ハリス副大統領は急速に党内支持を固める
バイデン大統領は21日に大統領選挙戦からの離脱を発表した際、後任にハリス副大統領を支持、推薦する考えを明らかにした(コラム「 バイデン大統領が大統領選挙戦からの撤退を発表:民主党の苦境は続く 」、2024年7月22日)。しかし、これによってハリス副大統領が民主党大統領候補になることが決まった訳ではない。8月の民主党大会で、バイデン大統領の候補指名に投票するはずだった代議員からの支持を受ける必要がある。他に民主党内から有力者が立候補する場合には、党大会まで大統領候補者が決まらず、大統領選挙に向けた民主党の体制立て直しが遅れて、トランプ前大統領の再選に有利に働く可能性がある。
しかし、ハリス副大統領は予想外に急速に党内での支持を固めており、過半数の代議員の支持を得て大統領候補に指名される可能性が高まっている。ハリス氏が指名を得るには、党大会の第1回投票で、代議員3,949人の過半数の支持が必要となるが、AP通信の集計によると、ハリス副大統領は22日の夜までに、過半数を大きく超える2,200人余りの代議員の支持を既に確保したという。
また、民主党内では、ナンシー・ペロシ元下院議長、ビル・クリントン元大統領夫妻など有力者も直ぐに支持を表明した。それ以外に、マーク・ケリー上院議員、ピート・ブティジェッジ運輸長官、カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事、ノースカロライナ州のロイ・クーパー知事、ペンシルベニア州のジョシュ・シャピロ知事、メリーランド州のウェス・ムーア知事、ミシガン州のグレッチェン・ホイットマー知事、イリノイ州のジェイ・プリツカー知事、ケンタッキー州のアンディ・ビシア知事らも相次いで支持を表明している。
彼らは、バイデン大統領が大統領選挙戦を離脱する場合に、有力な後継者と考えられてきた面々だ。そうした人物が揃ってハリス副大統領を支持したことは、もはやハリス副大統領に有力な競争相手は現れないことを意味するだろう。
また産業界では、ソーシャルメディア「LinkedIn」の共同創業者リード・ホフマン氏、著名投資家のジョージ・ソロス氏もハリス氏を支持すると明らかにしている。
副大統領候補(ランニングメイト)に誰を指名するか
今後の選挙戦を左右するのが資金力だ。ハリス副大統領はバイデン大統領の選挙運動委員会が既に調達した資金を使うことができるとされる。7月20日に連邦選挙委員会に提出された書類によると、バイデン大統領、ハリス副大統領陣営の6月末時点での手元資金残高は9,600万ドル(約151億1600万円)で、トランプ氏、JD・バンス氏陣営の1億2,800万ドルを下回っている。
しかし、バイデン大統領の撤退表明から24時間のうちに、ハリス陣営と民主党全国委員会(DNC)および共同の資金調達委員会は、8,100万ドル(約127億円)もの資金を集めたという。
ハリス副大統領が、誰を副大統領候補に指名するかも、選挙戦に大きく影響する。共和党の大統領候補に正式指名されたトランプ氏は、39歳の若手のバンス氏を副大統領候補に指名したが、これは78歳と高年齢である自身との年齢バランスを考えたものだ(コラム「 トランプ色が強いバンス氏が共和党副大統領候補に:外交政策ではトランプ以上に過激か 」、2024年7月17日)。他方、ラストベルト(錆びた地域)の貧しい家庭の出身であるバンス氏の指名は、2016年の大統領選挙でトランプ氏の勝利を支えたラストベルトの白人労働者層の支持獲得を強く意識したものだ。
ハリス副大統領自身は、トランプ氏と比べて59歳という若さをアピールできる。さらに、女性、黒人、アジア系であることが、共に白人の男性である、トランプ氏、バンス氏との対抗軸となる。
仮にハリス副大統領が、ミシガン州のグレッチェン・ホイットマー知事を副大統領に指名すれば、正副候補共に女性となり、共和党候補に対して違いをアピールできるが、現状では、ホイットマー知事は副大統領職は望まないと発言しており、実現の可能性は高くないだろう。
ハリス副大統領は人口中絶など人権問題に強み
民主党大統領候補の指名に近づいているハリス副大統領は、ジャマイカ系黒人の父とインド系の母を持つ移民2世だ。カリフォルニア州バークレーで育ち、シングルマザーに育てられた。カリフォルニア大法科大学院修了後、検事として活動した。カリフォルニア州で初めての女性司法長官になったのち、2016年に上院議員に転じる。2020年の民主党大統領候補指名争いに挑戦し敗北したが、バイデン大統領によって副大統領に指名された。
検事時代から性的少数者(LGBTなど)の権利拡大に尽力した。また副大統領としては、女性の人工妊娠中絶の権利を訴えた。民主党内でも、この分野で大きな役割を果たしてきたと評価されている。アメリカの連邦最高裁判所が2022年6月24日に、「中絶は憲法で認められた女性の権利だ」とする49年前の判断を覆したことから、人口中絶問題は現在、民主、共和党間で大きな論戦の的となっており、大統領選挙でも争点の一つとなる。
ただし、人権分野以外でのハリス副大統領の実績は乏しい。外交や経済政策などでの手腕は未知数と言っても良いだろう。
ハリス副大統領は、大統領候補として予想外に順調なスタートを切ったと言えるが、11月の大統領選挙までの短期間で、大統領としての資質を国民に強くアピールすることが求められる。それができなければ、トランプ優位との見方は簡単には覆らないのではないか。
(参考資料)
"Harris Glides Toward Nomination, Contest With Trump(ハリス氏、党候補指名獲得へ 代議員の過半数支持)", Wall Street Journal, July 23, 2024
"Harris Moves Fast to Win Support of Wealthy Democratic Donors(ハリス氏、素早い「次の一手」 大口献金者の支持固め) ", Wall Street Journal, July 22, 2024
"Kamala Harris Wins Endorsements as She Navigates Path With Little Precedent(ハリス氏が進む「ほぼ前例なき道」)", Wall Street Journal, July 21, 2024
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。