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9月の雇用者増加数は過去8カ月で最大に

米国労働省が10月6日に発表した9月分雇用統計で、非農業雇用者数は前月比33万6,000人増加した。増加幅は過去8か月で最大となり、上方修正された前月8月の22万7,000人増を大幅に上回った。

足元の金融市場では米国長期金利が上昇を続ける中、ドル高傾向が強まる一方、株価が調整している。世界的にも金融市場が不安定化している悪いタイミングで、この予想外に強い雇用統計が発表されたことになる。

9月は、幅広い業種で雇用者数は増加した。レジャー・接客は9万6,000人増加と、全体の雇用増加を主導した。そのうちレストランとバーは6万1,000人増加し、コロナ禍前の水準を回復した。ヘルスケアは4万1,000人増、製造は1万7,000人増となった。全米自動車労働組合(UAW)のストライキによる影響は9月の統計には反映されていない。一方、ハリウッドのストの影響で、映画関連業界の雇用者数は7,000人減少した。他方で、将来的な雇用の方向性を示すとされる人材派遣は引き続き減少している。

米国の実質GDP成長率は3四半期連続で低下し、4-6月期に前期比年率+2.1%となった。しかしアトランタ連銀のGDPNowの最新値は、7-9月期の成長率は年率+4.9%と再加速を示している。9月分雇用統計は、夏場の米国経済が再び勢いを強めたことを反映していると言えるだろう。また、7月以降の米国長期金利の上昇やドル高進行の背景にも、こうした米国経済環境の変化があると言える。

インフレ圧力の低下傾向は続き、FRBはビハインドザカーブに陥っていない

しかし、なお高水準ながらも着実に低下を続けてきた米国の物価上昇率が、再び反転するリスクが高まっている、とは言えないだろう。労働需給を示す失業率は、9月に3.8%と前月と同水準だった。さらに時間当たり賃金は、前月比+0.2%と低めの増加率に留まり、前年同月比は+4.2%と8月の+4.3%から低下して、2021年6月以来の低水準となった。

雇用者数は予想外に上振れたものの、全体として米国のインフレリスクが低下を続けているとの見方を覆す統計とはならなかったのである。さらに、米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策が物価上昇率の再加速を許すビハインドザカーブに陥っていることを示すものではなかったため、金融市場がパニックに陥ることもなかった。またFRBも、足もとでの長期金利上昇が追加利上げと同等の景気抑制効果を既に発揮していることも考慮に入れるとみられ、慌てて利上げを急ぐ状況ではないだろう。

ただし、予想外に強い雇用統計は、FRBが年内にもう一回の利上げを実施する可能性を高めたと言える。統計発表後の金融市場では、年内の追加利上げの見通しが50%を上回った。

米国長期金利上昇は行き過ぎか

10年国債金利は一時4.89%と、2007年以来約16年ぶりの高水準になった。そのため、2年債と10年債の逆イールドはほぼ1年ぶりの小ささとなった。逆イールドは金融緩和による短期金利上昇によって解消されていくのが普通である。足もとのように、逆イールドが歴史的な水準にまで進展した後に、長期金利が上昇する形で逆イールドが縮小する、いわゆるベアフラット化することは異例なことだ。

足もとの長期金利の上昇は期待インフレ率の上昇ではなく、実質金利の上昇によって生じている。従って、FRBの金融引き締めがインフレ圧力を抑制するのに不十分との見方を反映している訳ではない。財政リスクの高まりや国債の需給悪化の影響を反映している可能性に加えて、米国の潜在成長率と整合的な自然利子率(実質金利)の上昇を反映している可能性が考えられる。しかし、10年の期待インフレ率が2.2%~2.3%で安定を続ける中、5%に接近する10年国債利回りの実質水準は3%に近く高すぎると考えられる。株価下落、銀行不安の再燃、景気減速の兆候などをきっかけに、長期金利は早晩低下に転じ、それがドル安を生じさせると見ておきたい(コラム「 米国債メルトダウン:米国10年国債利回り5%に強い違和感 」、2023年10月5日)。

米国10年国債金利5%、1ドル150円が当局の注目水準

6日の米国市場では、長期金利の上昇がドル高傾向を促し、ドル円レートは1ドル149円台半ばと再び150円に接近した。150円を超えて円安が進行すれば、日本政府はニューヨーク市場で円買いドル売り介入に踏み切った可能性があったと考えられるが、今回は、それは回避された(コラム「 1ドル150円の第1防衛ラインを突破して円安が進行:為替介入が実施されたか 」、2023年10月4日)。

当面の注目は10月12日発表の9月の消費者物価指数である。それが上振れれば、FRBの追加利上げ観測が高まり、米国10年国債金利が5%に乗せ、ドル円レートが150円を大きく超えるきっかけとなる可能性も考えられる。

1ドル150円を第1防衛ラインと考える日本政府は、為替介入のタイミングを引き続き慎重に見計らっている状況だ。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。