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クーポン給付に高まる批判

政府の経済対策に盛り込まれた子ども給付制度を巡る議論が迷走を続けている。18歳以下の子どもへの10万円給付で、その半分の5万円を現金でなくクーポンで給付する設計であるのに対して、現金給付と比べて事務費がおよそ967億円増えて1,247億円となること、地方自治体の事務負担が高まること、を問題視する声が高まっている。

筆者は、子どもを給付の基準とする、この子ども給付制度自体が、コロナ対策、つまりコロナ禍で所得が大きく減少した個人、家計を支援するという本来の目的からズレているため、問題であると考えている(コラム「 臨時国会で紛糾する子ども給付の議論 」、2021年12月8日、「 子ども給付を巡り混乱が見られる経済対策論議 」、2021年11月16日、「 子供への給付金の経済効果とその課題 」、2021年11月8日)。

それでも、仮に実施するのであれば、クーポンではなく全額現金にすべきだと考える。半分はクーポンで給付するとの政府の方針は、次第に後退してきており、最終的には全額を現金で給付する制度に修正されていく可能性も出てきたのではないか。

原則クーポン給付の方針を曲げない政府

岸田首相は9日の衆院代表質問の答弁で、「クーポン給付を原則としながらも、地方自治体の実情に応じて現金での対応も可能とする運用とする」と説明した。また、「地方自治体の意見を伺いながら柔軟な制度設計を進める」としていた。

報道(朝日新聞)によると、政府が3日に都道府県向けに配布した資料では、全額現金給付が認められるのは、「来年6月末までにクーポン給付を開始できない場合に限る」と政府が説明していたことがわかった。さらに、「クーポン給付ができなかった特別な事由」を記した理由書の提出も求めている。

これでは、地方自治体の判断を尊重すると言いながら、実際にはクーポン給付を強要するに等しいとして、野党は強く反発している。これを受けて立憲民主党は、全額現金給付を可能にする法案を10日午前、衆院に提出した。

地方自治体がクーポンではなく現金の給付を選択できる新たな政府の制度案では、事務負担の増加から地方政府が早期にクーポンを支給できないことへの対応となっており、現在批判が高まっている事務費増大への対応ではない。核心部分については問題を認めず、原則クーポン給付の方針を曲げない政府の姿勢が反映されている。

クーポン給付の問題は事務費だけではない

そもそも政府がクーポン給付にこだわったのは、現金給付よりもクーポンで給付した方が確実に消費に回る、との考えであったからである。過去の定額給付金、一律給付金では、相当部分が貯蓄に回ってしまったとの批判があったことから、このような対応を考えたのである。ただし、クーポン給付には時間がかかるため、早期に給付するために半分は、補正予算の成立を待たずに予備費で賄い、現金とする設計とした。

しかし、クーポンで給付すれば貯蓄ではなく消費に回る比率が高まる、という考えには強い根拠はない。ある種の誤解なのではないか。ただし政府がそのように強く考えるのであれば、その証拠を明確に示すべきだろう。

他方、個人としては何の購入でも使える現金の方が、クーポンでの受け取りよりも好むことは明らかである。政府の政策が、こうした個人の意向をすべて反映して決めなければならない訳ではないが、注意を払う必要はあるだろう。

このようにクーポンでの給付には、事務費の問題以外にも問題がある。こうした点も総合的に踏まえて、政府は制度の見直しを検討する必要があるだろう。

子ども給付は子ども支援や景気刺激策が狙いではないはず

7日の記者会見で松野官房長官は、クーポンは子育て関連商品の消費に回りやすい利点を挙げ、さらにクーポンの方が直接的に子どもを支援できるほか、消費を呼び込む創意工夫が起こることで、「民間事業者の振興や新たな子育てサービスの創出、消費の下支えにもつながると期待される」と説明した。

そもそも、子ども給付は、コロナ問題で打撃を受けた個人を支援するコロナ対策ではなかったのか。子どもの支援が狙いであれば、児童手当制度を拡充すべきだ。また、景気刺激が狙いなのであれば、個人への給付ではなく、より効果が大きい投資的支出にお金を使うべき、ということになる。子ども給付制度の目的が当初からかなり曖昧であることが、現在、議論が迷走している一因ともなっている。

準備や事務経費の負担を問題視していた大阪市の松井市長は7日に、子ども給付は全額現金とする意向を表明している。さらに、神奈川県の黒岩知事も10日に、全額を現金給付で統一するように国に求める意向を明らかにした。県内の自治体に聞き取ったところ、クーポン方式を希望する自治体はなく、現金給付を求める意見がすべてであったという。そこで県は、特定の条件を設けず、10万円全額を現金で給付できるよう国に要望するという。

最終的には政府のクーポン支給の方針はさらなる後退を余儀なくされ、最終的には現金給付で統一されていく可能性も出てきたのではないか。

(参考資料)
「10万円の全額現金給付に政府が条件 立憲「クーポンを事実上強制」」、2021年12月10日、朝日新聞デジタル
「子ども給付、全額現金給付も可能―官房長官「5万円クーポン基本」」、2021年12月7日、共同通信ニュース
「神奈川・黒岩知事、10万円給付「現金で統一を」」、2021年12月10日、日本経済新聞電子版

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。