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際立つ経済と株式市場の乖離

11月3日の米国大統領選挙後に、選挙結果が確定せずに大きな政治的混乱が生じることを、金融市場は強く警戒してきた。実際に、トランプ大統領は未だ敗北を正式に認めておらず、異例の混乱は生じてはいるが、事前に心配されていた程ではない。

そのため、不確実性の低下を評価して、米国、そして日本など米国以外でも、選挙後に株価は大きく上昇した。コロナショックを受けた今年3月の急落から株価は比較的早期に回復したが、今年の株式市場は、逆風となり得る2つの歴史的イベントに対して予想外の強さを見せたのである。

コロナショックによって生じた経済的損失は非常に大きいものだ。また、感染再拡大によって欧州では10-12月期の実質GDP成長率が再びマイナスとなる「二番底」が生じ、今後の感染状況と政策対応次第では、米国や日本でも経済が「二番底」に陥るリスクが相応にある。

そうした中での世界的な株高傾向には違和感を持つ向きも少なくなく、「経済と株式市場の乖離」とも呼ばれている。

コロナ禍の下で「ロビンフッダー」がハイテク株買い

他方で、コロナショックが経済活動や人々の生活様式を制約し、また大きな変化を強いたことに、今年の株価上昇の秘密がある、という逆説的な解釈もできるだろう。

それを支えたのが、米オンライン証券のロビンフットが提供するスマートフォン上の株式投資アプリで取引を行う個人投資家、いわゆる「ロビンフッダー」の存在だ。コロナショックで自宅待機を余儀なくされた投資未経験のミレニアル世代が、通勤やコンサートなどの娯楽に費やしていた時間とお金を株式取引に回したのである。彼らは、高頻度での株式売買にはまっていったが、それを支えたのが、株式売買手数料が無料であったことだ。

「ロビンフッダー」は、リスクをとってオプション取引も積極的に行うようになった。「ロビンフッダー」同士は、SNSで活発に投資情報を交換している。その中心的な場となっているいわゆる掲示板がレディット(Reddit)である。

他方で、ファンダメンタルズを考慮せずに、株価のみを参照して取引を行う「ロビンフッダー」も少なくないと推察される。その結果、株式市場が従来の経験則とは異なる動きをし、それが機関投資家などを混乱させて、いわゆる彼らが相場に乗れなかった面も今年はあったのかもしれない。

他方、「ロビンフッダー」が好んで買ってきたのが、米国のハイテク株だったとされる。GAFAと呼ばれるプラットフォーマー、Web会議機器のZoom、あるいは電気自動車のテスラなどだ。コロナショックによる「巣籠り消費」の恩恵を大きく受けた企業の銘柄群である。

ロビンフッドの問題点も浮上

オーストラリアでも、今年9月に開始されたばかりのオンライン株取引アプリ「スーパーヒーロー」が人気を集め、1カ月弱で利用者数は1万人に達した。多くの若者が、このアプリを使いハイテク株を買い、銀行株や資源株を売買しているという。

「ロビンフッダー」は今年の米国株式市場のいわば主役であり、株価上昇を牽引した可能性がある。しかし他方で、ロビンフッドの問題点も浮上している。

株式投資の素人に過度にリスクをとった投資を促すことで、意図しない大きな損失を生じさせる、という社会的問題をもたらす可能性などが懸念される。6月には利用者の20歳の大学生がオプション取引で巨額の損失を被ったと誤解して、自殺した事件が生じた。これをきっかけに、投資教育の必要性が叫ばれるようにもなった。

さらに、9月にはHFT(高速取引)業者に顧客注文を売っていたことを、当初適切に開示しなかったことが詐欺に当たる、との疑いがあるとして、米証券取引委員会(SEC)が株取引アプリを提供するロビンフッドの調査を開始した、と報じられた(コラム「 SECがロビンフッドへの調査を開始 」、2020年9月9日)。それでも「ロビンフッダー」の勢いに今のところ衰えは見られていない。

コロナ問題の収束をきっかけに株式市場が活況を失う可能性も

しかし、今後新型コロナウイルス問題が収束に向かえば、コロナ禍の下での米国株式市場の活況にはむしろ逆風になる可能性も考えられるところだ。巣籠り状態が緩和されていけば、「ロビンフッダー」は株取引に費やす時間を減らすだろう。株取引の関心を次第に低下させていくかもしれない。また、巣籠り状態の緩和は、株価上昇を牽引してきたハイテク企業の業績にはマイナスとなろう。

さらに、新型コロナウイルス問題が収束に向かえば、米連邦準備制度理事会(FRB)による金融緩和期待や、政府の景気対策への期待は萎んでいくだろう。これが、株式市場に調整をもたらす可能性もある。

コロナ禍の下で活況な株式市場という逆説的な状況は、コロナ問題の収束をきっかけに株式市場が活況を失うという、次の逆説的な状況を生む可能性があるのではないか。

「ロビンフッダー」が次第に儲からなくなる可能性も

また、リベートと交換でロビンフッドから個人投資家の注文を受け、その情報を得ているHFT業者は、それをHFTのアルゴリズムの精度向上に日々活用していると見られる。情報の蓄積が進むにつれ、HFT業者が個人投資家を出し抜いて取引で利益を上げるようになってくる可能性がある。そうなれば、「ロビンフッダー」は次第に儲からなくなり、株取引への関心を低下させていくだろう。

今年の米国株式市場は、「ロビンフッダー」がまさに我が世の春を謳歌した1年となった感はあるが、それは長くは続かないのかもしれない。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。