&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

政府は、財政支出55.7兆円規模の経済対策を19日の臨時閣議で決定した。内閣府の試算によると、そのGDP押し上げ効果はGDP換算で5.6%程度だという。昨年4月のコロナ経済対策では4.4%、昨年12月のコロナ経済対策では3.6%、と内閣府は試算していた。それよりもかなり大きな規模となったが、本当だろうか。

筆者の大まかな試算では、経済対策のGDP押し上げ効果は15.8兆円程度、1年間のGDP押し上げ効果は3.0%だ(コラム「 経済対策で財政支出規模55.7兆円との報道 」、2021年11月18日)。

押し上げ効果がGDP5.6%程度であれば、その規模はちょうど30兆円となる。他方、今回の経済対策で補正予算の規模は31.9兆円しかないことから、そのほとんどがGDP押し上げ効果につながることになってしまうが、これはおかしい。

おそらくこの内閣府の試算には、今年度補正予算の影響だけでなく、16か月予算として来年度本予算に計上される部分も含めているのだろう。今回の対策で国費は43.7兆円、21年度補正予算案で31.9兆円であることから、その差の11.8兆円が来年度予算に計上される分と推察される。

しかし、来年度予算に計上される部分は、今回の補正予算がなくても来年度の本予算に計上されるはずのものだったと考えるべきではないか。従って、経済対策の経済効果として計算する際には、補正予算の規模で計算する方がより適切ではないか。筆者はその前提で試算した。

政府が来年度本予算分も含めた43.7兆円で試算していた場合、GDP押し上げにつながった30兆円は予算規模の68.7%と7割近い。その乗数効果もまた、信じがたいほどに高い。個人や企業向けの給付金の乗数(1単位の支出額のGDP押し上げ効果)は25%~40%程度と考えられる(コラム「 経済対策で財政支出規模55.7兆円との報道 」、2021年11月18日)。予算のすべてが公共投資でない限り、このような高い乗数には到底ならないはずだ。実際には、今回の経済対策は公共投資ではなく個人や企業向けの給付金が相当の規模を占めているのである。

このように考えてみると、内閣府は経済対策の効果を相当膨らませて試算結果を出した印象が強い。ただし今までの経済対策の効果についても同様であり、経済効果を大きく見せる傾向があるのはいつものことだともいえる。

ところで、筆者の大まかな試算値である、3.0%のGDP押し上げ効果も、決して小さくはない。しかし、この経済効果によって来年の日本の成長率が大きく高まると考えるのは正しくないだろう。

今まで実施されてきた巨額の経済対策の効果が薄れる中で、成長率は押し下げられるはずだ。いわゆる「財政の崖(フィスカル・クリフ)」が生じるのである。今回の経済対策は、それがなければ相応に落ち込むはずだった成長率を支える効果を持つのであって、成長率を大きく押し上げる効果を発揮するものではないだろう。

来年の日本経済は、原油価格高騰や中国の不動産不況、半導体不足などの悪影響を受ける海外経済と、感染リスクの動向を受けた国内個人消費のバランスで基本的には決まってくる。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。