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恒大の債務再編交渉の難航が申請の背景

中国の大手不動産デベロッパー恒大集団は17日に、米連邦破産法15条の適用をニューヨーク・マンハッタン地区の連邦破産裁判所に申請した。いわゆる破産申請である。

米連邦破産法15条は、米国籍以外の企業が、米国内の資産を保護する目的で申請するもので、認められれば債権者による資産の強制的な差し押さえを回避できる。

恒大は2021年に経営不安に直面し、2021年12月にはドル建て債のデフォルト(債務不履行)に陥った。その後恒大は、ドル建て債の保有者と債務再編交渉を続けてきたが、難航したままだ。今回の米連邦破産法15条の適用申請は、米国での資産を保全することで、8月28日に予定している外貨建て債券の保有者との債務再編交渉を有利に進める狙いがあるとみられる。恒大が米国に保有する資産はわずかとみられることから、申請はややシンボリックな動きとも言えるだろう。国際的な債務再編交渉では、取引を最終的に取りまとめる過程で、同条の適用申請が必要になることがあるという。

規制強化で恒大は資金繰りは一気に悪化

習近平国家主席は、「住宅は投機のためのものではなく、生活のためのものであるべき」として、過剰な債務を通じて住宅販売を拡大し住宅価格を押し上げる中で巨額の利益を上げていた不動産デベロッパーへの規制強化に乗りだした。2020年夏には不動産大手の財務状況への監視が強化され、負債比率などによって資金調達を制限する「3つのレッドライン」が設定された。これをきっかけに恒大は資金繰り難に陥り、経営環境は一気に悪化したのである。

銀行借り入れが厳しくなることで、住宅の建設会社などへの支払いが滞った。その結果、住宅の建設が止まると、個人は住宅購入に非常に慎重になっていった。中国では、住宅建設が完成し引き渡されるよりも前に、個人がデベロッパーに購入代金を支払うのが一般的であり、デベロッパーはそれを債務の返済や建設会社などへの支払いに充てていた。しかし、住宅販売が減少すると、こうした資金の流れは行き詰ったのである。

恒大は2021年12月にドル建て債のデフォルトを起こし、2022年3月には株式の売買は停止された。

恒大が7月に発表した2021年と2022年の12月期連結決算の最終赤字は計約5,819億元(約11兆6,500億円)となり、債務超過に陥った。恒大は現在、地元の広東省政府などの支援を受けながら再建を進めている。

恒大は3月下旬に、最長12年の債券や関連会社の株式への転換を盛り込んだ外貨建て債務の再編計画を公表した。しかしこれを受け入れたのは一部の債権者に留まり、債務再編交渉は難航していた。今回の米連邦破産法15条の適用申請は、こうした流れの下で出されたものである。

再び広がりを見せ始めた不動産デベロッパーの経営不安

このように、恒大の米連邦破産法15条の適用申請は、中国の住宅市場の問題と恒大の債務再編交渉の難航を示すものではあるものの、先行きの中国の住宅市場や経済、金融情勢を占う観点からより注目すべきなのは、足元で、恒大以外の不動産デベロッパーにも経営不安が一気に広がり始めたことだ。

中国の大手不動産開発会社「碧桂園(カントリー・ガーデン、広東省仏山市)」は、発行したドル建て社債2本(総額2,250万ドル)の保有者に対して、8月7日が期限であった利払いを履行できなかった。30日間の猶予までに支払いができなければ、9月にデフォルト(支払い不能)となる。(コラム、「 中国大手デベロッパー・碧桂園にデフォルト懸念:深まる中国の不動産不況と経済の長期低迷リスク 」、2023年8月15日)。

金融市場は既に、碧桂園の社債のデフォルトや大規模な債務再編を織り込んでいる。人民元債は14日から売買停止となった。また米ドル債の価格は大幅に下落し、流通利回りは実に3,000%を超えた。株式時価総額は、ピーク時の2018年1月から9割以上減少している。

碧桂園の債務総額は1兆4,348億元で、このうち住宅の引き渡しが済んでいない顧客に対する「契約負債」が6,681億元と約47%を占めているという。同社は既に、債務再編交渉を開始していると見られ、ロイター通信は、9月2日償還の私募債について「今後3年で7回に分けて分割償還する」との計画を伝えている。

恒大問題が表面化した2年前よりも事態は深刻

中国の不動産デベロッパーの経営不安は、さらに広がりを見せている。不動産販売20位の遠洋集団控股は14日に、2023年1~6月期の最終赤字が170億~200億元と巨額に上ったとする見込みを公表している。

今回の恒大の米連邦破産法15条の適用申請は、いわば過去の問題が反映された性格のものといえるが、足もとで悪化を始めた住宅市場と他のデベロッパーの経営不安、デフォルトリスクの高まりは、同業界の事態が再び悪化を始めたことを意味している。

それは、不動産市場の調整、中国経済の悪化、シャドーバンキングなど金融問題の深刻化などと連動する動きである。長引く不動産不況、人口減少などから中国の成長力が一段と低下している点を踏まると、2年前に恒大の経営不安が表面化した時よりも、現在の事態はより深刻なのではないか。

(参考資料)
「「中国恒大」破産申請 米ドル建て債務再編協議の前進狙う」、2023年8月18日、毎日新聞速報ニュース
「不動産大手の中国恒大集団、米国で破産法の適用申請」、2023年8月18日、日本経済新聞電子版
「中国の不動産最大手・碧桂園に債務再編の足音 販売縮小、米ドル債利回り3000%超」、2023年8月16日、日本経済新聞

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。