予想外の資産買い入れ縮小ペース加速を決定も利上げは急がない姿勢
10日の理事会で欧州中央銀行(ECB)は、事前予想に反して資産買い入れの縮小ペースを加速する決定をした。資産買い入れプログラム(APP)による債券買い入れは5月から減らし始め、7-9月期にも終了させる方針が示された。債券買い入れ額は4月の月400億ユーロから5月は月300億ユーロ、6月は200億ユーロとなる。このペースで縮小させていけば、8月には買入れ増加額はゼロとなるが、それについては確定的ではなく経済環境次第である。
さらにECBは政策金利についてのガイダンスを変更し、現行よりも「低く」なり得るとの文言を削除したうえで、利上げは「緩やか」なものになるとの文言を付け加えた。また利上げ時期については、資産買い入れ終了「直後」との表現を改めて「しばらく後」とした。
今回の決定で、資産買い入れを終了させる道筋について示した一方で、資産買い入れ終了と利上げとを切り離し、利上げの決定についてはなお今後の状況次第と柔軟性を確保したのである。
ラガルド総裁は、「十分な時間をとってデータを検証し、不確実性が幾分後退したことを確認してから利上げを決定する」と、「しばらく後」という文言の意味するところを説明した。
ウクライナ侵攻で割れた意見
今回の決定は、ロシアのウクライナ侵攻前であれば、全く違和感のないものだった。物価高騰を受けて、2月の理事会では政策姿勢が一気にタカ派方向に振れていた。
しかし、ウクライナ侵攻で状況は変わったのである。それはエネルギー価格を一段と押し上げることになった一方、欧州地域の経済に下振れリスクとなり、また金融市場の不安定性を強めたのである。これを受けて、ECBが正常化をさらに加速させることを見合わせるとの見方が、今回の理事会の前には有力となっていた(コラム「 ウクライナ紛争後初のECB理事会は主要中銀の金融政策の試金石に 」、2022年3月9日)。
実際には、物価上昇リスクが高まる中、ECBが物価の安定回復に向けて強い姿勢を示す必要がある、との意見が多数派になったとみられる。ハト派のラガルド総裁は、今回の決定を必ずしも強く支持していなかった可能性がある。記者会見で総裁は、「今回の決定は正常化の加速ではない」と強調している。「決定されたのは、(正常化を)段階的に進め、我々が直面している不確実性が増していることを認識し、あらゆる状況の下で機敏に対応できるよう、選択の余地を広げることだ」としている。
また総裁は、今回の理事会ではメンバー間で激しい議論がなされ、政策決定についても意見が割れたことを明らかにしている。
物価の安定回復と引き換えに世界の景気が冷え込むハードランディングも
今回のECB理事会は、主要中央銀行の中ではウクライナ紛争後で最も早く開かれた会合だ。国・地域によってウクライナ紛争から経済・金融が受ける影響は異なるが、今回の理事会でのECBの決定は、ウクライナ紛争後の主要中央銀行の新たな政策姿勢を占ううえで、試金石の役割を果たしたのである。
同日に発表された米国の2月分消費者物価指数は、前年同月比+7.9%と1月の同+7.5%を上回り、1982年以来40年ぶりの高い水準に達した。ウクライナ紛争後のエネルギー価格の一段高の影響から、3月以降の消費者物価上昇率はさらに上振れる可能性が高い。3月15・16日の米連邦準備制度理事会(FOMC)では、利上げが実施される可能性がかなり高い状況だ。
ECBと並んで、米連邦準備制度理事会(FRB)、イングランド銀行(BOE)など主要中央銀行は、ウクライナ紛争によって経済や金融市場の不確実性が高まる中でも、物価高騰への対応を優先し、利上げを実施するとの見方が高まっている。
ただし、コロナ問題やウクライナ紛争という多分に供給側の要因に基づくエネルギー価格高騰、物価高騰に対しては、基本的には金融政策に有効な対応策はない。エネルギー価格や物価上昇率を十分に抑え込むには、需要が相当弱まる必要があるだろう。インフレリスクの明確な後退が確認できる時点まで各中央銀行が金融引き締めを続けるのであれば、物価の安定回復と引き換えに世界の景気が冷え込む、というハードランディングのシナリオの可能性が高まっていくだろう。
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