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政府は住宅購入支援策を打ち出した

中国で不動産不況が続く中、政府は不動産市場を支える施策をようやく打ち出し始めた。上海や深センなどの大都市では、不動産購入に関する一部の規制が緩和されたのである。今までは、2回目の住宅購入時に求められる住宅ローンの頭金比率や金利水準は、1回目の住宅購入時よりも高く設定され、投機的な住宅投資を抑える措置が取られていた。しかし今回、一定の条件下で、これらは1回目と同程度にまで引き下げられることになった。この結果、高額物件への買い替えや投機的な要素も含む投資が促される。

中央の指導部はここ数年、徹底して「住宅は居住用であり、投機用ではない」と言い続け、投機的な動きを封じ込めようとしてきた。この点を踏まえると、今回の措置は大きな軌道修正である。その兆しは、7月に見られていた。習近平国家主席は7月24日に、中国経済を議論する党中央政治局会議を開催した。その際、政治局の声明の中から、「住宅は住むためのもので、投機の対象ではない」という習国家主席のスローガンが削除されていたのである。

今回の住宅購入支援措置は、一定のプラスの効果を住宅市場にもたらすだろう。それでも、不動産不況を終わらせ、回復軌道に乗せるほどの力はないとみられる。そもそも、直接の対象となるのは大都市であり、不動産市場の多くを占める中小都市への好影響は限られるだろう。不動産の供給過剰問題は、中小都市でより深刻だ。

イデオロギーや政治システムが経済に逆風か

さらに政府は、積極的な大型経済対策で、中国経済を刺激する考えはないように見える。習近平国家主席は、経済よりも安全保障を重視する姿勢との指摘がある。政府支出を、給付などを通じて個人消費を支える目的で使うことは浪費を促すことになり、それよりも、経済、軍事面で米国に対抗するために、製造業の強化に財政資金を使う考えなのだろう(コラム「 積極景気刺激策の実施に慎重な中国政府の姿勢にリスク 」、2023年9月5日)。

習氏の腹心の1人である李強氏が今年初めに首相に就任した際、政権がビジネス寄りの成長志向の姿勢に変わるかもしれないと期待する向きも少なくなかった。李強氏は上海市のトップを務め、現実主義者として知られていた。

ところが実際には、経済政策に変化は起きなかった。それは、習近平国家主席に権力が集中しているためとの指摘がある。

中国の経済専門家が、大規模な経済対策が必要と主張するなか、当局の幹部は大規模な景気刺激策を打ち出したり、重要な政策変更に踏み切ったりすることができずにいるという。経済に関する日常的な責務を負う、国務院をトップとする政府組織が新たな政策を打ち出す際には、習近平国家主席の承認を得る必要がある。これは、国務院と政権ナンバー2の首相が経済政策の決定により大きな裁量を与えられていた以前の状況とは異なるのである。

習近平国家主席が重視するイデオロギーや現在政策決定における政治システムが、政府の積極的な経済対策の実施を阻み、中国経済を長期停滞に導くリスクが指摘され始めている。

(参考資料)
"Beijing Throws China's Housing Market a Bone(中国、住宅市場に救いの手)", Wall Street Journal, September 13, 2023
"Xi's Tight Control Hampers Stronger Response to China's Slowdown(習氏のワンマン体制、景気対策の遅れに拍車)", Wall Street Journal, September 12, 2023

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。