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中国ネット通販最大手のアリババ集団が26日、香港市場に上場する。同市場には、アリババのライバルであるテンセントが既に上場している。

アリババは5年前にニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場しており、重複上場となる。公募価格を1株176香港ドル(約2,400円)として5億株の新規株式公開を実施する。手数料などを除く手取り概算で875億5,700万香港ドル(約1兆2,165億円)を調達することになる。IPOの調達額としては、2010年上場のAIAグループ、06年上場の中国工商銀行に続き、香港市場で史上3番目の規模に達する。

アリババは19日までにアジア、欧州、米国のそれぞれの投資家から注文を受け付けた。香港メディアによると、機関投資家の人気が高く、募集枠の5倍を超える申し込みがあったという。個人投資家からの人気はさらに高く、募集枠に対して約42.4倍の購入希望があった。

アリババは当初、最大200億ドルの調達を目指して、香港での上場を6月に申請していた。しかし、その後、香港の政情が悪化したことから、上場の時期を先延ばししていた。しかし、香港の政情が一段と悪化する中で、目標調達額を下方修正したとはいえ、今回、突然に香港上場を決めたのはやや意外感がある。

その背景には、中国政府の働きかけが影響しているとの指摘もなされている。アリババによる大型の資金調達を成功させることで、金融センターとしての香港の地位が揺らいでいないことを内外に強くアピールする狙いである。

さらに、アリババの新株に対する強い需要の背景には、投資家が香港情勢について、それほどは悲観的にはなっていないことも影響している可能性がある。特に中国の本土の投資家からの関心は高く、香港での暴動や混乱は需要にはあまり影響しなかった模様だ。

実際、中国本土の投資家は過去半年足らずでのうちに、200億ドル(約2兆2,000億円)近くの資金を香港株式市場に投じている(注)。

中国のデータ提供会社ウインドによると、香港と上海・深セン取引所の相互接続では、香港でデモが発生した6月初旬以降、本土投資家が1,500億香港ドル(191億7,000万ドル)の買い越しとなっている。年初来の買越額は、前年からおよそ倍増となる1,948億香港ドルである。これは香港株式市場の31.8兆香港ドルと比べて相応の規模であり、香港市場を下支えしている。

ミューチュアルファンドや保険会社など本土投資家の中では、足もとでの株価下落を受けて、香港株がかなり割安になったとの見方も広まっているという。 実際、同一銘柄でも、本土市場より香港市場の方が著しく株価が安いものが多い。

こうした中国本土の投資家の楽観論が、アリババの香港上場を成功させ、国際金融センターとしての香港の地位が低下していないことをアピールしたい中国政府の狙いを支援しているという構図のように見える。

当面のところは、国際金融センターとしての香港の地位を維持することに、中国政府は注力するだろう。しかし、将来的に香港をどのように位置付けていくのかは明確ではない。本コラム(2019年11月24日付 「中国の市場開放政策と南沙自由経済区」 )で指摘したように、香港から近い広州市の南沙自由経済区を国際金融センターに育てる構想も既に打ち出されている。

区議会議員選挙での民主派の大躍進も、中国政府による将来の香港の位置づけに関する構想に対して、香港にとってはややマイナスの方向に影響を与えるのではないか。

(注)「香港株に殺到する本土投資家、デモどこ吹く風」、ダウ・ジョーンズ米国企業ニュース、2019年11月21日

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。