定額減税は必要か
自民・公明両党は12月14日、2024年度の与党税制改正大綱をまとめた。目玉となったのは、政府が総合経済対策で決めた1人当たり4万円の定額減税だ。所得税3万円と住民税1万円の定額減税は2024年6月に実施される。議論が続いた所得制限については、国会議員を減税対象から外して国民の批判をかわす狙いもあり、年収2,000万円を上限とした。減税は納税者本人に加えて配偶者を含めた扶養家族も対象とする。
定額減税の総額は3.6兆円程度であり、これは1年間の実質GDPを+0.12%押し上げると試算される(コラム「 減税・給付の総額は5.1兆円、GDP押し上げ効果は+0.19%:費用対効果は高くない(経済対策推計アップデート) 」、2023年10月30日)。国民負担となる3.6兆円という巨額の資金を使いながら、1年間の景気浮揚効果は+0.12%とかなり限定的であり、費用対効果の低い政策と映る。効果が小さいのは、時限措置としたことで、減税のうち貯蓄に回る分が大きくなるためだ。
ただし、経済効果が小さいことよりも、現在の比較的安定した経済環境のもとで、減税措置が必要であるかどうかの方がまず問われるべきだ。
また物価高対策として実施するのであれば、物価高で生活が強く圧迫される低所得者中心の施策とすべきだろう。
定額減税が長期化してしまうリスク
政府は1年の時限減税としたが、複数年の減税とする可能性を排除すべきではないとする公明党の意見を反映し、大綱では「今後、賃金、物価などの状況を勘案し、必要があると認めるときには、所要の家計支援措置を検討する」との文言が挿入され、1年間の減税で終わらない可能性をにじませた。
来年の経済環境には下振れリスクがあると思われるが、その結果、定額減税が1年間の時限措置で終わらずに、恒久減税措置に転化してしまう恐れがあるのではないか。それは2兆円超の恒常的な税収不足を生じさせ、現在の極めて厳しい財政環境を一段と悪化させてしまう。さらにそれが国債発行で穴埋めされる場合には、将来への負担の転嫁から将来の成長期待が損なわれてしまう恐れがあるだろう。
防衛増税実施時期の明記は再び見送りへ
税制改正大綱でもう一つの大きな注目点となったのは、防衛増税の扱いである。防衛増税策は、法人、所得、たばこの3税で2027年度までに1兆円強を賄うというものだが、この増税について与党内から予想以上に強い反発が出たため、2023年度与党税制大綱には、防衛増税の実施を盛り込むことができなかった。大綱には、防衛増税実施は「2027年度に向けて複数年かけて」、「2024年以降の適切な時期」とだけ記された。
防衛増税の議論はそれから1年間棚晒しにされたが、結局、今回の2024年度与党税制改正大綱でも実施時期は明記されなかった。再度先送りされるきっかけの一つとなったのが、政府が11月初めに示した総合経済対策の中で、6月に時限的な所得減税を実施することを示したことだ。減税と増税を同時に議論することは、国民にとって分かりにくい、との議論が与党内で高まったことを受け、岸田首相は2024年度から増税を実施しない考えを早々に表明した。その時点で、2024年度に増税が開始される可能性はほぼなくなった。
財務省は新たに決算剰余金の上振れ分や外為特会の一般会計への繰り入れなどで1兆円強の財源を確保できる、と試算した。これにより、2025年の途中までは増税しないでも防衛費増額の財源はまかなえる見通しだという。これによって、2024年度も防衛増税を見送る政府の方針を後付けで正当化したのである。
経済対策としての時限的所得減税と防衛増税は分けて考えるべき
他方、自民党税制調査会の宮沢会長は、2024年度に防衛増税を実施できなくても、予見可能性といった意味から今年の年末に実施時期を決めるべきだ、と強く主張してきたが、その声も与党内の反対意見によってかき消されていった。
経済対策としての時限的所得減税と防衛費増額の財源確保手段としての増税とでは、目的と時間軸が異なる。そのため、同時に実施する、あるいは同時期に議論することに何ら問題はないのではないか。所得減税は来年6月から1年間の措置となるのであれば、防衛増税は2024年度中には実施しない方針であることから、両者の実施時期が大きく重なることもない。
増税策への国民の反発と選挙への影響などに配慮して、どうしても増税による恒久財源確保を政治的に決めることができないのであれば、歳出面、つまり防衛費増額を再度見直し、規模縮小を図るべきではないか。岸田首相は当初、防衛費増額の「中身、規模、財源」を一体で決めるとしていた。防衛増税の議論がここまで迷走してしまったことを踏まえれば、縮小均衡も選択肢とすべきだろう。
政治情勢不安定化の影響
政治資金パーティの裏金疑惑問題で、政府への批判が強まる中、定額減税の上限を年収2,000万円にすること、複数年の減税措置になる可能性があること、防衛増税実施の時期の明記を見送ったことなど、世論のさらなる批判を回避する狙いが際立った与党税制改正大綱となった。政治情勢の不安定化によって、当初政府が示した方針は、なし崩し的に修正されている。政府の政策執行力は、大きく低下してしまっているのだろう。
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