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給付はGDPを2001億円、0.04%押し上げると試算

岸田首相は、新たな物価高対策として、低所得世帯への現金給付を検討する考えを表明した。一律3万円を給付するほか、子育て世帯には子供一人当たり5万円を上乗せする考えだ。給付は今までも繰り返し実施されてきた施策であり、既視感が強いものだ。

2021年6月3日現在における全国の世帯総数は 5,191 万4千世帯であるが、給付の対象を仮に年収300万円未満とする場合、それは全世帯数の31.8%に相当する(厚生労働省「2021年国民生活基礎調査の概況」)。そのため、世帯当たり一律3万円の給付の総額は、4,953億円程度となる。

他方、同じく年収300万円未満の子育て世帯に子供一人当たり5万円を上乗せ給付すれば、給付総額は3,053億円程度となる(コラム「 物価高対策で子ども給付が再び議論に:年収300万円未満世帯対象でGDPを760億円押し上げ 」、2023年3月14日)。両者を合計すると、8,006億円となる。物価高対策の財源となる予備費である5兆円のうち、相当部分をこの給付に使うことになる。

一時的な所得のうち消費に回される比率が内閣府の試算に基づいて25%程度とすれば、この給付は個人消費及びGDPを2,001億円程度押し上げることになる。これは年間GDPの0.04%に相当するものだ。

給付は厳格な所得制限で的を絞った弱者支援に

これは景気浮揚効果としては小さいと言えるが、そもそも景気浮揚効果を狙って追加の物価高対策を実施することは適切ではないだろう。物価高が個人消費の逆風となっていることは確かであるが、実際の個人消費は比較的安定しており、決して緊急事態などではない。この先は、感染に関わる制限の緩和やインバウンド需要の高まりも、個人消費を相応に押し上げることが期待される。いたずらに規模を追求して景気刺激を狙う必要はないだろう。

追加の物価高対策を実施するのであれば、物価高による打撃が特に大きい家計、企業に的を絞って支援する施策とすべきだ。この点からも、低所得世帯への給付を仮に実施するのであれば、できる限り厳格な所得制限を設け、支援対象を限定すべきだ。

さらに、政府が現在検討しているのは、子育て支援と物価高で打撃を受ける低所得世帯の支援の双方を組み合わせた施策であるが、今回は、物価高対策の位置づけであることから、厳格な所得制限を設けたうえで低所得世帯への給付に留めるのが適切はないか。

この枠組みでは、低所得世帯のうち、子育て世帯と子供がいない世帯の間に不公平感も生じてしまう。さらに、バラマキ的な政策の色彩も強まってしまうだろう。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。