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財政支出の規模は55.7兆円、補正予算31.9兆円まで膨れ上がる

政府は19日に経済対策を閣議決定するが、その規模が財政支出ベースで55.7兆円になる、と18日午後に日本経済新聞電子版が報じた。他のメディアも同様の数字を相次いで報じている。日本経済新聞は先週の段階で、財政支出ベースで40兆円超との見通しを示していた(コラム「 経済対策の財政支出規模は40兆円超:規模ありきの対策で財源議論はまた素通り 」、2021年11月15日)。最終的にはそれを大きく上回る規模となる見込みだ。

同報道によれば、国の支出分である国費だけで43.7兆円、財源の裏付けとなる21年度補正予算案で31.9兆円、民間資金を加えた事業規模は78.9兆円に上る。

昨年12月に公表され、昨年度第3次補正予算編成へとつながった経済対策では、事業規模は73.6兆円、32.3兆円程度の国・地方の歳出と7.7兆円程度の財政投融資計画とを合わせた財政支出は40.0兆円、補正予算は20.1兆円だった。仮に報道通りであれば、今回の財政支出規模は前回の1.4倍、補正予算規模で1.6倍に達することになる。

この時期に過去最大の対策は世界的に異例

経済対策の財政支出の規模では、これまでは2020年4月に決定した緊急経済対策の48.4兆円が過去最大だった。今回はこの水準をも上回る。

世界全体を見渡すと、コロナ対策の財政支出は、昨年から着実に縮小する傾向にある。コロナ問題発生から2年近くが経過するこの時期に、さらに、緊急事態宣言の解除で経済が回復の糸口を掴もうとしているこの時期に、それ以前を上回る最大規模のコロナ経済対策を打ち出す日本は、まさに異例である。経済対策の規模を競う、規模で国民にアピールしようとする「規模ありき」の政策となっている感は否めない。

財源確保の議論は素通りに

また、英国などでは法人税率引き上げなどのコロナ対策の財源確保の動きが続く中、政府債務のGDP比率などで見て、財政環境が先進国の中で突出して悪い日本で、異例の大型経済対策を実施する中で財源の議論が全く聞かれないことには、大いに危うさを感じる。巨額のコロナ対策の費用を国債発行で賄えば、それは将来世代への負担を高め、将来の成長期待を低下させてしまう。またそれは、企業の投資抑制などを通じて現時点での経済の潜在力を低下させ、弊害が現代に生きる我々にも及ぶのである。

コロナ問題は、通常の景気後退とは異なり、打撃を受けた企業、個人と、むしろ追い風となった企業、個人が共存し、その差は大きく開いている点に特徴がある。後者から前者へと所得を再配分する形での財源確保の手段をできるだけ早期に検討すべきだ。

16兆円、GDP3%規模の経済効果の可能性も費用対効果は高くない

さて、経済対策の詳細についてはまだ明らかになっていないが、子供への給付を中心とする個人向け給付と中小企業向け給付がその柱となろう。

財源の裏付けとなる補正予算31.9兆円の内訳を仮に、個人向け給付が6.0兆円(うち子ども給付1.7兆円)、中小企業向け給付が3.0兆円、公共投資関連が5.0兆円、その他企業向けが15.9兆円とした場合、GDPを押し上げる経済効果は、現時点での大まかな目途で15.8兆円となる計算だ。これは1年間の名目GDPの3.0%に達する。ただし、基金への支出など、支出時期が長期にわたる予算が多く含まれる場合には、短期的な経済効果はこれよりも小さくなる。19日に経済対策が正式に公表されれば、より精度の高い試算ができるだろう。

上記の試算で、1単位の支出がどの程度GDPを高めるかという乗数効果について、子供がいる世帯で0.40、全世帯平均で0.25、企業向け給付は0.41、公共投資関連は0.98(土地収用分などを控除)とした(コラム「 子供への給付金の経済効果とその課題 」、2021年11月8日、「 自民党と公明党が子ども給付で合意に 」、2021年11月10日)。前者は2009年の定額給付金についての内閣府の試算結果、後者は内閣府の短期日本経済計量モデルによる、法人税減税、名目公的資本形成の1年間の乗数効果の数値を用いた。

経済効果は相応の規模になることが見込まれるとは言え、巨額の財源を投入していることから、その費用対効果は高くない。補正予算規模に対するGDP押し上げ効果は50%に満たない。

また、さらなる政府債務の増加がもたらす経済の潜在力への悪影響などを踏まえれば、見かけ以上の大きなコストがかかっていると言えるだろう。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。