北京でもデジタル人民元の実証実験か
中国は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)、デジタル人民元の実証実験を着実に進めている。今年10月には、深圳で、市民が実際に買い物にデジタル人民元を利用する実証実験を実施したが、今度は同様のものを北京でも計画しているようだ。北京市地方金融監督管理局と北京市通州区人民政府が、11月9日に開いた会合でこの実証実験について議論した、と報じられている。
習近平指導部は、今年9月に北京市を新たな「自由貿易試験区」に指定し、その目玉として、デジタル人民元の普及を目指す「金融技術センター」の設立を掲げた。北京での実施によって、デジタル人民元の実証実験はいよいよ佳境に入った感がある。
中国は、2022年の冬季北京オリンピックまでにデジタル人民元の正式発行を目指しているとされるが、そこに向けた準備は、このように順調に進んでいるように見える。
法整備と個人データの安全性確保に課題か
10月の深圳での1週間の実証実験では、デジタル人民元が5万人の市民に配布された。市民はこの間に130万ドル分のデジタル人民元を利用した。中国人民銀行の易綱総裁が先日語ったところでは、デジタル人民元の実証実験では、今までの累計で400万件超、約2億9,900万ドル相当の取引が行われたという。既にかなり大規模に、実証実験は行われているのである。
それでも、正式発行のタイミングが示されていないのは、未だ解決されていない問題があるからだろう。中国人民銀行の易綱総裁は、当局がデジタル人民元に関する法的枠組みを構築する必要があるため、デジタル人民元の即時運用の準備はまだできていないと語っている。また、デジタル通貨を開発する上で特に難しいのは、個人データの安全性を確保する点にあるとしている。
バハマとカンボジアが中銀デジタル通貨を発行
主要国では、中国が中銀デジタル通貨を最も早く発行する見込みだが、主要国以外では、既に発行されている。バハマ中央銀行は10月20日に発行を始め、カンボジア国立銀行も10月28日に、実証実験を終えて正式に発行を始めた。
カンボジアの中銀デジタル通貨「バコン」を支えるブロックチェーン技術は、日本のITベンチャー「ソラミツ」が開発したものだ。中国と同様に、カンボジアでも、中銀が中銀デジタル通貨を利用者に直接発行するのではなく、現在の現金と同様に、利用者は銀行を通じて入手する間接方式を取っている。
しかし、「バコン」の本格的な普及には時間がかかりそうだ。現時点での利用は限定的であり、実証実験と本格発行との中間段階、と言うのがまだ正しいのではないか。
新興国に多い2つの課題
主要国に先駆けて両国がデジタル通貨の発行を決めたのは、2つの狙いがある。第1は、銀行口座を持たない国民も携帯電話を使って簡単に支払いができるようにする、いわゆる金融包摂の促進だ。
第2は、信頼性の低い自国通貨が、ドルにとって代わられる「ドル化」を回避し、それを通じて金融システムの安定や金融政策の有効性を確保することだ。
国民が金融サービスに十分にアクセスできない、あるいは自国通貨の信頼性が低いのは、小規模の新興国に特有の問題である。そうした問題に対応する必要から、先進国よりも新興国の方が、中銀デジタル通貨発行の計画に前向きという傾向がある(コラム「 中銀デジタル通貨発行に前向き姿勢を強める世界の中央銀行 」、2020年1月30日)。
中銀デジタル通貨発行に通貨の競争力向上の狙い
他方、中国では事情が異なる。デジタル人民元発行の最大の狙いは、人民元の国際化を進め、米国の金融覇権に挑戦することではないか。国内的には、アリペイなど民間決済会社の影響力を削ぐ、統制強化の狙いもあるだろう(コラム「 アント上場延期とフィンテック企業への統制強化を強める中国 」、2020年11月13日)。
ただし、ドルに対する人民元の競争力を高めるという点で、ドルに対して自国通貨の信頼性を高め、自国のドル化を防ごうとするカンボジアやバハマと共通した側面もある。欧州中央銀行(ECB)も、中銀デジタル通貨発行の狙いには、ユーロの競争力向上があると説明している。
中銀デジタル通貨を発行する狙いは各国で様々ではあるが、自国通貨の競争力向上、通貨競争という側面が全体的には強まってきている感がある。その結果、今後の中銀デジタル通貨の帰趨は、為替市場を中心として金融市場にとっても重要な環境変化の一つと考えておくべきだろう。
(参考資料)
「デジタル人民元のテスト運用、北京で計画 取引実績を拡大(金融・保険 / 北京市)」、2020年11月11日、ChinaWave経済・産業ニュース
「新興国、デジタル通貨の波、カンボジアやバハマ発行、ドル依存抑制、自国通貨を補完。」、2020年10月29日、日本経済新聞
「動き出す中銀デジタル通貨/(1)/アジアの小国、世界に先行/続々検討、貧困国も」、2020年10月28日、中部経済新聞
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