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為替差益も来年度一般会計に繰り入れられる

政府は4月29日と5月2日に、ドル売り円買いの為替介入を実施したと見られている。これを機に、為替介入による為替売買益、あるいは円安進行による外貨準備の評価益(含み益)を財政資金として活用すべきとの議論が高まっている。これは、過去に何度もなされてきた議論であるが、事実誤認の要素を含んでいると考えられる。

外国為替資金特別会計(外為特会)は、外貨準備として保有する外貨建て資産の利子収入を中心とする歳入と、外為特会が資産として保有する外貨準備に対する負債を構成する政府短期証券の利払い費を中心とする歳出からなる。内外資産の大きな金利差を映して、近年は、歳入が歳出を上回る状況が常態化している。今年度は、ドル売り円買い為替介入の為替差益がこの歳入に加わり、歳入超過の状況はより強まる。

ところで2023年度当初予算では、歳出に防衛力強化の一般会計への繰り入れ分の1兆2,004円が計上された。既に財政資金として活用されたのである。そして、2022年度決算では、歳出と歳入の差額である剰余金3兆4,758億円が生じたが、そのうち2兆8,350億円は翌2023年度の一般会計に繰り入れられた。残り6,408億円は2023年度の外為特会の歳入に繰り入れられた。

先般の為替介入による為替差益についても、2024年度決算で剰余金となり、その大半は2025年度一般会計に繰り入れられていく。この点から、為替差益を別途財政資金として活用しようという議論はおかしいだろう。

外貨準備の含み益活用は為替介入に他ならず現実的でない

他方で、円安が進む中で外貨準備として保有する外貨建て資産の円建て換算値が増加することから、その評価益(含み益)を財政資金に活用すべきとの議論が出ている。

立憲民主党の江田憲司氏は5月8日の衆院財務金融委員会で、外為特会で保有する米国債が満期になると、購入時に比べて円安が進んだ結果、償還金に年間約6兆円の評価益が生じていると指摘した。そのうえで、それを「円安による物価上昇に苦しむ国民に還元すべきだ」と主張した。

しかし、鈴木財務大臣も指摘したように、満期が到来した米国債の償還金を円に換えれば、それはドル売り円買いの為替介入に他ならない。イエレン米財務長官がたびたび、日本の為替介入に対する不満を表明している中、為替の過度な変動に対応した為替介入という名目以外の為替介入を実施することは、米国との関係をさらに悪化させることになり、日本政府として現実的な対応とは到底思えない。

また、2022年に国民民主党は、外貨準備を取り崩さずにその「評価益」を償還の裏付けとした政府短期証券(FB)の発行も提案している(コラム「 円安による外貨準備の含み益を埋蔵金として活用することは可能か 」、2022年12月1日)。しかし、「評価益」を実現益にすることができないのであれば、それは何ら裏付けとはならず、政府短期証券(FB)の発行は単なる新規の国債発行、政府債務の拡大と変わらなくなる。また、為替の変動を受けて、裏付けとなる評価益の金額自体が常に大きく変動してしまう、という問題もある。

このように、為替介入による為替差益や、円安進行による外貨準備の含み益を新たに財政資金として活用すべきとの議論は、正確性を欠いている。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。