賃金は予想外の上振れも実質賃金の低下は続く
連合は3月15日に、春闘(主要企業)の第1回集計値を公表する。定期昇給分を含む賃上げ率の事前予想は+3.9%と、昨年の+3.6%程度を上回る水準であるが、実際には、4%台後半にまで達する可能性もあるのではないか。その場合、ベア(基本給の引き上げ率)は、+3%程度と昨年の+2%強を上回ることになる。
それでも、実質賃金が早期に前年同月比で上昇に転じることはないだろう。所定内賃金のトレンドが現状の前年同月比+1%台前半から、+2%強にまで上昇しても、消費者物価上昇率(除く帰属家賃)のトレンドは+3%台前半であることから、実質賃金上昇率はなお1%程度のペースで下落を続けることになる。
実質賃金上昇率がプラスに転じるためには、消費者物価上昇率がさらに低下していくことが必要であり、転換時期は2025年後半と見込む(コラム、「 春闘集中回答日前夜:賃金予想以上の上振れでも実質賃金の上昇、2%の物価目標達成はなお見えない 」、2024年3月12日)。
労働分配率の正常化プロセスを早める
既往の物価上昇分の転嫁に加えて、政府および社会の要請から、今年の賃上げ率はかなり上振れることになりそうだ。しかし、物価高騰のもとで一時的に大きく低下した労働分配率の正常化プロセスを早める、というのがその本質だ。
物価上昇率が上振れる局面では、企業は物価上昇ほどには賃金を引き上げないのが通例であり、その結果、実質賃金が低下して個人消費の逆風となる。その後、一時的に上振れた物価上昇率は次第に低下していく一方、賃金は遅れて物価上昇分にキャッチアップしていくため、やがて実質賃金はプラスに転じ、そして労働分配率は物価高騰前の水準へと戻っていく。これが、一時的な物価上昇後に、経済が安定を取り戻していく正常化の過程だ。その過程が、従来よりも早く進んでいるように見える。
しかしこれらは、分配の変化に過ぎず、実質所得が拡大し、企業も個人もその恩恵に浴するという、パイの拡大とは異なるものだ。そのため、高い賃上げが、日本経済のパフォーマンスが基調的に向上することに繋がるものではないだろう。
「物価と賃金の好循環」とは何か?
「物価と賃金の好循環」という言葉がよく聞かれるが、仮に物価と賃金が相乗的に同じ幅で上昇していっても、実質賃金の水準は変わらないため、実質個人消費は改善しない。
実質個人消費は、主に実質賃金の先行きの見通しと実質金利によって基本的には決まるものと考えられる。名目の賃金、物価が上昇しても、それが同じ幅であって実質賃金の水準が変わらない、あるいは物価上昇分だけ名目金利が上昇しても、実質金利の水準は変わらなければ、個人消費行動は変化しないのである。
企業に賃上げを促すだけでは問題は解決しない
企業に無理に賃上げを迫り、物価上昇を大きく上回る賃金上昇に至れば、今度は実質賃金が大きく上昇し、労働分配率が高まる形で、企業収益環境が悪化してしまう。それを受けて企業が設備投資を抑制し、雇用や賃金を抑制するようになれば、個人にも逆風となる。企業に賃上げを促すだけでは、経済は良くならないのである。
分配に変化がない中では、実質個人消費を大きく左右する実質賃金の上昇率は、労働生産性上昇率と一致する。持続的に実質賃金上昇率を高めるためには、一時的に企業の賃上げを促すのではなく、労働生産性の向上が必要となる。
その結果、実質賃金と実質収益は高まり、労働生産性向上の恩恵を、企業と個人とがともに持続的に享受できるような環境を作ることを目指すべきだ。
労働生産性向上の取り組みを地道に進めることが重要
高い賃上げ率に満足することなく、労働生産性を向上させ、潜在成長率を高める、つまりパイの拡大を目指す地道な取り組みを続けることが重要だ。
企業は引き続き資本効率、収益性の向上に努めることが必要だ。労働者は、リスキリング(学び直し)などを通じて技能を磨き、労働生産性向上に努めることが重要である。
さらに政府には、労働市場改革、少子化対策、外国人労働力の活用、インバウンド需要の拡大、大都市一極集中の是正などの成長戦略を推進することで、労働生産性上昇率や潜在成長率を高める取り組みが求められる。高い賃上げ率に満足することなく、労働生産性を向上させ、潜在成長率を高める、つまりパイの拡大を目指す地道な取り組みを、今こそ企業、個人、政府の3者が足並みを揃え、気を抜くことなく進めていくべきだろう。
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