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雇用者数の回復の遅れは需要側、供給側どちらの要因か

米労働省が4日に発表した5月分雇用統計で、非農業部門雇用者数は前月比55万9,000人増加した。増加数は4月の27万8,000人から倍増している。

しかし、事前の市場予想の平均値67万人程度を下回ったため、金融市場ではやや失望を持って受け止められた。金融市場は、この統計が米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策正常化の判断に与える影響に特に注目していたが、統計発表後には、FRBは資産買い入れの縮小いわゆるテーパリングを急がない、との見方が浮上して長期金利の低下やドル安が進んだ。

ただし、この統計がFRBの政策判断に与える影響は、大きくないだろう。夏頃には、FRBがテーパリングの実施を示唆し、年末にもテーパリングを始める、という従来の金融市場のコンセンサスは修正する必要はないだろう(コラム「 FRBはジャクソンホールでテーパリングの可能性を市場に伝えるか 」、2021年5月31日)。

5月の雇用者数は、コロナ禍以前の水準をなお760万人下回ったままだ。しかし、雇用者数が十分に回復していないのが、主に供給側の要因によるものか、需要側の要因によるものかで、その金融政策に与える意味合いは大きく変わってくるのである。

需要側の要因によるものであれば、それは経済が十分に回復しておらず、その結果、労働市場に相応のスラック(余剰)が残っていることを意味する。その場合、労働需給は緩和された状態で、賃金上昇率も高まらない。そのような状況ではインフレリスクも限定されるため、FRBは金融政策の正常化を急ぐ必要はない、ということになる。

ところが、雇用者数の回復の遅れが主に供給側の要因による場合には、まったく話は違ってくる。何らかの理由で個人は新たに職に就くことを避けるため、供給不足から企業が働き手を集めることに苦労する。そこで、賃金の大幅な引き上げを通じて人手確保に動くのである。この場合、労働需給は逼迫しており、賃金上昇率の高まりがインフレ圧力の上昇につながることから、金融政策の正常化の必要性が高まるのである。

過度な金融緩和状態が金融市場の過熱を煽る

実際には、双方の要因が重なっているのだが、供給側の要因も相応にある可能性は高い。それは、例えば、働くことによって感染してしまうリスクへの警戒が依然強いこと、子どもの預け先の確保が引き続き困難なこと、などだ。さらに注目されるのは、コロナ対策で失業保険給付に上乗せ措置が実施されていることが、働く意欲を削いでいる面があることだ。無理して働かなくても十分な給付が得られるのである。

雇用者数の回復の遅れが、供給側の要因によってもたらされており、労働需給はそれなりに逼迫してきている可能性を示唆しているのが、賃金上昇率の加速である。5月分雇用統計で、時間当たり平均賃金は前月比+0.5%増と、市場予想の+0.2%増を大きく上回る伸びとなった。前年同月比でみても、+2.0%まで上昇してきている。

ただし、失業者の勤労意欲を低下させている失業保険の特別上乗せ措置も、9月には終了する。秋には学校の対面授業が再開され、感染リスクへの警戒が緩和することで、再び働き始める人が増えるだろう。その結果、年内には新規雇用増加数が急速に高まる可能性がある。

こうした点を考慮すれば、FRBは金融政策の正常化を進めていくべきだろう。足元での物価上昇率の上振れは一時的と考えられるが、現在の金融緩和状態は、経済の状態と比べて行き過ぎているだろう。それ以上に、過度な金融緩和が金融市場の過熱を煽り、先行きの金融市場の混乱のリスクを高めている面があると考えられる(コラム「 米国の積極金融緩和策の弊害とサマーズの警鐘 」、2021年5月20日)。FRBは早急に、金融政策の正常化に着手すべきである。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。