円安で植田総裁の発言が1か月で大きく変化
日本銀行は3月19日にマイナス金利政策を解除した際に、政策金利は先行きゆっくりとしか上昇しない、という点をことさら強調した。17年ぶりとなる利上げが金融市場の混乱をもたらさないように、との配慮からだった。しかし、それが思わぬ副作用を呼んでしまう。予想外の円安進行だ。
足もとのドル高円安は、円安というよりもドル高の性格が強い。ドル独歩高である。しかし、日本銀行がマイナス金利政策を解除したにもかかわらず、全く円高にならなかったのは、日本銀行が金融緩和の長期化を強調したためだ。
ところが、足もとで植田総裁の発言のトーンは急変している。
植田総裁は4月18日に、G20財務相・中央銀行総裁会議が閉幕した後の記者会見で、円安進行で基調的な物価が上がり、「無視できない大きさの影響になれば、金融政策の変更もありえる」と述べた。これはかなり踏み込んだ発言だ。
さらに、19日のワシントンでの講演会では、基調的な物価が上昇し続ければ「金利を引き上げる可能性が非常に高い」と発言した。
マイナス金利政策解除時の「ハト派」のトーンの発言が、1か月足らずのうちに「タカ派」に一気に変わった印象だ。当然ながら、そうした変化を引き起こしたのは、急速な円安の進展だ。
日本銀行は円安阻止の「口先介入」
黒田前総裁は、円安を容認する姿勢が強いと見られていたが、植田総裁は、円安が経済、物価に与えるマイナス面により注目し、政府と連携して円安を食い止めようとする姿勢が強い。
足もとでの植田総裁の「タカ派」発言は、円安を食い止めるための「口先介入」の性格が強いと考えられる。従って、こうした発言が出たからと言って、日本銀行が直ぐに追加利上げを実施する訳ではない。4月25・26日の次回金融政策決定会合では、追加利上げは見送られる可能性が高い。
ただし、日本銀行の「タカ派」の発言による円安阻止の「口先介入」は、思わぬ副作用も生んでいる。株価の下落である。日経平均株価は19日に一時1,300円の大幅下落となり、過去1か月間で10%を超える本格調整となった。
この間に、為替市場では円安が進んだ。従来であれば、円安は株高要因だった。足もとで両者の関係が崩れているのは、円安が進行する中、日本銀行の「口先介入」を意図した「タカ派」発言によって追加利上げ観測が高まり、それが株価を調整させている面が強いのではないか(コラム「 日本株急落:従来と異なる円安下での株価下落 」、2024年4月19日)。
決定会合、総裁記者会見を受けて円安が進むか
株価が大きく下落すれば、それは経済に悪影響を与える。また、新NISAで投資を始めた個人などから、政府や日本銀行に対する不満が高まりかねない。こうして日本銀行は、円安進行と株価下落の板挟みの状況に陥っているのである。
株価の調整を促してしまうリスクに配慮して、植田総裁が「タカ派」のトーンを弱める微調整を行うとすれば、4月26日の金融政策決定会合後の記者会見だろう。当日に発表される展望レポートでは、2024年度の物価見通しが大きく上方修正されることを受けて、追加利上げ観測が強まる可能性が高いと思われる。
しかし、一部に予想されている追加利上げが実際には見送られることに加えて、植田総裁が追加利上げに向けたトーンを弱める場合には、それをきっかけに円安が進む可能性があるだろう。
2022年9月に政府が円買ドル売りの為替介入に踏み切ったのは、日本銀行の金融政策決定会合の日だった。会合で引き締め方向への政策修正が見送られたのに加え、総裁記者会見での黒田前総裁の発言が、「円安を容認している」と受け止められたためだ。今回も、同様な展開となる可能性も考えられるだろう。
ただし、前回と異なるのは、円安阻止に向けた政府と日本銀行の連携が強いということと、3月のマイナス金利政策解除によって、日本銀行は利上げという円安阻止に向けた強い武器を手に入れたことだ。この点を踏まえると、為替介入で時間を買ったうえで、1ドル160円近傍で、円安になんとか歯止めをかけることができると予想したい。
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