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円高で物価見通しの上振れリスクは低下

日本銀行は9月20日の金融政策決定会合で、大方の予想通りに金融政策の維持を決めた(コラム「日銀追加利上げのペースは鈍化か(日銀金融政策決定会合):米国の動向次第で追加利上げは後ずれ:首相交代の影響も」、2024年9月20日)。その後の記者会見で植田総裁は、「現在の実質金利の水準はかなり低いことも踏まえ、2%の物価目標達成の確度が高まるのに応じて政策金利を引き上げる」という方針を改めて示した。また今回、日本銀行は個人消費の判断を上方修正しており、国内経済・物価は日本銀行の今までの見通し通りのオントラックであると言える。

前回の7月会合では、国内経済・物価がオントラックであることを追加利上げ決定の主な理由に挙げた。この点から、日本銀行は追加利上げに引き続き前向きで、年内にも追加利上げを実施する方向との見方もできるだろう。

ところが植田総裁は記者会見で、早期の追加利上げの妨げになりうる要因を予想外に多く挙げたのである。それが、金融市場の不安定な動きが続いていること、足もとの円高の動きが輸入物価の上昇リスクを低下させていること、米国経済がソフトランディング(軟着陸)に向かっているかが不確実であることだ。

前回7月の追加利上げ決定の際には、国内経済・物価がオントラックであることを追加利上げ決定の主な理由に挙げると同時に、円安による輸入物価上昇が物価見通しに対して物価が上振れるリスクを高めており、それへの早めの対応も、追加利上げを決めた副次的な理由と説明していた。

ところが今回の記者会見では一転して、足もとでの円高によって、「7月に指摘していた物価見通しの上振れリスクは相応に低下した」とし、さらに「政策判断にあたり、様々なことを確認していく時間的な余裕はある」と説明したのである。これは、追加利上げを急がないという明確なメッセージだ。

この発言を受けて10月の次回会合での追加利上げ実施への期待は相当後退しただろう。実際、総裁の発言を受けて、為替市場では円安の動きが強まった。

米国情勢次第で日銀の追加利上げはかなり後ずれするリスクも

また総裁は、足もとの金融市場の不安定な動きが続いており、それを最大限の注意を持って見極める必要性を強調した。さらに、米連邦準備制度理事会(FRB)の大幅利下げの背景にある米国経済の成長鈍化について、それがソフトランディングに向かっていく動きなのか、それとももっと下振れていくのかを慎重に見極める必要があるとした。植田総裁は記者会見の中で米国経済のリスクに何度も言及しており、米国経済下振れのリスクをかなり警戒している印象を与えた。

これらの要因を慎重に見極める必要があるのであれば、年内の追加利上げの可能性は一段と低下したのではないか。筆者は、追加利上げは来年1月と予想してきたが、総裁の記者会見を受けて、その確率は高まったと見る。

いずれにせよ、日本銀行の金融政策を考える上での最大の焦点は、米国に移っているのではないか。米国経済が景気後退に向かう動きとなれば、FRBの大幅利下げ観測とともに急速に円高が進む可能性が出てくるだろう。また、11月の大統領選挙で共和党のトランプ候補が再選される場合、大規模な追加関税の導入で米国及び世界経済を悪化させ、またFRBに大幅利上げを強いつつドル安政策をとる可能性もあるだろう。そうした場合、日本銀行は年内どころか来年いっぱいも追加利上げができなくなる可能性も出てくるだろう。

こうした点を踏まえると、日本銀行は2021年以降の物価高騰時に、FRBなどと足並みを揃えて金融政策の正常化を進めておくべきだった。仮にそれを行っていれば、1ドル160円台まで円安が進み、物価高で国民生活の逆風になる事態も回避できたはずだ。さらに、「円安株高バブル」も形成されず、現在のような不安定な金融市場の状態も生まれなかったのではないか。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。