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骨太の方針に2025年度PB黒字化目標が明記へ

政府が21日に閣議決定する「骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)」に、基礎的財政収支(プライマリーバランス:PB)の「2025年度黒字化を目指す」と明記することで、自民党は合意した。過去2年間の骨太の方針では、党内の財政健全派と積極財政派の双方に配慮して、財政健全化の目標は曖昧な表現にとどめられていた。

目標の明確化は、積極財政派が譲歩することで実現したものと考えられる。積極財政派が中核の自民党財政政策検討本部は、「25年度PB黒字化には断固反対」との方針を、「25年度PB黒字化に固執することに断固反対」へと表現を後退させた。背景には、自民党の政治資金問題を受け派閥が解消されたことで、積極財政を主張してきた保守派の影響力が低下していることがあるのではないか。

さらに、2025年度PB黒字化が達成できるにせよ達成できないにせよ、その答えは来年度には明らかになることから、来年度には新たな目標についての議論が必要になる。そうした議論が本格化するのは来年度であることから、今年については、政治資金問題で揺れている自民党の分裂を印象付けることは避ける、との配慮が積極財政派に働いた可能性もあるだろう。

新たな財政健全化目標の議論は来年に本格化

実際には、2025年度PB黒字化が達成される可能性はかなり低い(コラム「 骨太方針での2025年度PB黒字化目標堅持は事実上の財政健全化先送り 」、2024年6月12日)。来年度まで待たずに、できるだけ早期に、より現実的な目標を設定した上で、それを達成する具体策を、歳出・歳入改革あるいは成長戦略を実施すべきだ。

PB黒字化目標とともに従来重視されてきた指標は、政府債務残高のGDP比率である。同比率は、2020年度以降は頭打ちから低下傾向で推移してきたことから、積極財政論者の間では、PB黒字化目標に変えて政府債務残高GDP比率を目標とすべきとの意見も出ていた。同比率の低下を新たに正式目標とすれば、それは既に達成されていることから、財政健全化策を実施する必要がないためだ。

国債利回りが名目GDP成長率に等しい場合、PBがバランスした状態にあると、同比率が横ばいで推移することになる。

PB黒字化目標は財政健全化に向けた「一里塚」でしかない

PBの赤字が続く中で、同比率が頭打ちから低下したのは、日本銀行の異例の金融緩和策によって、金利が低位に抑えられていたことによるところが大きい。しかし、日本銀行が短期金利を引き上げ、国債買い入れを減額するなど、金融政策の正常化を進める中では、同比率の低下は続かなくなる。PB黒字化目標と政府債務残高のGDP比率の低下は同等の目標となる。ただし、それならば、PB黒字化目標だけでよいだろう。

しかし、PB黒字化目標は財政健全化に向けた第1歩、「一里塚」でしかない。それが達成されれば、次は財政収支全体の黒字化目標や、政府債務残高のGDP比率の一定水準までの低下へと、新たな目標へとシフトしていくことが求められる。財政健全化の道のりはなお遠い。

政府、国会は日銀頼みの財政政策運営からの脱却を

鈴木財務相は6月18日の記者会見で、日本銀行が国債買い入れの減額方針を示したことに関連し、また、今後金利上昇で利払い費が増える可能性が高いことを踏まえて、「借金に過度に依存しない財政構造を確立していく」と決意を語った。さらに、「財政健全化を推進し、新規の国債発行を可能な限り抑制することも重要だ」と強調した。

日本銀行は、7月の次回金融政策決定会合で、今後1~2年の国債買い入れ減額の具体的な計画を発表する。日本銀行が国債発行の半分以上を保有する現状は、様々な弊害を生んでいる。国債の流動性を低下させるなど、市場機能を損ねている面がある。また、日本銀行が資産サイドで大量に国債を保有していることは、負債サイドで巨額の当座預金(超過準備)を抱えていることを意味する。そのもとで付利金利を引き上げていけば、日本銀行の収益が悪化し、経常赤字に陥るリスクもある。

しかし、日本銀行の国債買い入れが生じさせている最大の副作用は、財政の規律を損ねている点なのではないか。日本銀行が金利を低位に維持し、また国債を大量に保有している環境では、政府が積極財政政策を行うために国債を大量に発行しても、金利が上昇するなどの問題が生じない、との主張が、政府、与党内、国会内でしばしば聞かれてきた。しかし、こうした状態は、政府、国会が、財政運営の責任を事実上放棄している状況ではないか。

財政規律の低下は、国債発行を促し、長期的に財政危機のリスクを高める。また、国債発行が国民に与える負担が、経済の潜在力を損ねてしまうという問題もあるだろう。

この点から、日本銀行のマイナス金利政策解除や国債買い入れの減額方針は、政府、国会が財政政策運営に自ら責任を持つように迫る、重要なメッセージとなる。自民党内の積極財政派も、このメッセージをしっかりと受け止めて欲しい。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。