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インフレ率高止まりへの警戒が示される

米連邦準備制度理事会(FRB)は4月30日と5月1日に、米連邦公開市場委員会(FOMC)を開いた。大方の予想通りに政策金利の据え置きを決めた。政策金利の据え置きは、昨年7月以来6回連続となる。

足元ではインフレ指標が上振れたことを受け、金融市場ではFRBの利下げ観測は後退していた。金融市場は今年年初には、3月にも利下げが開始され、年内5回程度の利下げを予想していた。しかし現在では、利下げは早くて9月に開始され、年内の利下げ回数は1回程度にまで予想が修正されている。

今回のFOMCでも、インフレ率が高止まりしていることへの懸念、その結果、利下げが先送りされる可能性が示されることが、事前に予想されていた。

FOMCの声明文では、冒頭のパラグラフに「過去数か月、委員会の2%の物価目標に向けたさらなる進展を欠いていた(In recent months, there has been a lack of further progress toward the Committee's 2 percent inflation objective)との文言が新たに加えられた。この文言が声明文に残る間は、FRBは利下げに踏み切ることはないだろう。

またパウエル議長は記者会見で「インフレは依然として高すぎる」、「インフレ低下に向けたさらなる進展は保証されておらず、先行きは不透明」、「より大きな自信を得るには予想よりも時間がかかりそうだ」、「(インフレ率は年内に低下すると引き続き見込むが)、以前より確信は低下した」などと述べた。これらは、FRBのインフレ率の高止まりへの警戒と利下げに向けた慎重姿勢を裏付けるものだが、事前の予想の範囲内にとどまった。

「禁句」の「利上げ」を否定で金融市場に安心感

他方、金融市場にとって朗報となったのは、パウエル議長が「利上げの可能性は低い」と明言したことだ。インフレ率は期待したほどのペースでは低下していないものの、現在の金融政策は経済に対して十分に抑制的であり、インフレ率が期待したほどのペースでは低下しないことへの対応は、利上げではなく、利下げ見送りを続けることだ、との主旨の説明だった。

現在の株価水準は、FRBの利下げ期待によって支えられている面が小さくないと考えられる。仮にFRBの利上げ観測が高まれば、株価が大きく低下するなど、金融市場は混乱する可能性があるだろう。

金融市場にとって「利上げ」は一種の「禁句」である。今回はそれがパウエル議長によって明確に否定されたことで、金融市場には安心感が広がった。

バランスシートの縮小ペースを減速

さらに、利下げへの期待をつなぎ止めることになったのは、FOMCが6月からバランスシートの縮小ペースを減速させることを決めたことだ。6月1日から、月間で上限600億ドルの米国債の縮小ペースを250億ドルに引き下げること、一方で、住宅ローン担保証券(MBS)の縮小ペースの上限は月間350億ドルで据え置くことを決めた。

FRBが早晩、バランスシート縮小のペースを減速させることは金融市場で予想されていたが、6月開始は市場予想よりもやや早かった。また、米国債の縮小ペースの上限250億ドルは、予想よりも低かった。

パウエル議長は、前回のバランスシート縮小の際には、急速な資金余剰の解消が短期金利の上昇をもたらした経験を踏まえ、安定的にバランスシートの縮小を進めるため、縮小ペースの減速を決めた、と説明している。

しかし金融市場では、この措置は将来の利下げにつながるもの、と理解された面がある。

FOMC通過で市場が安心したタイミングを狙って「円押し上げ介入」実施か

このように、FOMCの決定、声明文、パウエル議長の発言は、懸念されたほど「タカ派」ではなく、むしろ予想よりも「ハト派」と市場では受け止められた。そのため、金融市場では長期金利の低下、株価上昇、そしてドル安が生じた。ドル円レートは1ドル158円直面の水準から157円程度まで円安の修正が進んだ後に、日本政府の「円押し上げ介入」が実施されたと見られ、ドル円レートは一時1ドル153円台まで円高が進んだ(コラム「 政府は円の押し上げ介入を実施か 」、2024年5月2日)。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。