&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

PB黒字化達成の試算値の信頼性は?

政府は29日の経済財政諮問会議で、「中長期の経済財政に関する試算」の改定値を公表する。試算値は、内閣府が例年1月と7月の2回公表している。今回は、政府が目標とする2025年度の国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)の黒字化が初めて達成される、との試算が示される。企業の好業績や物価高を背景に税収が増え、社会保障費抑制などの歳出改革が進むことが背景だという。

今年1月に示された試算では、2025年度のPBは、ベースラインケースで4.5兆円の赤字、より高い成長率を前提とする成長実現ケースでも3.0兆円の赤字だった。

ただし、2023年度の実績見込み31.9兆円の赤字が、2024年度に19.7兆円の赤字となり、2025年度については上記の赤字額まで急速に縮小する見通しなのは、不自然な感じを受けた。さらに、その試算値が今回上方修正され、黒字額が名目GDPの+0.1%程度に相当する、8,000億円程度となる見通しだ。より違和感は強まる。

政府が、7月19日に2024年度の実質成長率見通しを、+1.3%から+0.9%に下方修正した中で、先行きの税収見通しが上方修正され、財政見通しが改善するのも不思議である。価格(デフレータ)の見通しを高めに想定することで、税収見通しを高くしている可能性もあるのではないか。

政治的な背景もあるか

政府は6月に閣議決定した骨太の方針(経済財政運営の指針)で、3年ぶりにPB黒字化目標の文言を明記した。さらに、財政支出を減らせば、目標達成が「視野に入る」としていた。今回のPBの試算値の修正は、政治的要素で決まった面が強いとみられるこの骨太の方針の表現を、後追いで正当化する狙いがあるようにも思われる(コラム「 骨太方針での2025年度PB黒字化目標堅持は事実上の財政健全化先送り 」、2024年6月12日)。

自民党内は、財政健全派と積極財政派の対立が続いている。この試算で、2025年度PB黒字化目標の達成が困難、との数字を示せば、新たな目標を巡って、両者の議論が本格化し、対立が深まるだろう。9月の総裁選を睨めば、こうした党内の対立を回避し、岸田総裁への支持を固めたいという思いが、政権にはあるのかもしれない。

まずはより現実的な目標に修正したうえで引き続きPB黒字化を目指す

実際のところは、2025年度のPB黒字化の達成は困難であり、目標達成時期を遅らせるなど現実的な対応をしたうえで、財政健全化達成の具体策の議論をしっかりと始めることが重要だろう。

歳出から国債費(国債の利払いと償還)、歳入から国債発行による資金調達分を除くPBの黒字化を財政健全化の目標としてきた理由の一つは、公共建設インフラは将来世代も利用するために、その負担は将来世代も担うことが、負担の公平性の観点から求められる、との考えに基づく。国債がすべて公共建設インフラを賄う建設国債であれば、PBが均衡した状態で、世代間の公平性が保たれ、将来世代への妥当でない負担の転嫁がなされていることにはならない。

しかし現状では、国債の大半が赤字国債であることから、PBの黒字化は、世代間の負担の公平性の観点から重要な指標とはいえないだろう。それでも、PBの黒字化に代わる、当面の財政健全化目標は見当たらない。

こうした点を十分に理解した上で、財政健全化の「一里塚」として、より現実的な目標に修正した上で、政府はPBの黒字化を引き続き目指して欲しい。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。