政府は電気料金値上対策を来年1月以降実施へ
10月末までに政府が取りまとめる総合経済対策では、電気料金値上げへの対応がその柱となる。
消費者物価統計によると、8月時点で電気料金は前年同月比+21.5%上昇している。岸田首相は、来年春には電気料金がさらに一気に2割~3割上昇する可能性があり、それに対する激変緩和措置を講じると説明している。
2016年の電力自由化以降、家庭向け電気料金体系には、国の認可を得て設定する「規制料金」と電力会社が自由に設定できる「自由料金」の2種類がある。規制料金は、電力会社の発電コストとなる輸入原油、LNGの価格などと連動する「燃料費調整制度」に基づいて設定される。今までは海外市況の上昇や円安の影響によるコスト増加分を、電力会社は電力料金に転嫁してきたのである。
しかし、燃料費調整制度に基づく電力料金引き上げにも限度がある。電力会社が経産省に申請して認可を得た電力料金の1.5倍がその上限と定められている。電力大手10社すべてで、家庭向け電気料金はこの上限に達しているのである。
このため、この先は電気料金の値上げのペースは、全体としてはかなり鈍化することが予想される。他方、そうなれば、電力の調達コストが販売価格を上回る「逆ざや」に陥り、電力会社の収益が圧迫される。そこで、来年春には電力会社が経産省に新たに引き上げられた価格を申請し、それが認可されれば電気料金は再び大きく上昇する可能性がある。岸田首相は、大幅な値上げが予想される来年春を待たずに、来年1月以降、できるだけ早く導入する考えを示している。
補助金制度では、生活に余裕がある高額所得者まで財政支援することに
政府が具体的にどのような枠組みで、電気料金値上げへの対応策を講じるのかは、まだ明らかではない。しかし、負担増加分に相当する給付金を通じて家計を直接支援するような方式ではなく、コスト増加分の補助金を電力会社に与えることで、電力料金値上げを回避させる方式が、現在検討されているようだ。その場合、今年1月から実施されているガソリン補助金と似た制度となる。先手を打って補助金制度を導入することで、電力会社が電気料金値上げを申請することを回避させる狙いがあるのだろう。
その際には、ガソリン補助金制度と同様な問題が生じるのではないか。第1に、電気料金値上げの負担感は、家計の所得水準によって大きく異なるが、同制度の下ではすべての家計で一律に電気料金の値上げの回避が図られることになる。電気料金の値上げで大きな打撃を受けない所得水準が高い家計も、相当額の財政資金によって支援されることになってしまう。
家庭向けで2割の値上げ分を政府が補填すると年1.9兆円もの財政支出が必要な計算となる(コラム「 岸田政権が3重点分野の経済対策策定へ:所信表明演説の注目点 」、2022年9月30日)。これだけの資金を用いて、高額所得層まで支援するのは妥当ではないだろう。石油元売り会社に対するガソリン補助金についても、高額所得層まで支援することになってしまっており、その予算は今年12月分までで3.2兆円に達するのである。
財政負担が際限なく膨らむ懸念
第2に、電力会社のコスト増加分と補助金の金額が一致する保証がないことから、補助金の恩恵の一部が家計ではなく電力会社の収益に回る可能性があるのではないか。補助金を受けながら、電気料金の値上げを申請するところも出てくるかもしれない。
第3に、電気料金の値上げによる節電効果、あるいは脱炭素の取り組みなどを損ねてしまう面もある。
政府はガス料金の軽減策についても導入を検討している。このように、ガソリン・灯油の値上げ対策が電気料金値上げ対策に広げられ、さらにガス料金の値上げ対策にまで広げられる方向だ。このままでは、食料品の値上げ対策など、支援対象が際限なく拡大し、財政負担が膨れ上がってしまうことも懸念される。
景気対策としての政府の物価高対策は必要ない
物価高は個人消費にとって逆風ではあるが、足元の個人消費は比較的安定を維持している。新型コロナウイルス問題の悪影響が克服されてきているからだ。このような局面では、景気対策としての物価高対策は必要ないだろう。
必要があるとすれば、消費に占める電気料金の支払いの比率が高く、値上げが生活を圧迫する低所得者の生活を支援する、セーフティネット強化策としての対策だ。その場合には、限定された低所得者層をピンポイントで支援する給付のような支援策の方が適切だ。
賃金上昇期待が限られる中、物価高が長期化するとの懸念を個人が強めると、消費が大きく抑制されるリスクが高まる。この点から、目先の対応である政府の物価高対策よりも、物価高が長期化するとの懸念を和らげることが経済の安定維持の観点からは重要だ。中長期の物価安定の確保は、本来金融政策が担うべき領域である(コラム「 日銀に期待される物価高対策とは(8月消費者物価) 」、2022年9月20日)。
日本銀行には、金融政策の柔軟化を伴う形で、中長期の物価安定に対するコミットメントを改めて強く示すことを期待したい。その結果、「硬直的な金融政策のもとで悪い円安、悪い物価高がどこまでも続いてしまう」といった個人の懸念を緩和することができれば、日本経済の安定に貢献するのではないか。
輸入物価の上昇については、海外での商品市況の上昇よりも、円安進行の影響の方が大きくなってきている(コラム「 為替介入でも止まらない円安が物価高懸念の中心に 」、2022年10月13日)。金融政策の影響を大きく受ける円安を通じた物価高が長期化するとの懸念が、個人の間で高まってきているのである。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。