日本銀行は国債買い入れ減額へ
6月13日付の日本経済新聞は、13・14日に開かれる日本銀行の金融政策決定会合で、日本銀行が国債買い入れの減額を検討する、と報じた。同様の報道は他のメディアからも出ており、実際に日本銀行が国債買い入れの減額を決める可能性は相応に高まっていると考えられる。
現在、日本銀行は毎月6兆円程度のペースで長期国債を買い入れているが、これを5兆円程度と小幅に縮小させる、との見方が出ている。毎月6兆円程度国債を買い入れるもとで、日本銀行が保有する国債保有残高はほぼ横ばいである。このことは、日本銀行が保有する長期国債が概ね毎月6兆円程度のペースで償還されていることを意味する。
このことから、日本銀行が毎月6兆円程度のペースでの長期国債の買い入れ額を減少させれば、日本銀行が保有する長期国債の残高が減少を始めることになる。これは、量的引き締め(QT)と理解される可能性があるだろう。
本格的な量的引き締め(QT)の開始とは言えない
しかし実際には、こうした長期国債買い入れの小幅減額措置は、少なくとも本格的なQTの開始とは言えないのではないか。本格的なQTの開始は、来年、追加利上げが相応に進んだ後になると現時点では見ておきたい(コラム「 日銀の国債買い入れ減額は本格的な量的引き締め(QT)の始まりではない 」、2024年6月5日)。
米連邦準備制度理事会(FRB)の例を踏まえても、本格的なQTは、国債買い入れ額ではなく国債残高の削減ペースに目標値を設定し、相当ペースで残高を削減していくものだ。
またFRBの例を踏まえると、長期金利上昇リスクなどに配慮し、国債需給の激変を避けるために償還分の半分程度を再投資し、比較的緩やかに残高削減を進めることが、日本銀行の場合についても予想されるところだ。
その場合、現時点では毎月3兆円程度のペースまで長期国債の買い入れ額を減少させることになるが、実際には5兆円程度への減額にとどまるのであれば、本格的なQT開始とは言えないだろう。
長期国債の買い入れの「柔軟な枠組み」としての機能を当面は維持するか
日本銀行は今年3月にマイナス金利政策を解除した際に、「短期金利を主たる政策手段とする」と宣言した。長期国債の買い入れ増減は、金融政策の主たる政策手段という位置づけではなくなり、経済・物価情勢の変化に合わせて長期国債の買い入れを増減させるような政策は行わない、と日本銀行は説明している。
最終的にはそのような方向であるが、当面のところはなお、経済・物価情勢、金利動向、為替動向に合わせて長期国債の買い入れ増減を微調整する、「柔軟な枠組み」としての機能が維持されるのではないか。
短期金利はこの先緩やかに引き上げられていくだろうが、急速に引き上げることは経済、金融市場への影響、政治や世論の反応を踏まえれば、簡単ではない。また、環境が変化しても短期金利を引き下げる余地はまだない。
そこで、環境次第で長期国債の買い入れを増減させ、長期金利の変化を通じて経済・物価、為替に影響を与えるという柔軟な政策の機能を、日本銀行はしばらくは保持するのではないか。
日本銀行が3月の決定会合の対外公表文で示した「長期金利が急激に上昇する場合には、毎月の買入れ予定額にかかわらず、機動的に、買入れ額の増額や指値オペ、共通担保資金供給オペなどを実施する」との文言は、まさに柔軟な枠組みの機能を意味するものだが、仮に国債買い入れ減額が決定される際には、この文言がどのように修正されるかが大きな注目点となる。
長期金利上昇の場合には再び買入れを増額するとの方針が維持されれば、長期国債の買い入れの柔軟な枠組みとしての機能は続くことになる。他方、増額への言及がなくなれば、今後はより本格的な長期国債の残高削減に向かっていくことを示唆することになるだろう。
先行きの日本銀行の政策修正のペースにはなお大きな不確実性
日本銀行は、「短期金利を主たる政策手段とする」とし、長期国債の買い入れ増減は金融政策の主たる政策手段ではないとしていることから、長期国債の買い入れ額の削減が、追加利上げの明確な予告になるということではないだろう。ただし、日本銀行の政策修正、正常化が思いのほか早く進められるとの金融市場の見方を後押しすることにはなる。
3月のマイナス金利政策解除時には、日本銀行は債券市場や為替市場の過剰な反応を恐れて、金融政策修正は緩やかに進められるとのメッセージを送った。しかしそれが裏目に出て、円安が急速に進むきっかけとなってしまったことから、現在は、政策修正に前向きなメッセージがやや強調されるようになった。円安進行によって政策修正が早められている可能性は否定できない。
他方、国内では個人消費の弱さが目立つ。今後米国経済の減速が明確になれば、日本経済も低迷が続くことになるだろう。それは、日本銀行の政策修正、特に追加利上げを制約することになる。この点から、先行きの日本銀行の政策修正のペースについては、なお大きな不確実性がある。
ところで、日本銀行が、長期国債の買い入れ減額を政策変更の一種とみなしている場合には、3月のマイナス金利政策解除から4月の会合を挟んで、今回政策変更が実施されることになる。この会合2回に1回の政策変更ペースが維持されるのであれば、追加利上げの時期は7月ではなく9月となるとの見方もできるだろう。
プロフィール
-
木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。