の発生の原因でしかなく、JITが志向する「平準化」を阻害する方式といえよう。計画共有は容易ではないとの指摘も無いわけではないが、その日の不安定な需給だけで形成されるスポット市場に対し、未来時点での取引(先物)市場を組合せることで市場の生産性向上を図ることは、金融市場では少なくとも半世紀以上の歴史がある。実はこの先物市場もTPSと同様、日本が最も早期に実現していた取引形態(淀屋橋市場での米の先物市場)であることは海外でも有名な事実である。
4. CLOの役割はROIC(投下資本利益率)向上。業種横断の標準化はROICの向上へ貢献し、物流イノベーションを加速する
物流イノベーションで生産性が向上する理由は、物流資産のROIC向上であった。その物流資産への投資はCLOが起案し、SBU(戦略事業単位)の経営会議で承認される。
このため、自身が起案して投資した物流資産の稼働率を向上させることもCLOが果たすべき大きな役割になる。例えば、小売業が物流センターの運営を卸か物流サービス会社に任せているとしよう。物流センターの稼働率、さらにコストを決めている最も大きな要因は、当該物流センターで取り扱う荷量であり、それは例えばカバーする店舗数で決まっている。どんなに優れたマテハン設備:自動倉庫、ソーター、DPS(デジタル・ピッキング・システム)、各種ロボット等を導入しても、稼働率が低くては高い投資効果は出せない。
ある物流センターでは、超高速のリニア式ソーターが整備されていた。300店舗の仕分けが15分で可能な設備であった。しかしながら当該センターが担当しているのは300店舗で、カテゴリ別に3回/日だけソーターが稼働する。一日45分である。これでは投資効果が低いのも当然である。センター長は「小売りからの発注が遅くなった場合にはこの超高速ソーターでの仕分け力が生きてくる」というが、さらに質問を重ねると、「まだ一度もそうしたケースは起こっていない」と口を割った。
また運営費用の中心は賞味期限の確認を含む入荷検品業務の煩雑さ、単品バラピッキング業務の煩雑さなどの流通加工に関する作業工数である。これらは3PL(サードパーティロジスティックス)の自主的な努力ではどうにもならない外部条件であり、自主的なカイゼン活動で費用削減ができるわけではない。物流センターの運営会社からすると売上拡大やカイゼンが自主努力では難しいという条件下で、通常はマテハンなどへの設備投資は進まない。運営会社がマテハン投資のリスクを負うことは合理的ではないわけである。
一方、日本の物流イノベーションへの投資案件は「買い」だと考える海外機関投資家がREIT(不動産投資信託)を通じ、日本の巨大物流センターへ投資をしている。それにも関わらず、センター内でのマテハンへの投資はほとんどなされていないというのが現実である。荷姿の多様性があるとマテハン設備への投資は効果を生まないこともあり、投資にはリスクが伴うからである。汎用物流センターにマテハン設備の装備を期待するのであれば、荷姿(オリコン、PIコンテナなど)の標準化を図るべきである。
つまり、下記の3つのタイプの調整や標準化の意思決定がなければ、物流資産の稼働率向上は現場のカイゼンでは難しい。これらは外部パートナーへ作業委託をしている荷主のCLO(物流統括役員)しかできない業務であるからである。
①SCMネットワーク設計
例:物流センターの稼働率向上のための荷量の拡大(カバー店舗数の拡大他)
②入荷検品業務・ピッキング業務の標準化
非定期・定量(正パレット・PIコンテナ)発注、計画同期化・ローリング、発注から(発荷主からの)事前出荷明細受理、いわゆるGS1-SSCC-ASN利用によるワンスキャンでの入荷検品業務など
③荷姿(オリコン、PIコンテナなど)の標準化による汎用マテハン設備サービス
さらに、②、③などの各種の標準化を、荷主間で推進していくことはCLOしかできない業務である。業種を超えた標準化は、荷主のCLO(物流統括役員)が業界内外の他社のCLOと協調領域の活動として推進していくことが極めて重要となる。CLOであれば、企業対企業での信頼も厚く、例えば「来年から商慣行をこのようなOP契約に変更する」という合意形成が大きな意味をもつからである。
投資の起案について権限に乏しく、責任を負えないIT部長や物流部長では「理屈はわかるが当社ではそのような投資は管理本部長と役員会議での承認が必要」と忸怩たる返事しかできないだろうと推測する。これでは標準化活動そのものが失速する。
このため業界や業界横断での業務改革を議論する会議に物流部長では力不足と考える企業も多い。「物流とIT双方に投資権限を有し責任が負える役員が存在せず、業界や業界横断の業務改革の議論ができない」という状況が散見されるのが、これまでの日本であった。
一方、業種を横断する業務改革や各種の標準化は、特定企業間で「1対1でまず現場でできるところからやってみよう」というわけにはなかなかいかない。投資の経済効果を顕在化させることが難しいためである。業界横断型のコンソーシアムで議論し、業界全体で計画を立て、3PLやITベンダー、物流サービス企業などのイネーブラー産業も巻き込みながら進める必要がある。イネーブラー産業を本格的に巻き込むためには、CLOらのコミットメント(約束)が極めて重要となるのである。こうした状況が、約3000人のCLOの任用により大きく変わることが期待できる。既に米国や欧州での業界横断型のコンソーシアムの成功例は多数存在する。CLOのリーダーシップが、今こそ期待されているのである。
プロフィール
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藤野 直明のポートレート 藤野 直明
産業デジタルイノベーション企画部
1986年に野村総合研究所入社。政府や自治体への政策研究、企業の業務改革などに携わる。日本オペレーションズリサーチ学会フェロー、オペレーションズ・マネジメント&戦略学会理事、ロボット革命協議会インテリジェンスチーム・リーダー、早稲田大学大学院客員教授他、大学、大学院での社会人向け講義も行っている。著書に「サプライチェーン経営入門」(日本経済新聞社:中国語翻訳も出版)、「サプライチェ-ン・マネジメント 理論と戦略」(ダイヤモンドハーバードビジネス編集部)
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