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ECBは従来のハト派的スタンスの転換がより鮮明に

英国のイングランド銀行(中央銀行、BOE)は3日に、政策金利を0.25%から0.5%に引き上げる決定をした。昨年12月の会合に続き、2回連続での利上げである。さらに、満期を迎えた資産の再投資をやめて保有資産の削減を進める量的引き締め(QT)を同時に決定した。保有国債は2025年までに2,000億ポンド程度の圧縮となる。他方、200億ポンド規模の社債は、2023年末までに全額放出する。さらに、政策金利が1%を超えた時点で資産売却も検討する考えを示した。こうしたBOEの一連の決定は、概ね事前の予想通りであった。

ただし、委員会のメンバー9人のうち4人は、物価高騰を警戒して、0.25%でなく0.5%の利上げ実施を主張しており、0.25%の利上げは僅差での決定であったことが明らかになった。市場は、政策金利が5月までに1%に達する可能性を織り込んだ。

一方、BOEの会合と同日に理事会を開いた欧州中央銀行(ECB)は、事前予想通りに政策金利を据え置いた。しかし、インフレリスクが増大していることを認めて、年内に利上げに動く可能性を排除しなかったのである。従来のハト派的スタンスからの転換が鮮明となってきた。

理事会内で金融政策の早期正常化を求める声が高まる中、今まで年内の利上げを強く否定してきたラガルド総裁の発言が市場では注目されていた。ラガルド総裁は理事会後の記者会見で、「インフレは高止まりし、予想以上に長期化する公算が大きいが、今年を通じ鈍化する」との予想を示した。しかし他方で、「昨年12月時点の予測と比較すると、短期的にはインフレ見通しに対するリスクは上向きに傾いている」ことを認め、「明らかに状況は変化した」とやや踏み込んだ発言をした。

さらに、これまで示してきた年内利上げの「公算は極めて小さい」という発言を繰り返すことを避け、ハト派スタンスが転換したことを印象付けた。一定の少数派からは債券買い入れ規模縮小の加速を発表するなど、何らかの行動を取るべきという声も上がっていたと報じられており、理事会としてはタカ派的な意見が着実に高まっていることは明らかである。理事会前には市場は年内0.3%程度のECBの利上げを織り込んでいたが、ラガルド総裁の会見後には、0.4%~0.45%程度まで高まった。

孤立感を強める日本銀行

このように、BOE、ECBともに政策決定は予想通りの結果ではあったが、想定以上に金融引き締め、あるいは金融政策正常化に向けた姿勢が前傾化していることが確認されたのである。特に主要国の中で最も早く利上げに動いたBOEのスタンスは、今後の米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策、その市場見通しにも影響を与えるだろう。FRBが、3月に0.25%ではなく、0.5%のより大幅な利上げに動くとの観測や、その後も会合毎に連続した利上げに動くとの観測は、BOEの決定を受けて少なからず高まったのではないか。さらに、FRBが保有資産を圧縮する量的引き締め(QT)については、償還見合いでの圧縮にとどまらず、一部資産を売却するとの観測が今後出てくる可能性もあるだろう。

このように、各中央銀行の政策姿勢がお互いに影響を与えながら、全体として金融政策の正常化が急速に進みつつあるのが現状である。この利上げの流れに乗り遅れると、通貨安を通じて他国からインフレ圧力を押し付けられることになることへの警戒も、今後は各中央銀行で高まっていく可能性もある。その結果、次第に利上げ競争の様相が強まっていく可能性もあるだろう(コラム「 中央銀行がインフレの押し付け合いで利上げ競争の可能性も:日本にはしわ寄せのリスク 」、2022年2月2日)。

そうした中、孤立感を強めているのが日本銀行である。特に、従来ハト派的な姿勢を維持してきたECBのスタンスが転換してきていることが今回確認されたことは、日本銀行には大きな打撃となったはずだ。

日本銀行は金融政策の正常化に動く可能性は低く、他の中央銀行とのスタンスの違いはより強まる方向にある。そのスタンスの違いが、国内の物価押し上げにつながる、いわゆる「悪い円安」への懸念を金融市場、あるいは国民の間で一層強めることになりかねない。「悪い円安」を許す日本銀行の政策に対する批判が、今後国内で高まっていく可能性もあるだろう。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。