内閣不信任決議案提出を大義に衆院解散の可能性
にわかに解散風が吹き始めた。岸田首相は13日の記者会見で、記者から衆院解散の可能性について問われたのに対して、「いつが適切なのか、諸般の情勢を総合して判断していく。会期末間際になっていろんな動きがあると見込まれる。情勢をよく見極めたい」と語った。さらに、野党が内閣不信任決議案を提出した場合の対応を問われると、「お答えを控える」とした。今までは、解散について問われると「考えていない」と岸田首相は答えていた。それとは明らかに異なる発言に、衆院解散の観測が一気に高まったのである。
また14日には、「野党が内閣不信任決議案を16日に提出すれば、同日中に衆院解散を表明することを岸田首相が検討している」との報道が流れた。仮にそのような表明がなされた場合、それは野党の内閣不信任決議案をけん制する意図のようにも見えるが、そのもとで内閣不信任決議案の提出を見送れば、野党は「弱腰」との批判を受けてしまう。結局、内閣不信任決議案が提出される可能性が相応にある。
この点から、野党による内閣不信任決議案の提出を引き出し、それを理由(大義)にして衆院解散を正当化する意図が、政府にはあるようにも見える。
今が衆院解散の最適なタイミングか
仮に岸田首相がこのタイミングで衆院解散を決める場合、その狙いについては必ずしも明らかではない。衆院は2021年10月の前回選挙から、4年の任期の折り返し点さえ過ぎていない。また、2022年7月の参院選で勝利し、岸田首相は国政選挙が3年間行われない「黄金の3年を手に入れた」とされた。そこから1年足らずで「黄金の3年」を自ら放棄してしまうのである。
それでも、岸田首相が衆院解散を決める場合には、現時点が最適のタイミングとの判断があるのだろう。そして選挙で勝利することで、それを脆弱な与党内基盤の強化につなげ、政策の実効力を高めることを狙うのだろう。さらに、選挙での勝利を自民党総裁の再選につなげ、長期政権を狙うのではないか。
支持率調査の結果から判断すると、現時点での衆院解散が岸田首相にとって最適であるかどうかは微妙なところだ。12日にNHKが発表した世論調査結果によると、内閣支持率は、支持するが43%、支持しないが37%である。広島サミットの影響もあり支持率が改善した5月の支持する46%、支持しない31%から悪化している。
しかし、統一教会問題などで支持率が大きく悪化した昨年と比べれば、支持率は改善傾向にあると言える。この先、支持率がさらに大きく改善する見込みがないのであれば、今は岸田首相が解散総選挙に打って出るのに適当な時期であるかもしれない。
それでも、選挙協力を巡る自民党と公明党の溝、野党「維新の会」の躍進、足元ではマイナンバーカードを巡るトラブルなど、不安材料は少なくない。
経済環境が比較的良好で株価が堅調なうちに衆院解散に踏み切る
他方、選挙結果にも大きな影響を与える経済環境についてはどうだろうか。2023年1-3月期の実質GDPは前期比年率+2.7%と高めの成長率である。2021年11月の岸田政権発足時には、新型コロナウイルス問題が依然深刻であり、経済活動の強い制約になっていた。しかし現状では同問題はかなり緩和され、それが個人消費の堅調をもたらしている。現在、経済環境は比較的良好なのである。さらに足元では株価が連騰を続けており、良好な経済環境と合わせて、選挙で岸田政権に有利に働くだろう。
一方、海外では歴史的な物価高騰、中央銀行による大幅利上げ、欧米での銀行不安を受けた貸出抑制の影響から、年後半の経済は減速傾向を強める可能性がある。そうなれば、輸出の悪化によって日本経済も相応に打撃を受け、株価の上昇傾向も終わる可能性がある。
こうした海外情勢を踏まえると、経済環境が比較的良好なうちに衆院解散に踏み切るのは、岸田政権にとっては合理的な判断と言えるかもしれない。
ところで、衆院解散の観測が高まる中でも、株高には目立った影響がみられない。政治情勢の不安定化を警戒しているようには見えない。株式市場は岸田政権の継続を予想しているだろう。良好な選挙結果を受けて、岸田首相が党内での政権基盤を強化し、経済政策の実効性を高めるとの期待があるのかもしれない。
選挙で独自の政策をアピールできるとの判断か
「黄金の3年」を有効に活用すれば、岸田政権は独自の政策をより遂行できる可能性がある。ただし岸田首相としては、この1年半強の間に、既に選挙で有権者に強くアピールできる新たな政策を、かなり打ち出すことができた、と判断しているのではないか。
外交・安全保障面では、防衛費増額、広島サミットの成功、日韓関係改善、経済安全保障政策の推進などを成果とすることができるだろう。国内のエネルギー政策では、評価は分かれるところだが、原発の稼働期間延長なども指摘できる。
経済政策の分野では、GX投資、資産所得倍増計画(新NISA)、今春闘での賃上げ、少子化対策、労働市場改革、スタートアップ支援などが成果と言えるかもしれない。「新しい資本主義」を掲げた岸田政権の経済政策は、当初は具体性を欠いていた面もあったが、過去1年間で肉付けが進んでいった。
財源も確保して初めて経済政策は完結
ただし、大規模や予算が計上される「歳出拡大三兄弟」と呼ばれる防衛費増額、GX投資、少子化対策については、見切り発車的に先行して支出される一方、財源の確保が遅れる、あるいは財源確保の明確な目途が立っていない、という大きな問題がある。GX投資は当面つなぎ国債で賄われ、財源確保はかなり後となる。少子化対策についても同様の方針だ。防衛費増額については、既に支出は今年度から始まっているが、財源の一部である増税については、いまだ確定していない。
こうした政策は、総論では賛成が得られやすいが、ひとたび財源の議論になると、与党内からも反対意見が噴出する。支出を開始するだけでなく、財源確保を固めて初めて、経済政策は完結し、評価されるものである。しかし、それが十分にできていないのが現状だ(コラム「 防衛費増税時期のさらなる先送り:岸田政権の目玉政策はすべて財源確保先送りに 」、2023年6月14日)。岸田政権の与党党内での政権基盤が弱いことが背景にあるだろう。
財源議論は選挙の争点に
さらに、労働市場改革、スタートアップ支援などについては、まだ具体策もまとまっていない段階だ。経済政策の分野で岸田政権が国民の審判を仰ぐのであれば、政策の案を示すだけでなく、それを実行し、さらに財源確保の議論も完結させてから国民に問う必要があるのではないか。
現時点での衆院解散は、既に述べたように選挙戦略の観点からは一定の合理性があるように見えるが、それは国民目線とは異なるだろう。「黄金の3年」をできる限り有効に使い、財源も含めて各種経済政策をまずは完結させて欲しい、というのが国民の思いであるかもしれない。仮に総選挙となった場合、この点についても重要な争点となるのではないか。
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