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FRBの大幅利下げと円高の物価への影響についての総裁の発言に注目

9月20日の金融政策決定会合で、日本銀行は金融政策の維持を決めた。前回7月の会合では、今年3月以来となる政策金利の引き上げと国債買い入れ減額計画の発表を行ったばかりであり、連続で政策変更が行われることを予想する向きは少なかった。

対外公表文には、「『展望レポート』の見通し期間後半には『物価安定の目標』と概ね整合的な水準で推移すると考えられる」、「過去と比べると、為替の変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている面がある」、と前回の「展望レポート」で用いられた文言が引き継がれ、引き続き利上げを行う方向であることと、為替動向が物価見通しと政策運営に影響を与える可能性を示した。

しかしながら、今後の日本銀行の金融政策姿勢を強く示唆する材料は示されなかった。そのため金融市場は、記者会見での総裁の発言に注目するだろう。

前回7月の会合で日本銀行は追加利上げを決めたが、植田総裁は、円安による物価見通しの上振れリスクに配慮したと説明した上で、先行き追加利上げを進めていく姿勢を示した。これを受けて円高・株安が急速に進み、さらに、過去最大の株価下落が生じた。その結果、日本銀行の先行きの利上げのパスについて、一時期不確実性が高まったが、その後植田総裁は、国会や講演会で、先行き追加利上げを進めていく姿勢に変化がないことを強調した。

今回の記者会見で金融市場が注目しているのは、第1に、米連邦準備制度理事会(FRB)の大幅利下げが日本銀行の金融政策に与える影響についての植田総裁の認識だろう。これについては、各国の金融政策はそれぞれの経済環境に応じて独自に判断されるものであり、米国の金融政策が日本銀行の金融政策には直接影響を与えない、という判断が示されることが予想される。

そして第2の注目点は、7月の会合以降に進んだ円高がもたらす物価見通しや物価の基調への影響について、植田総裁がどのような判断を示すかだろう。円高によって物価見通しや物価の基調への上振れリスクが緩和されるなどの発言が出てれくれば、追加利上げ観測はやや後退するだろう。

日本銀行の追加利上げペースを鈍化させる4つの要因

筆者は、日本銀行の追加利上げの時期について、来年1月を標準シナリオとしている。今年3月のマイナス金利政策解除から7月の追加利上げまでよりも間隔が開くが、追加利上げのペースは鈍化すると見込んでいる。その理由は主に4点だ。

第1に、為替市場が円高に転じたことだ。7月の追加利上げまで、日本銀行の政策金利引き上げは予想外の円安によって後押しされてきたと考える。円安が物価の上振れリスクを高めること、物価上昇を通じて個人消費に逆風となること、政府サイドから個人消費の逆風になる円安を抑えることを暗に求められること、などが背景にあるだろう。しかし、7月以降は円安の修正が進んでいることから、日本銀行が追加利上げを急ぐ必要性が低下している。

第2に、円安修正の結果、今後物価上昇率はやや下振れていくと見込まれることだ。コアCPI(消費者物価上昇率・除く生鮮食品)は前年同月比で2%を超えているが、コアコアCPI(食料(除く酒類)・エネルギーを除く基調的な消費者物価)の上昇率は1%台まで低下している。コアCPIや基調的な消費者物価上昇率の上振れは、輸入物価上昇による一時的な側面が強いが、輸入物価の上昇も海外での食料・エネルギー価格の上昇ではなく、足もとでは円安の影響によるものだ。足もとの円高が続けば、輸入物価は低下に転じ、コアCPIの上昇率やコアコアCPIの上昇率は下振れていくだろう。その結果、2%の物価目標達成も遠のいていくと予想される(コラム「全国8月コアCPIは4か月連続で上昇も事前予想通り:今後の金融政策を占う観点からも注目される円安修正の物価への影響」、2024年9月20日)。

2%の物価目標の達成を前提としなくても、現在の政策金利は十分に低いことから、利上げ方向は変わらないだろうが、このような物価情勢の下では、日本銀行は追加利上げを急がないだろう。

FRBの利下げも日本銀行の追加利上げを一定程度制約するか

第3が金融市場の動揺だ。8月の歴史的な株価下落後も、植田総裁は、追加利上げの方針は変えていない。しかし、それ以前と比べると、不安定な金融市場の動向により注意を払いつつ、慎重に追加利上げを進めることが求められるだろう。

そもそも、歴史的な株価下落の背景には、物価高騰の下でも日本銀行が異例の金融緩和を維持し続けたことがあり、それによる行き過ぎた円安・株高の調整が生じたものと考えられる。引き続き調整の余地は残されているとみられ、日本銀行は追加利上げをより慎重に進めることが求められる。

第4は、FRBが9月18日に利下げを実施したことだ。この結果、日本と米国とが逆方向に政策金利を動かすという、異例の状況となった。これは未知の領域でもあり、金融市場や国際資金フローに与える影響は予想がつかない面がある。

急速な円高ドル安など、金融市場が大きく変動すれば、日本銀行は追加利上げに慎重にならざるを得なくなる。

米国の状況次第では日本銀行の追加利上げはさらに後ずれも

以上の4点を踏まえて、日本銀行の利上げのペースは鈍化すると予想する。現時点では、来年1月の追加利上げ実施を標準シナリオとし、来年6月には政策金利は0.75%まで引き上げられ、そこがピークになると予想する。しかし、追加利上げの時期が1月よりも前倒しとなるリスクよりも、後ずれするリスクの方が大きいのではないか。

仮に米国経済の減速が予想外に強まる場合には、日本経済にも悪影響が及ぶだろう。さらに、そうしたもとではFRBの利下げはより積極化し、ドル安円高が急速に進む。また、11月の米大統領選挙でトランプ氏が再選すれば、大規模な追加関税導入で米国及び世界の経済に大きな打撃を与える可能性がある。またトランプ氏はFRBに積極利下げを迫り、さらにドル安政策を公言するだろう。そのもとでは、日本経済が下振れ、また円高・株安が急速に進む可能性がある。

このような状況に至れば、日本銀行は1年以上、追加利上げを見合わせる可能性も出てくるのではないか。米国動向次第では、日本銀行の追加利上げはかなり後ずれするリスクがあるものと見ておきたい。

総裁選の行方と金融政策

現在の岸田政権は、日本銀行の独立性を尊重する姿勢が強い。そのもとで、日本銀行は今年3月に金融政策の正常化を開始できた。岸田政権でなかったら、正常化はもっと遅れていたのではないか。この点から、首相の交代は、日本銀行の今後の金融政策に少なからず影響を与える可能性があり、日本銀行にとって懸念材料だろう。

自民党総裁選の9人の候補の中で、高市氏のみは、日本銀行の利上げに否定的な姿勢を鮮明にしている。仮に高市氏が首相になれば、日本銀行の利上げは一定程度制約を受け、追加利上げのペースが落ちる可能性があるだろう。

他の候補は、主に円安修正の資するとの観点から、日本銀行の金融政策正常化を支持している。しかしこの先、円高が進んでいき、株価や経済への悪影響が顕在化すれば、日本銀行の正常化を支持しなくなる可能性も出てくるだろう。その場合、特に、河野氏や茂木氏のように、日本銀行の金融政策に直接注文を付けたことがある候補者は、日本銀行の金融政策の独立性を十分に尊重していない可能性もあり、彼らが首相になれば、状況次第では、日本銀行の金融政策正常化の制約要因になってくる可能性もあるのではないか。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。