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2段構えの追加の経済対策

6月21日に通常国会が実質的に最終日を迎えたことを受け、岸田首相は夕刻に記者会見を開いた。

経済について岸田首相は、現状は「デフレ型経済から成長型経済に移行できるか正念場」にある、と指摘したうえで、移行の兆しは明確になってきているとした。具体的には、春闘での高い賃上げが実現し、それが7月には8割程度まで実際の賃金に反映され、労働者が賃上げを実感できるようになると述べた。さらに政府としても、中小企業の価格転嫁を促すことで賃上げを支援し、また、公的分野の賃上げを進めていることなどを説明した。

さらに岸田首相は、依然続く物価高に対する対策を、「2段構え」で新たに講じる考えを明らかにした。まずは即効性のある政策を打ち出し、しかる後に秋の経済対策の一環として打ち出すとした。

第1弾としては、低所得世帯に対してエネルギー補助金を支給すること、ガソリン補助金については、年内に限り継続することを明らかにした。

さらに、「酷暑乗り切り緊急支援」として、8月から3か月分、電気ガス料金補助を実施する。具体的内容については今後与党と協議するが、消費者物価の押し下げ効果が0.5%以上となるように検討するとした。

そして秋に実施する第2弾では、低所得者世帯向けに再度給付金を支給するとした。加えて、学校給食費の保護者支援、酪農経営や中小企業支援、医療介護保育支援、地域交通・物流支援、地域観光業への物価支援などを地方交付金の拡充できめ細かく対応するとした。第2弾の経済対策は、補正予算で財源を確保して行うのかどうかについての記者の質問には、首相は明確に答えなかった。

物価高対策の乱発

政府は、昨年年初に導入した電気・ガス補助金を5月末に廃止したが、それを短期間で復活させることになる。「朝令暮改」との印象もある 。廃止による物価押し上げ効果は2か月分の累積で0.5%程度と推測されたことから、「消費者物価の押し下げ効果が0.5%以上となるように検討する」というのは、元の補助金制度に戻すのか、あるいはさらに補助金を上乗せすることを意味するだろう。

仮に元の補助金制度に戻す場合には、それによる景気刺激効果を考えると、個人消費はわずか1年間で+0.06%、GDPは+0.02%とかなり限定的だ(内閣府、短期日本経済計量モデル・2022年版に基づく)(コラム「 政府は廃止した電気・ガス補助金を8月に一時復活か 」、2024年6月21日)。

定率減税、電気・ガス補助金の復活、低所得世帯に対するエネルギー補助金、低所得者世帯向け給付金などは、すべて同じ物価高対策と整理できる。短期間のうちに、同じ目的の経済政策をこれだけ重複して打ち出すのはまさに乱発であり、異例なのではないか。経済政策の狙いが曖昧でかつ理念を欠き、また費用対効果などの分析が十分にされていないのではないか。この先の政治日程を意識した「バラマキ」が行われている印象がある。

物価高対策は、当初から低所得、零細企業など弱者に集中的に行われるべきだった。生活に余裕のある世帯への支援は、生活支援にならない一方、予算規模をいたずらに膨らませる費用対効果の低い政策となるのではないか。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。