緊急経済対策を4月末までに取りまとめ
29日午前の閣議で岸田首相は、ロシアのウクライナ侵攻による物価高騰などへの対応として、緊急経済対策を4月末までに取りまとめるよう閣僚に指示した。まずは一般予備費、コロナ予備費を活用して迅速に対応し、その後に補正予算編成を行う2段階となる見通しだ。
原油価格高騰対策やエネルギーや食料などの安定供給、中小企業支援、生活困窮者への支援などが柱となるようだ。詳細な設計についてはこれから議論されるところだが、想定される主な対策の経済効果について以下で考えてみたい。
現在、ガソリン、灯油などの小売価格上昇を抑制するため、元売り業者に対して補助金が支給されている。ガソリン価格(レギュラー、全国平均)1リットル170円を超える部分に対して、最大25円の補助金が設定されている。この制度は、予備費を用いて4月末まで継続される。
ただし、足元の海外原油価格とドル円レートから試算すると、4月のガソリン価格(レギュラー、全国平均)は、補助金がない場合には1リットル195円程度となる。つまり、25円の補助金ではガソリン価格の上昇を抑えることができなくなるのである。そこで、補助金枠のさらなる拡大が、緊急経済対策に含まれる可能性が高いだろう。
ガソリン補助金の上乗せ措置
WTI原油先物価格が直近ピークの1バレル130ドル、ドル円レートも直近ピークの1ドル125円で先行き推移する場合を想定すると、補助金の影響を除くガソリン価格(レギュラー、全国平均)は、1リットル211円となる計算だ(コラム「 対ロシア制裁による原油価格一段高と国内原油高対策の限界 」、2022年3月7日)。
これを170円まで押し下げるには、合計で41円分の補助金が必要となる。既に実施されている25円分に16円分の上積みが必要となる。この追加措置が、緊急経済対策に含まれると考えてみよう。その場合、ガソリン価格の押し下げ効果は7.6%となる。消費者物価統計に占めるガソリンの比率は0.51%、灯油は0.06%である。両者の価格が7.6%押し下げられると、消費者物価指数は合計で0.043%押し下げられる。
内閣府の短期日本経済マクロ計量モデル(2018年版)を用いた試算によると、これは、GDPを1年間の累積で0.013%押し上げる計算である(補助金の上積み措置が1年間続くと想定)。
ガソリン税のトリガー条項の凍結解除の可能性
他方、ガソリン価格安定のために、ガソリン税のトリガー条項の凍結解除も緊急経済対策に含まれる可能性がある。ガソリンにはガソリン税(揮発油地方揮発油税)が1リットルあたり53.8円課税されている。このうち本来の課税より上乗せされている部分が25.1円だ。ガソリン価格が高騰した際に、この上乗せ部分を解除することができるというのがトリガー条項である。
しかし、2011年に東日本大震災が起きた際に、復興財源を確保するため、その発動を凍結する法的措置が取られており、そのまま今日に至っている。このトリガー条項の凍結を解除すればガソリン価格を25.1円下げることができる。
緊急経済対策の一環でそれが実施される場合、ガソリン価格は上記の想定1リットル211円をベースに計算すれば、11.9%押し下げられる計算だ。これは、消費者物価を0.06%押し下げ、GDPを1年間の累積効果で0.017%押し上げる計算となる(減税措置が1年間続くと想定)。
2つの原油高対策のGDP押し上げ効果はわずか+0.03%
補助金の上乗せと、ガソリン税のトリガー条項の凍結解除の2つの施策が同時並行的に実施されても、1年間のGDP押し上げ効果は+0.03%と小さい。ちなみに、年初から足元までの原油価格上昇は、GDPを1年間で0.26%も押し下げる効果を持つと試算される。上記の2つの試算では、この原油価格上昇が家計に与える打撃の1割程度とごく一部しか相殺できないのである。
それは、個人消費に占めるガソリン、灯油の比率が低いためだ。消費者物価指数でエネルギー関連全体のウエイトは4.7%あるが、ガソリンは0.51%、灯油は0.06%しかない。エネルギー関連で大きなウエイトを占めるのは、電気料金の2.6%とガス料金の1.5%であるが、これらは市場価格で決まっており、政府が直接影響を与えることができない。それゆえに、有効な原油高対策を講じることは難しいのである。
このタイミングで緊急経済対策は必要か
当コラムで既に書いたが(コラム「 景気対策よりもコロナ対策の徹底を 」、2022年3月25日)、このタイミングでの緊急経済対策実施には問題が多いと考える。上記の試算で確認できるように、その経済効果がかなり小さいというのもその理由の一つではあるが、それ以外に財政環境を一段と悪化させ、将来世代への負担や経済の潜在力に悪影響を与えてしまうことも心配だからだ。そもそも、まん延防止等重点措置の終了で、経済は持ち直し傾向に入っていることから、緊急の経済対策が必要となるタイミングとも思えない。
またこのような原油高対策は、国民から幅広くお金を集め、それを国民に幅広く配るという単純な構図である。それに政策的な付加価値は多く感じられないし、経済を活性化させるなどの効果があるとは思えない。物価高対策は、原油価格上昇でとりわけ打撃を受ける事業者など、「弱者」に絞った施策を中心とすべきではないか。今回の緊急経済対策の中でも、弱者救済的な施策が含まれれば、その部分については、一定の評価ができる。
3月21日まで続いたまん延防止措置による経済損失は、筆者試算によると4.0兆円である(コラム「 まん延防止措置延長で経済損失は合計4.0兆円。ウクライナ情勢による原油高の影響と政府の各種政策の評価 」、2022年3月3日)。この点から、対処療法的な原油高対策よりも、再び感染が拡大しないようにしっかりと予防策を講じるコロナ対策に注力する方が、経済の損失を小さくできるという観点からより意味は大きいのではないか。
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