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本格的な利上げの始まり

日本銀行は7月31日の金融政策決定会合で、追加利上げと国債買い入れ減額計画を同時に決定した。国債買い入れ減額計画の発表は、前回6月の会合で既に決めていたことだが、追加利上げの実施については、直前になってその観測がにわかに強まっていた(コラム「 日銀が追加利上げ実施か:利上げは続くが2%物価目標達成は難しい 」、2024年7月31日)。

無担保コールレートの誘導目標である政策金利を0.25%程度に引き上げたことは、事前の観測報道通りだった。3月のマイナス金利政策解除では、住宅ローンの変動型金利などに影響を与える短期プライムレートは主要銀行で引き上げられなかった。今回の利上げでは短期プライムレートは引き上げられ、住宅ローンの変動型金利や企業向け貸出金利が上昇する。今回の利上げが本格的な利上げの始まりとも言える。

従来の0~0.1%という政策金利のレンジは特定水準に修正された。この先は、0.25%刻みで利上げする可能性が高いとみられる。

追加利上げに円安けん制の狙い:今回は「悪い円安」を強調

従来、筆者は、追加利上げの実施は今年9月になると予想していたが、今年3月のマイナス金利政策以降予想外に進んだ円安によって、追加利上げ時期が早められた可能性が考えられる。今回、国債買い入れ減額計画と同時に追加利上げを決めた背景には、円安阻止に向けた強い姿勢を示す狙いもあったのではないか。そうした日本銀行による円安阻止の姿勢は、政府の要請にも沿ったものだ。

日本銀行は追加利上げの背景として、経済・物価が見通しに概ね沿って推移し、また賃上げの動きに広がりがあること、輸入物価が再び上昇に転じており、先行き物価が上振れするリスクを挙げている。

後者については、円安による物価高が個人消費を損ねることも含め、円安の弊害を指摘したものと考えられ、円安による輸入物価上昇が、賃金上昇を通じて持続的な物価上昇につながり、2%の物価目標達成を助けるという「良い円安」という従来の説明を、日本銀行は今回封じた形だ。

4月の会合では「良い円安」の説明が、「日本銀行が円安を容認している」との見方から円安を加速させてしまった。これを受けて、政府は日本銀行を強く批判したと報じられた。今回はこの点に配慮して、日本銀行は、「良い円安」という説明を封じて「悪い円安」の説明を前面に打ち出したように見える。

このように、今回の追加利上げは、円安をけん制するという日本銀行の狙いが大きく反映されたのではないか。

次回追加利上げは今年12月で来年4月の0.75%が政策金利の当面の到達点か

実際の物価上昇率のトレンドは、2%の物価目標達成に向けて着実に高まっているという状況ではなく、輸入物価上昇ペース鈍化の影響から、食料・エネルギーを除く基調的な物価は既に前年比で2%を下回り、さらに低下方向に向かうとみられる。2%の物価目標達成は依然見えていない(コラム「 東京都区部7月CPIで基調的な物価上昇率は低下を続ける:日銀の2%物価目標達成は見えない 」、2024年7月26日)、「 日銀が追加利上げ実施か:利上げは続くが2%物価目標達成は難しい 」、2024年7月31日)。

ただし、2%の物価目標達成は難しいとしても、現在の政策金利の水準はなお低いことから、日本銀行は今後も追加利上げを粛々と続けていく可能性は高いだろう。市場は年内2回の追加利上げを織り込んでいくのではないか。

筆者は次の利上げは今年12月に実施され、さらに来年4月にも実施されて政策金利は0.75%まで上昇し、その水準が当面の到達点(ターミナルレート)と見る。上振れるとしても1.0%までではないか。

仮に2%の物価目標が達成されるのであれば、政策金利の到達点は2%前後になるが、実際のインフレ率のトレンドはせいぜい1%程度と考えるためだ。

現時点では、2%の物価目標が日本銀行の追加利上げの制約になることはないが、将来的にはそれは起こり得るだろう。物価上昇率が2%に達しないとの見方が強まれば、日本銀行に対して一転して金融緩和の圧力が外部からかかる可能性も生じ得よう。日本銀行の金融政策が物価目標によって過度に縛られることがないよう、日本銀行は、早期に2%の物価目標を柔軟化することが求められる。

国債買い入れ減額は柔軟な枠組みで予想に沿ったもの

他方、国債買い入れ減額計画については、月間の長期国債の買い入れ予定額を原則として毎四半期4,000億円程度ずつ減額し、2026年1~3月に3兆円程度にするとした。さらに来年6月には中間評価を行い、必要となれば計画を修正する。同時に2026年4月以降の減額方針も検討し、その結果を示す。

一方、長期金利が急激に上昇する場合には、毎月の長期国債買い入れ予定額に関わらず、買い入れ増額、指値オペ、共通担保資金供給オペなどを実施して、長期金利の上昇を抑える。また、必要に応じて、決定会合で減額計画を見直すこともあり得る、とした。

2026年1~3月に3兆円程度となるまでの段階的な国債買い入れ減額計画は、概ね事前予想通りと言えるだろう。さらに、計画は想定以上に柔軟な枠組みとなっており、国債買い入れ減額についての市場の不安を和らげるものだ。国債市場には概ね中立的な内容となったのではないか。

ゾーンごとの国債買い入れ額の方針は示されなかったが、これは今後随時検討していくことになるだろう。日本銀行としては、償還見合いで迅速な保有国債の削減ができるように、つまり円滑な正常化ができるように、長期ゾーンの減額幅を大きめにし、保有国債の平均残存期間の短期化を図りたいだろう。政府が発行する国債の短期化が行われれば、それは日本銀行の保有国債の平均残存期間の短期化を助けることになる。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。