ロシアで歴史的な規模で人口減少が進む
先進国による経済制裁、海外企業撤退の打撃に加え、ウクライナ侵攻後のロシア経済に大きな悪影響を与えているのが、深刻な人口減少、労働力不足問題だ。
ロシアの人口は1994年に1億4,900万人でピークに達した。その後は変動を繰り返しながら減少トレンドを辿り、2021年時点では1億4,500万人だった。
ロシア連邦統計局によると、新型コロナウイルス問題によって人口は2021年に100万人以上減少した。この減少幅はソビエト連邦崩壊以後で最悪である。そこに加わったのが、ウクライナ侵攻の影響だ。
ウクライナ侵攻後には、前線への兵士の派遣や民間人の国外移住が加速したこと、約30万人が戦争に動員されたことから人口減少が加速した。その結果、労働市場の逼迫が強まり、経済活動の逆風となっている。
ウクライナ侵攻以来、これまでに100万人以上がロシアを出国したとの試算がある。これは2020年時点での人口の0.7%程度に匹敵する規模だ。今回の人口流出は、1917年のロシア革命後、1991年のソ連崩壊後と並んで、ロシア史上最大規模となっている。
ロシア中央銀行によると、今年第1四半期にロシア企業が報告した労働力不足は、1998年のデータ収集開始以降で最大になったという。またコンサルティング会社フィン・エクスペルチザの分析によると、昨年末時点でロシアの35歳未満の労働者数は、1990年代初め以降で最低水準にまで落ち込んだ。
国連は、ロシアの人口は、今世紀末までにさらに20%以上減少する可能性があると見ている。
新型コロナウイルス問題の発生とそこからの回復の過程で、労働力不足は世界共通の課題となっている。それが多くの国で高騰した物価の沈静化を妨げている面がある。しかし、人口減少という長期的な問題と、ウクライナ侵略の影響がある分、ロシアの労働力不足は他国と比べても際立っているのである。
ロシア政府がロシア人の国外移住を食い止める施策を打ち出す
ロシア財務省は、ウクライナ戦争が始まった際にロシア国外に逃れ、トルコやアルメニア、中央アジアなどからリモートでロシア国内の仕事を続けている何十万人ものロシア人労働者に対して、課税する案を発表した。
他方で政府は、税制優遇措置や低利融資、有利な条件での住宅ローンをハイテク業界の労働者に提供してきた。いわば「アメとムチ」の双方の政策で、ロシア人の国外移住を食い止めようとしているのである。
それでも十分な成果を上げられないことから、プーチン大統領は5月に、新たな人口流出反転策の策定を政府担当者らに命じている。
労働力不足は、プログラマーやエンジニアから溶接工、石油採掘業者に至るまで多くの分野に広がった。労働需給の逼迫を受けてロシア企業は賃上げを余儀なくされているが、それが企業利益を圧迫し、設備投資計画の修正を迫られている。またロシア中央銀行は、賃金の上昇がインフレ率を押し上げていることを強く警戒している。
深刻な労働力不足はロシア経済の将来の成長に暗い影
他方、労働力不足を補うために、ロシアでは外国人労働の受け入れが進んでいる。ロシアへの出稼ぎ移民、特に中央アジアの近隣諸国からの労働力だ。ただし、ロシア中銀によると、昨年のロシアへの出稼ぎ移民の数は全体としては増加したものの、ウクライナ侵攻の影響からか、高度な専門能力を持つ外国人の数は逆に29%減少したという。
先日開かれたロシアの「国際経済フォーラム」でも、労働力不足は大きく取り上げられ、10以上のセッションで労働市場の問題が中心議題となった(コラム「 ロシアは経済の欧米離れ、ドル離れを強調も、中長期的な成長戦略は見えない 」、2023年6月20日)。またロシア中銀によると、生産年齢人口の男性が不足する中、製造業は女性や高齢者の雇用を増やすことで対応しているという。
ロシア中銀のナビウリナ総裁は、労働力不足が、足元の経済活動の逆風となっているだけでなく、「将来の生産拡大を制約する大きな要因になっている」と語っている。深刻な人口減少と労働力不足は、足元のロシア経済を制約するだけでなく、ロシア経済の将来の見通しに暗い影を投げかけている。
(参考資料)
"Russia's Big Economic Problem: Not Enough Workers(ロシア労働力不足、経済の大問題に)", Wall Street Journal, June 16, 2023
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