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日銀はグリーンボンドを選別的に直接買い入れることには慎重

7月16日に日本銀行は、気候変動対応投資支援オペの骨子素案を発表する。気候変動リスク対応に資する民間銀行の投融資をバックファイナンスすることで、気候変動問題に関与していくことになる。しかし、社債の中でグリーンボンドを選別的に直接買い入れることで、資金を気候変動対応に向かわせることには、日本銀行は引き続き慎重である。前回6月の金融政策決定会合後の記者会見で総裁は、グリーンボンドの買入れについて、以下のように説明している(注1)。

「現在の日本銀行の社債の買入れも、適格要件を満たせばグリーンボンドであっても当然買入れをするわけです。それを超えて、グリーンボンドだけを買うとか、グリーンボンドを特に多く買うということが適切かは、グリーンボンドの基準も実は様々な市場で分かれていますので、そういうことを将来も排除するわけではないのですが、むしろ今回は、より効果的で規模も大きくなり得る、金融機関による気候変動対応の投融資をバックファイナンスする形で、進めることにしました。」

日本銀行が買い入れる社債の要件は、残存期間が1年以上3年以下であることと、適格格付機関からBBB格相当以上の格付を取得していること、の2点だけである。この要件を満たし買い入れ対象となっている社債の中には、気候変動リスクへの対応、地球温暖化対策に資する、いわゆるグリーンボンドが結果的に含まれているだろう。

日本銀行とECBにはかなりの温度差

しかし、それをより多く買入れる、より良い条件で買入れるなどといった選別的な対応をしない限り、日本銀行の買入れによってそのグリーンボンドにプレミアムが付き、気候変動リスクへの対応に資金を多く向かわせることはない。

他方、欧州中央銀行(ECB)は、グリーンボンドを選別的に買い入れる準備を着々と進めている。ECBは、社債を買入れる際に、環境などサステナビリティの観点からの情報開示をその要件として求める予定だ。また、ECBは気候変動リスクを考慮に入れた社債の資産査定を既に行っているという(コラム「 ECB気候変動リスク対応の行動計画と日本銀行の対応との比較 」、2021年7月12日)。

日本銀行はこうした段階には全くない。多くの中央銀行がグリーンボンドを選別的に買入れ始めれば、日本銀行もいずれそれに追随する可能性はあるだろう。しかしそれは近い将来ではない。

ABFが買い入れるのはアジア新興国発行のグリーンボンド

ところで、13日には日本銀行も参加する東アジア・オセアニア中央銀行役員会議(EMEAP)が、2003年に創設したアジア・ボンド・ファンド(ABF、Asian Bond Fund)でグリーンボンドを買い入れ対象にすることを公表した(注2)。これを受けて、日本銀行も社債の買入れの枠組みの中で、グリーンボンドを選別的に買入れるとの期待も生じているが、それは正しくないだろう。

ABFは、1997年に発生したアジア通貨危機以降、危機の教訓から、アジア債券市場の育成を意図して創設されたものだ。最終的には各国通貨建ての債券市場の成長を目指している。ただし買い入れ対象は、アジアの国債および政府系機関債であって、社債ではない。

さらに、オーストラリア、日本、ニュージーランドといった先進国の国債、政府系機関債は買入れの対象とはなっていない。あくまでも、アジア新興国の債券市場の発展を促す枠組みなのである。

日本では国がグリーンボンドを発行する可能性は低い

グリーン国債であれば、グリーン社債と比べてその使途などの点で透明性が高く、調達資金が実際には気候変動リスクへの対応以外に不正に使われるようなことはないだろう。そのため、買入れ時に詳細な審査を行う必要もない。

一方、日本が金融緩和の一環として買入れるグリーンボンドは社債であり、それには周到な準備が必要となる。 金融安定理事会( FSB)による気候変動の情報開示で共通基準の作成を待つ必要もあるかもしれない(コラム「 FSBが気候変動関連の金融リスクに対処する取り組みのロードマップを公表 」、2021年7月13日)。

さらに、日本では国がグリーンボンドを発行する可能性は低いだろう。従って、日本銀行の買い入れ対象とはならないのである。そもそも、調達資金の使途を気候変動リスクに限った国債をわざわざ発行しなくても、調達コスト(金利)は既に極めて低く、国債は円滑に消化されている。国がグリーンボンドを発行する他のアジア諸国とは、日本は状況が違うのである。

近い将来、日本銀行がグリーンボンドを選別的に買入れる可能性は低いと考えておくべきだろう。

(注1)日本銀行「 総裁記者会見要旨 」(2021.6.21)
(注2)" EMEAP Central Banks Agreed to Promote Green Bond Investment through Asian Bond Fund ", EMEAP, 12 July 2021

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。