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中国人民銀行が金融緩和を実施

中国人民銀行は8月21日に、1年物LPR(最優遇貸出金利)を3.55%から3.45%に引き下げる金融緩和策を決めた。引き下げは6月以来2か月ぶりで、今年2回目となる。

先週15日には、このLPR算出の基礎となるMLF(中期貸出制度)の1年物金利が0.15%引き下げられたことから、今回の措置は予想されていたことだ。しかし、住宅ローン金利の目安である期間5年超のLPRについては予想に反して据え置かれたことが、金融市場では失望を呼んでいる。人民元安を加速させるリスクに配慮した可能性が考えられる。

足元では不動産セクターの調整が目立っており、大手不動産デベロッパーの外貨建て社債のデフォルト(債務不履行)懸念や、不動産に関わる信託商品のデフォルトが表面化してきている(コラム「 中国恒大がNYで連邦破産法15条の適用申請:中国不動産問題は恒大の経営不安が表面化した2年前よりも深刻 」、2023年8月18日、「 深まる中国シャドーバンキング(影の銀行)の問題 」、2023年8月18日)。さらに新規融資は7月に2009年以来の低水準となっており、資金需要の弱さと資金ひっ迫の双方が生じている可能性を示唆している。

「地方融資平台(LGFV)」の改革にも乗り出す

そうした中、中国人民銀行は、経済と金融の安定を狙って、金融緩和の強化に乗り出したのである。また20日に発表した声明では、大手国有銀行を中心に主要な金融機関は融資を増やさなければならないと指摘し、融資の拡大を促した。

さらに、大きな金融リスクと長らく考えられてきた、地方政府の資金調達を担う「地方融資平台(LGFV)」の改革にも乗り出している。中国人民銀行は、地方融資平台に低コストで長期の流動性を提供するため、市中銀行とともに特別目的事業体(SPV)を設立する案を検討しているとの報道がある。これには、地方融資平台の流動性危機を回避する狙いがある。仮に地方融資平台の発行する社債のデフォルトが広がれば、そこに投資をする投資信託の一種である理財商品のデフォルトを誘発しかねない。それは、銀行、保険会社に大きな損失をもたらし金融不安につながる可能性があることに加え、銀行預金の代替商品として理財商品に投資をする多くの個人に損失をもたらし、社会問題化しかねない。

同時に政府は、地方政府の「隠れ債務」とされる約20兆円に上る地方融資平台やその他のオフバランスの債務を、地方政府に付け替えることを検討している。そのため、地方政府に1兆5,000億元(約29兆9,000億円)規模の特別借換債の発行を認める計画だ。これを用いて、地方融資平台などの債務を地方政府が肩代わりすることで、破綻を回避する狙いがある。さらに、地方融資平台が発行する社債の「暗黙の政府保証」をなくす狙いもあるだろう。この「暗黙の政府保証」が市場機能を歪め、債務の拡大と金融リスクの増加を助けてきたためだ。

不動産セクターへの支援は依然として積極性を欠くか

このように、金融危機回避に向けた政府と中央銀行の取り組みは加速してきたが、リスクの底流にある不動産セクターへの支援は依然として積極性を欠いているように見える。不動産デベロッパーの儲けすぎや、住宅価格の行き過ぎた高騰を修正するという、「正常化」、「構造改革」を進めることが一方で必要、との認識が政府にあるためではないか。そうしたもと、中国での不動産不況、シャドーバンキングの混乱、景気悪化は三位一体のように継続することになるだろう。

不動産市場の調整をきっかけに、米国での金融不安が世界に波及したリーマン・ショックと似たような問題が今後起こる、という中国版の「リーマン・モーメント」を懸念する声も出ている。ただし、当時の米国のように、中国で大手銀行の経営が揺らいで金融システムが大きく混乱するリスクは大きくないだろう。さらにシャドーバンキングや中堅・中小銀行の問題も、基本的には国内問題であり、海外に直接波及することはないのではないか。

他方、金融の問題は中国経済の低迷をもたらし、それが海外での経済の悪化を通じて、不動産市場の調整や金融問題を引き起こすという経路には注意しておく必要があるだろう。それを通じて、中国の不動産市場の調整と米国の不動産市場の調整、中国の信託商品、理財商品、地方融資平台といったシャドーバンキングの問題と米国のファンドなどノンバンクの問題が、共鳴し合うかのように、同時に進行する可能性はあるだろう。

(参考資料)
「中国、地方政府に1.5兆元規模の特別借換債の発行認める計画-財新」、2023年8月20日、ブルームバーグ
「中国金融当局、地方政府の債務問題解決へ協調対応進める=人民銀行」、2023年8月20日、ロイター通信

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。