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緊急事態宣言の解除で個人消費が回復

内閣府は2月15日に、2021年10-12月期のGDP統計・1次速報を公表した。実質GDPは前期比+1.3%、前期比年率+5.4%と2四半期ぶりの増加となった。また成長率は2020年10-12月期以来、4四半期ぶりの水準である。ちなみに、事前予想の平均は前期比年率+6.1%であり(ESPフォーキャスト、2022年2月9日公表)、実績はそれをやや下回った。

前期(2021年7-9月期)には、実質個人消費、実質設備投資、実質輸出の3つの主要需要項目がともに減少したが、10-12月期にはいずれも増加に転じている。その中でも成長のけん引役を担ったのは、前期比+2.7%(前期比年率+11.2%)増加し、成長寄与度が同+1.4%にまで達した個人消費である。

同期の高い成長率の大半は個人消費によるものであり、2021年9月末に緊急事態宣言が解除されたことをきっかけに、消費主導での高成長が実現されたと言える。

ただし、昨年春から夏にかけて欧米で見られたような強い個人消費の回復、いわゆる「リベンジ消費」と呼べるほどの強さには至らなかった。感染問題の先行きへの警戒やエネルギー価格の上昇などが、個人消費の回復力を抑えたのである。また、昨年11月下旬に世界でオミクロン株の拡大が始まったことから、それが消費者心理に悪影響を与え、12月時点で既に個人消費は勢いを落としていた。

個人消費の回復は短命に終わる

年明け後に新規感染者数が急増したことを受けて、個人消費は再び明確に悪化に転じている。コロナ問題からの個人消費、そして国内景気の回復は短命に終わり、ここで一旦頓挫したのである。

新規感染者数の大幅増加、まん延防止措置が続く中、個人消費が再び本格的に持ち直すタイミングは、現状では未だ見えてこない。政府は2月10日に、2月13日に期限を迎える13都県を対象とする「まん延防止等重点措置」の期間を延長することを決め、また高知県を新たに対象区域とする決定をした。これによって、1月7日から始まったまん延防止措置の経済損失(個人消費減少額)は、2兆6,820億円に達すると試算される。

1-3月期は再びマイナス成長に

この2兆6,820億円の経済損失は、1-3月期の実質GDP成長率を前期比年率で7.7%ポイント押し下げる計算となる(コラム「 13都県まん延防止措置延長で経済損失は合計2.7兆円規模に 」、2022年2月8日)。その結果、1-3月期の実質GDPは前期比年率で+1%台の低い成長率となることが現時点では見込まれる。

ただし、2月20日に期限を迎える13道府県のまん延防止措置についても、今週中に延長が決められる可能性が高い。その場合、1-3月期の実質GDPは前期比で小幅なマイナス成長となる可能性が50%以上に高まるだろう。

実質GDPがコロナ前の水準を上回るのは2022年7-9月期と予想

1-3月期の国内景気の逆風となるのは個人消費だけではない。同期は輸出環境の悪化が見込まれる。特に中国向けの輸出鈍化はより明確になるだろう。中国経済は、恒大問題に代表される不動産分野の不況が昨年後半から続いている。さらに今年に入ってからは、新規感染の再拡大と北京五輪を意識した政府の「ゼロコロナ政策」が、経済活動をさらに悪化させているのである。

他国でも、昨年末から年初にかけてオミクロン株による新規感染者数の大幅増加が、経済活動に逆風となっている。それらが、1-3月期から4-6月期にかけての日本の輸出環境を厳しいものとするだろう。さらに、輸出環境の悪化は、設備投資の低迷にもつながりやすい。

2021年10-12月期の実質設備投資は前期比+0.4%と2四半期ぶりにプラスに転じたものの、その幅はかなり小さかった。輸出環境に逆風が吹く中、本格的な設備投資の回復は早くても2022年後半にずれ込もう。

これらを前提に考えると、日本の実質GDPがコロナ前の水準(2019年10-12月期)を上回るのは、2022年7-9月期と見込まれる。

感染問題よりも物価高が懸念

足元の個人消費は感染問題で再び悪化しているが、多少長い目で見た場合には、感染問題よりもエネルギー関連など、海外からもたらされる物価高の方が個人消費を持続的に悪化させる要因になるだろう。

賃金の低迷が続くなか物価上昇率が高まっていることで、消費者の購買力、生活水準の改善ペースを示す実質賃金は低下している。エネルギー価格高騰や食料品価格上昇の影響によって、消費者物価上昇率がしばらくの間はさらに高まり、実質賃金が大幅に下落する可能性が高い。

足もとでは購入頻度が高い品目、嗜好性が低い必需品の価格上昇がより顕著である。このことは、消費者が消費行動の変化で物価高の影響を回避することが難しいことを意味している。消費に悪影響が及びやすいタイプの物価高が進んでいるのである(コラム「 2極化傾向を強める国内の物価動向 」、2022年1月28日)。

毎月勤労統計調査によると、最新の昨年12月の速報値では、名目賃金(現金給与総額)は前年同月比-0.2%である一方、消費者物価は同+2.0%となり、実質賃金は同-2.2%と2020年3月以来の大幅下落となっている。

賃金は上がらない

現在行われている春闘の賃上げ率は、昨年の+1.8%程度から+2.0%程度へとやや高まることが予想される。しかし、この賃上げ率には1.8%程度の定期昇給分が含まれており、それを除いたベアこそが、一人当たり名目賃金(現金給与総額)の上昇率に概ね対応する。

そのベアの水準は、昨年はほぼゼロ、今年はやや高まると見込まれるが、それでも+0.2%程度にとどまることが予想される。政府は、賃上げ税制の強化と企業への強い働きかけという、いわば「アメとムチ」で賃上げを促そうとしているが、生産性向上がなく、先行きの成長期待が高まらない中では、企業が賃金を大きく引き上げることはないだろう。こうした中で物価上昇率が高まれば、個人消費に直接大きな打撃を与えるのである。

日本の春闘では、物価動向は賃金交渉に影響を与えるものの、先行きの物価見通しよりも前年の消費者物価上昇率の実績値を参照する傾向が強い。日本は、物価の変化に対して、バックワード・ルッキングな賃金決定システムなのである。前年の消費者物価上昇率(持ち家の帰属家賃を除く総合)は+0.4%とまだ低めであることから、今年の春闘の賃上げ率に物価上昇分が大きく上乗せされる可能性は低いだろう。

物価高騰と利上げが世界経済の強い逆風に

このように賃金上昇が物価上昇に追い付かない中、個人消費の下振れリスクが高まっているのは、日本のみならず世界的な現象である。さらに、物価高騰に対して、各国中央銀行は利上げ(政策金利の引き上げ)など金融政策の正常化で対応し始めている。しかし、供給側の要因にも多分に影響を受けている足元の物価高騰を、金融引き締め策で沈静化できるかどうかは不確実だ。

物価上昇による実質賃金の下落が景気を下押しする中、金融引き締めの進展による(実質)金利上昇がいずれ個人消費を大きく下振れさせる、いわゆるオーバーキルが、世界各国で生じる可能性がある。物価が安定に向かわなければ、そのリスクは来年にかけて着実に高まっていくのではないか。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。