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各国に足並みを揃えた財政面での対応を促す

欧州中央銀行(ECB)は4月30日の理事会で、資産買入れ策については現状維持を決める中で、銀行に対して最低でマイナス1%という超低金利で長期の資金を貸出すことを決めた。資産買入れという非伝統的な政策については、さらに一歩踏み出すことを見送る一方、銀行貸出を促すといういわば伝統的な中央銀行の金融政策手段では、さらに思い切った措置を講じたもの、と整理できるだろう。

事前には、ECBが先月開始したPEPP(パンデミック緊急資産買入れプログラム)で、7,500億ユーロの上限を引き上げることや、投機的格付けのハイイールド債(ジャンク債)を新たに買入れる措置を決める、との観測もあった。筆者もその可能性を見込んでいたが、実際には見送られた(「 欧州ではECB頼みの危機対応が続く 」2020年4月28日)。資産買取対象にハイイールド債を含めるかどうかについては、理事会では議論されなかったという。

この決定には、ユーロ圏での経済・財政危機への対策で、各国がECBに過度に依存しないようにして欲しい、そして各国が足並みを揃えて財政面での対応を進めて欲しい、というECBのメッセージが込められているのではないか。例えば、ECBがイタリア国債を大量に買入れれば、各国でイタリアなど南欧諸国の財政問題に対する危機感が薄れ、財政面での対応が進まなくなってしまうという弊害もあるからだ。また、そうした施策は、ECBが本来の役割を超えて、財政政策の領域に足を踏み入れることを意味するのである。

定例会議の重要性が低下

他方で、声明文では、必要に応じて資産買入れの規模を拡大する準備はできている、としている。未曽有の経済・金融危機に立ち向かう武器(政策手段)は揃え終わり、それを実際に使う、あるいは必要に応じて拡充するなどの修正を随時行っていく局面に入ったということだろう。この点は、4月28日・29日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で現状維持を決めた米連邦準備制度理事会(FRB)についても同様だ。

しかし、FOMC終了の翌日に、FRBは企業向け貸出支援策であるメインストリート貸付プログラムの拡充を発表した。対象企業の従業員数、売上高の上限を2倍に引き上げたのである。これについては、トランプ政権からの要請で、シェール企業などエネルギー関連企業を新たに支援する意図がある、とも指摘されている。いずれにせよ、FRBはこの重要な政策を、FOMCの翌日に決めたのである。

日本銀行の黒田総裁は、4月27日に決めた、当座預金に0.1%の付利を行う新たな中小企業支援策に関して、6月15・16日に予定されている次回政策決定会合を待たずに、臨時会合などを開催して早く始めたい、と述べている。

環境の変化を見ながら、重要な政策決定は定例会合以外の臨時会合などで決める、という傾向が、主要中銀の間で強まっているのである。そうした傾向は、既に今年3月に始まっていたと言える。

定例会合以外で重要な決定がなされる傾向が強まると、金融市場では、定例会合への注目が従来よりも低下することになるだろう。これは、定例会合の開催前後に、金融市場が大きく振れるという傾向を弱めることになる。他方、市場は、重要な決定がいつ公表されるか分からない、という不安な状況に置かれるようにもなるのである。

銀行貸出促進で経済危機に対応

今回の理事会でECBは、主要な政策金利の据え置きを決める一方、市中銀行への長期資金供給措置、いわゆるTLTRO3を拡充し、今年6月からの1年間、最低マイナス1%という低利で資金を供給することを決めた。さらに、新たにパンデミック緊急長期資金供給オペ(PELTRO)も行うとした。前者については、実質的な利下げ措置と言えるだろう。

4月27日の決定会合で日本銀行は、新型コロナウイルス感染症対応金融支援特別オペの利用残高に相当する当座預金に、+0.1%の付利を行うことを新たに決めた。これは、銀行が企業向け貸出を増加させるインセンティブを、相応に高めることになろう。それと同様に、最低マイナス1%という低利で資金を供給するというECBの新たな施策も、銀行の貸出拡大を相応に促すことになるだろう。

但し、日本銀行の場合には、ECBのように、マイナス金利で銀行に資金を貸出すことは難しいだろう。その際には、銀行がマイナス金利での貸出を企業から強く要請されるようになり、利鞘の縮小、収益の悪化から、金融システムへのリスクを高めてしまうことになるからである。銀行貸出を促すことで企業を救う、という政策の狙いは同じでも、採用する手段は、国・地域の特性を反映して異なってくるのは自然なことだ。

ECBは、今回は銀行貸出支援策の拡充を打ち出し、経済危機への対応を進めた。ただし、イタリア国債など信用力の低い国債や社債、証券化商品の市場が動揺すれば、ECBはいや応なしに資産買入れを拡大し、投機的格付けのハイイールド債の買入れに踏み切らなければならなくなるのではないか。経済危機への対応とともに、金融危機の回避に向けたECBの挑戦も、まだ続くのである。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。