来年の春闘に焦点が当たる
植田総裁のインタビュー記事をきっかけに浮上した早期政策修正観測は、9月決定会合後の記者会見における植田総裁の否定的なコメントを受け、一定程度沈静化した感がある。それでも、10年国債利回りは10月2日に0.775%程度まで上昇し、10年ぶりの高水準を更新している。米国での長期国債利回り上昇の影響に加えて、年明け後の日本銀行のマイナス金利解除の観測が依然根強いためだ。
植田総裁は記者会見で、2%の物価目標が達成と判断し、本格的な政策修正を実施する時期は決め打ちできないことを何度も強調した。賃金上昇を伴う持続的、安定的な2%の物価目標達成が見通せるようになるかどうかに、来年の春闘の結果が大きく影響することは疑いがない。植田総裁は春闘のタイミング以外でも常に賃金のトレンドは変化しうることを指摘したが、それでも春闘の結果が重要であることは確かである。
「今年度後半は、物価目標達成見極めの重要な局面」とのコメントも
日本銀行が2日に発表した9月決定会合の「主な意見」は、金融政策姿勢を巡って、政策委員の間で温度差がさらに開いていることを確認させるものとなった。「現時点では、賃金の上昇を伴う形で、物価安定の目標の持続的・安定的な実現を見通せる状況には至っておらず」と慎重なコメントがある一方、「予想物価上昇率に上昇の動きがみられ、やや距離はあるが、「物価安定の目標」の達成に近づきつつあるため、今年度後半は、来年に向けた賃上げ動向も含め、その見極めの重要な局面となる」、「2%の持続的・安定的な物価上昇の実現が、はっきりと視界に捉えられる状況にあると考えており、来年1~3月頃には見極められる可能性もある」など、かなり前のめりのコメントも出ている。
来年の春闘で2%の物価目標と整合的な賃上げ率の実現は難しい
実際には、来年の春闘で2%の物価目標達成と整合的な賃金上昇率が実現する可能性は低いだろう。黒田前総裁は、持続的、安定的な2%の物価上昇率と整合的な賃金上昇率は3%程度としていたが、それは今年の春闘でのベア2%強や中小・零細企業も含む足もとでの所定内賃金上昇率の1%台半ば程度と比べて、まだかなり距離がある。予想外に上振れた今年のベアからさらに大きく加速しない限り、2%の物価目標達成と整合的な賃金上昇率が実現できないのである。
今年の年初で全同月比4%を超えていた消費者物価上昇率は、来年年初には半分程度の2%強まで低下するとみられる。
足もとの原油価格上昇や円安を受けても、先行きの物価上昇率は再び高まらないとの見通しが、2日の日銀短観(9月調査)では示された(コラム「 事前予想を上回った企業景況感(9月短観):物価安定傾向が強まり2%の物価目標達成は遠のく:中国経済の下振れは引き続きリスク 」、2023年10月2日)。
企業の賃上げ姿勢は変わったともされるが、今年の賃金上昇率が予想以上に上振れたのは、物価高騰の影響が大きい。その物価高騰も山を越えて、物価上昇率が低下方向を辿る中、来年の賃金上昇率は引き続き高水準ながらも今年の水準を下回ると見ておきたい。少なくとも、3%まで加速する可能性はかなり低いだろう。
2%の物価目標へのこだわりを捨て本格的な政策修正に踏み切るべき
2%の物価目標の達成は、来年の春闘を経てもなお見通せないと考えられるが、物価上昇率や企業・家計の中長期の予想物価上昇率はかなり上振れており、これを放置することは経済の安定の観点からは望ましくない。日本銀行は、2%の物価目標へのこだわりを捨てたうえで、マイナス金利解除など本格的な政策修正に踏み切るべきだ。
日本銀行は、2%の物価目標達成が見通せる状況ではなくても、表面的な物価上昇率が2%を超えている状況を踏まえて「それが見通せた」として、政策修正に踏み切ることも可能ではある。しかしそれはかなり危険な選択なのではないか。2%の物価目標達成を前提に本格的な政策修正に踏み切れば、金融市場では短期金利は早晩2%を上回るとの期待を強め、その結果、10年国債利回りは2%を大きく上回って上昇する可能性も出てくる。
本当に2%の物価安定目標が達成され、予想物価上昇率が2%程度で安定するのであれば、10年国債利回りは2%を大きく上回っても経済に大きな打撃とはならないが、予想物価上昇率がそこまで高まらない中、10年国債利回りが2%を大きく上回れば、経済に甚大な悪影響を与えてしまう。その結果、日本銀行は、「政策修正が拙速であった」と強い批判を浴びることになるだろう。
来年春闘直後の4月決定会合での政策修正は難しいか
この点を踏まえると、2%の物価目標達成はなお見通せないとする一方、その結果としてさらなる長期化が余儀なくされる金融緩和の持続性を高めるため、副作用軽減を狙った修正を行う、との口実で、日本銀行は政策修正を段階的に進めることが予想される。これであれば、金融市場と経済を混乱させることなく、政策修正を緩やかに実施することが可能である。
しかし、そうした説明のもとで政策修正を実施するには、一定程度時間をかけて、金融市場に政策意図を説明し、また政策修正を織り込まれせる必要がある。そのため、来年の春闘直後の4月の決定会合で日本銀行が政策修正に踏み切る可能性は限られるのではないか。政策修正の時期は、来年後半以降になると見ておきたい。
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